短 篇 蒐


▼ 断罪イベント

 バレンタインコンテストは、そのためだけに作られた会場で行われる。
 世界中から一流のショコラティエとショコラティエールが集まり、技を競い合う。キッチンは半個室になっていて、他のキッチンを覗くことは出来ない。まあ、たとえオープンになっていたとしても皆自分の作業に手一杯で覗き見なんてしている余裕はないでしょうけれど。
 コンテストでは、味と見た目、そしてオリジナリティの三つの項目で審査される。当然、出題されたお題に沿っていることは前提として。
 今年のお題は『純愛』『ベリー』『オペラ』の三つ。つまり、純愛をテーマにしてベリーを使ったオペラを作る。それ以外の装飾や添えるチョコレートに関しては全て自由で、いつぞやには1.2mにも及ぶチョコレートアートをケーキに聳え立たせた人もいたらしい。確かに、インパクトは凄そう。
 開始の合図が会場中に鳴り響き、参加者が一斉にキッチンへと散っていく。
 私も助手であり執事でもあるジルベールと共にキッチンに着いた。ファイエットのキッチンには、練習の手伝いをさせていたメイドのアンリエットを送っている。

「此処からは、寸分の狂いも許されないわ」

 アルベール様への復讐心に意識を支配されてはいけない。
 ショコラティエールとして、雑念をチョコレートに練り込むのは御法度だもの。
 それはそれで、これはこれ。
 仕込みはしっかり済ませてあるのだから、あとは作り上げるのみ。
 開始前はアルベール様が私の材料や道具になにか嫌がらせをしてくるのではという不安はあったけれど、いくら彼でも其処まで愚かではなかったらしい。
 それとも、正々堂々勝負した上でも当然に勝てるつもりでいたのかも知れない。

 * * *

 制作は順調に進み、いよいよ発表のときがきた。
 上からプレゼントボックスを模した箱をかぶせたチョコレートが、審査台に並ぶ。アルベール様は自信満々な表情で、他の参加者もそれぞれ自信や期待を移した表情をしている。
 隣を見ればファイエットが不安そうな顔をして俯いていたので、小声で「しゃんとなさい」と囁いた。すぐ背筋が伸びたのを見るに、彼女もショコラティエールとして立派に成長してきているようだ。

『それでは審査を開始します!』

 マイク越しの声が高らかに宣言すると、会場中から歓声が上がった。
 会場の熱気は最高潮で、箱が開けられるのをいまかいまかと待ちわびている。
 発表はアルファベット順なので、アルベール様から始まりファイエットで終わる。ファイエットの一つ前が私だ。
 衆人環視の中、アルベール様の作品が発表された。
 彼はシナリオで何度も見た通り、ハートの片割れをオペラに乗せたチョコレートを作ったようだ。観客と審査員から「純愛なのに割れてるじゃないか」といった疑問の声が上がる。

『アルベール選手、これはいったいどういうことでしょうか?』
「純愛とは一人では生まれ得ないもの……つまり、愛の片割れが存在して初めて愛は純愛となるのです。その意味は間もなくわかるでしょう」

 そう言って、アルベール様はファイエットのほうへ視線をやった。けれど審査員と観客は、婚約者である私を見たと思ったようで。真っ直ぐ前を向いたまま一瞥すらも寄越さない私を見て、「本当に彼女に愛があるのか?」「さすが薔薇のソルベ姫だ。眉一つ動かさないじゃないか」と囁き合っている。
 まあ、ファイエットもアルベール様に見向きもしていないのだけれど。
 因みに元々のファイエットが作るはずだった片割れのハートは、ちゃんとオペラにふたつ添えて発表することになっていた。シナリオでは「心から愛する人と大好きなものを分け合うこと」を純愛と呼んでいて、攻略対象がそれを受け取ることでルート決定となる。つまりシナリオでもわりとアルベール様の一人芝居だったりする。
 更にバージル、シャルル、ダヴィドと発表が続き、観客席から感嘆の息が漏れたり黄色い声援が飛んできたりした。ダヴィドには親衛隊とやらがついてきていて、遠く二階席には横断幕まで垂れ下がっている。

 そうして遂に、私の番が回ってきた。
 箱が取り払われ、艶めくオペラにチョコレート細工が寄り添う作品が公開された。オペラの周囲には純白のコットンキャンディが配置され、まるで雲の中の城のよう。フランボワーズの花畑を隣に配置して、全体的に可愛らしさを押し出したデザインにしてあるからか、会場が若干響めいている。

『エヴリーヌ選手、まず此方の作品の意図をお聞かせください。チョコレート以外のスイーツを作品にするとは、いったい……』
「まあ、おかしなことを仰るのですね。このコンテストは提示された三つのテーマを守っていれば、それ以外は自由であるはずですわ。金箔やアラザンが許されていて、何故コットンキャンディが許されないのかしら」
『そ、それは……失礼しました。では改めてテーマを……』

 にっこり笑って言ったら、何故か怯えられてしまった。
 普段ファイエットが懐いてくれているから失念していたけれど、いまの私って顔面−5℃の女なんだったわ。

「私にとっての純愛とは、雲を掴むようなものでしたの。皆様もご存知の通り、家が決めた婚約者がおり、家が決めた通りの人生を歩んで参りましたから。其処には私の意思はなく、心もありませんわ。ですので、私の愛は遠い雲の中にあるのです」

 観客席の反応はまちまちといったところ。上流階級が多く集まるコンテストだから「そんな決まり切ったことを」だとか「親が決めた婚約だって幸せになる人はいる。そうでないのは本人に問題があるんじゃないか」といった感じ。それは同意だわ。
 次いで、ファイエットの番になった。攻略対象の眼差しが、ファイエットの作品に注がれる。さすがはヒロイン。私が小賢しいイジメなんかしなくても、順調に多くの人から愛されるんじゃない。
 そういえば、仕込んだ部分以外の装飾はお互いに当日までのお楽しみにしようって話にしていたから、私も初めて見るんだったわ。
 いったいファイエットはなにを作ったのかしら。

 そう思って、彼女の作品を見――――そして、目を瞠った。

 美しい青薔薇の飴細工がオペラを華やかに彩る、洗練されたデザイン。高貴で凜とした青薔薇は作品のメインであるオペラに劣らぬ艶を放っていて、フランボワーズは青薔薇のドレスを飾る大粒の宝石のよう。飴細工からは冷たく冴え冴えとした印象を受けるけれど、何処かたおやかな優しさも感じられる。

『これは……薔薇の飴細工ですか?』
「はい。特別な青薔薇から採れる自然の着色料で色づけしました」

 ファイエットの作品が公開されると、会場が波打つようにざわめいた。
 特にアルベール様の顔は、驚愕に張り付いて青ざめてすらいる。私も、地獄めいたお父様の淑女教育がなければ似たような顔を晒していたかも知れない。

「飴細工を添えてはいけないルールはないはずですし、確か過去の作品にプレゼントボックスのリボンを模した赤い飴が添えられていたと記憶しています」
『確かに。2018年の、チャンピオン作品ですね。あれも素晴らしい作品でした。では、テーマのほうをどうぞ』
「はい。わたしの愛は、美しい花と共にあるのです。たった一輪でも真っ直ぐに咲く高貴で美しい青薔薇……田舎の道端に咲く野草でしかないわたしに、咲き方を教えてくださった無二の奇跡……その方に抱いた想いを形にしました」
『おお! これは熱烈ですね!』

 テーマを話し終えると、ファイエットは私に向き直った。

「エヴリーヌさま」
「……ええ、そうね」

 右手をさっと挙げると、会場の照明が落とされた。そして西側から差し込む橙色の光が、丁度作品群を照らし出す。
 最初こそ突然の暗闇に驚いていた参加者と観客たちだけれど、一人が「あっ!」と声を上げた。

「エヴリーヌ嬢とファイエット嬢の作品を見ろよ!」
「あれは……もしかして二人の女性? 影絵になっているわ!」
「まさかだけど、全部計算して作ったのか? あれを?」

 会場がざわめく中、照明が戻される。
 そして私は、審査員と観客に向かって口を開いた。

「純愛とは、一人では生まれ得ないもの。アルベール様がそう仰っていましたわね。一方的な愛の押しつけは、純愛などではなく単なる自己満足ですわ。互いに想い合う心があって、初めて愛は純愛たり得るのです。……そうでしょう?」

 微笑を浮かべて言うと、会場が静まりかえった。
 そして、

「ふざけるな! こんなもの……!!」

 アルベール様が作品台に大股で近付き、私の作品に添えられていた影絵の元であるチョコレート細工を叩き壊した。
 会場から悲鳴が上がる。誰かの「なんてことを!」という非難の叫びも聞こえる。ゲームでは悪役令嬢たる私に向けられた言葉と視線が、アルベール様に突き刺さる。方々から「あり得ない」「信じられない」「前から横暴な方だと思っていたけれど、此処までひどいなんて」と言った声が投げつけられる。
 罵倒されるだろうとは思っていたけれど、此処までのことをするなんて。
 仕掛けは見せたから構わないと言えば構わないのだけれど、少し勿体ない。あれはコンテストが終わったら試食として会場に配られるものでもあったから。
 なんて惜しんでいたら、今度はファイエットが駆けていって、自分の作品に添えたチョコレート細工を裏拳ビンタで叩き壊した。

「えっ……!?」

 周りの人と同じ反応を、私もしてしまった。アルベール様も同じように驚いた目でファイエットを見ている。
 小動物のようだったファイエットは、涙目になりつつもアルベール様を睨みつけ、思い切り叫んだ。

「わたしの愛は、誰よりも美しい青薔薇の姫……エヴリーヌさまと共にあります! エヴリーヌさまの愛が崩されるなら、わたしも共に崩れます!」
「な、なにを言う! 君は俺と愛し合っていたじゃないか!」

 何度も何度も練習をして、緊張で吐きそうになりながらもがんばった作品を、自ら叩き壊すほどの愛。それを目の当たりにしても、アルベール様は少しも理解しない。しようとしない。
 ファイエットの両肩を掴んで、恫喝する勢いで迫っている。

「初めて店を訪ねたとき、俺を笑顔で迎えてくれたじゃないか! あのときから俺は君のことが……」

 待って。
 ねえ、まさかとは思うけれど、それだけでファイエットに惚れたの? それだけでいずれ婚約者にするとまで暴走したの?
 会場の、主に女性観覧者から、ひそひそと囁く声が漏れ聞こえてくる。

「嘘でしょ……営業スマイルって言葉を知らないの?」
「ファイエット嬢は確か庶民の娘よね? 上流階級の方から声をかけられたらお断り出来ないのをご存知ないのかしら」
「私の友人も庶民の出なのだけれど、市街で接客業をしていたときは似たような目に遭ったらしいわ」
「信じられない……前時代的にもほどがあるわ」

 観客の女性たちの声が聞こえたのか何なのか、他の攻略対象たちもそこはかとなく気まずそうな顔で目をそらしている。まさか、彼らもファイエットの営業スマイルを自分だけに向ける特別な笑顔だと思い込んでいたってこと?
 目眩がしてきたわ。

「だいたい、なんであの冷血女なんだ! アイツは君をいじめていただろう!?」
「そんなこと……っ」

 反論しようとしたファイエットの肩を、アルベール様が思いきり握った。
 仮にも純愛を謳っている相手を痛みで黙らせるなんて。

「あ、アルベール、ファイエットちゃん痛がってるから、手は離してやりなよ」
「……チッ!」

 ダヴィドが怖々声をかけると、マイクが拾うレベルの盛大な舌打ちをして、やっとファイエットを解放した。と思えばファイエットはとって返して私の胸に飛び込んできた。可哀想に、あの日のように震えてしまっている。

「ごめんなさい、助けてあげられなくて」
「いいえ……エヴリーヌさまが近付いていらしたら、アルベールさまはなにをしたかわかりませんから……」

 涙を浮かべながらも健気に微笑んでみせるファイエットがいじらしくて、涙の痕が残る頬を撫でる。そしてアルベール様を睨むと、私は努めて冷たい声で言った。

「見下げ果てましたわ。神聖なコンテストの場で作品を穢すどころか、一方的に愛を押しつけて女性を泣かせるなんて」
「黙れ! 抑もお前がファイエットを妬んで嫌がらせをしたのが悪いんだろう!」

 ファイエットの日記にもあったけれど、どうも彼の中では私がファイエットを妬みプレゼントを受け取るなと脅したことになっているらしい。そう思っていたら、

「夜な夜なファイエットを家に呼びつけていたと知っているんだぞ! どうせお前のことだから、コンテストの練習で使った器具を掃除させたり彼女の作品を踏みつけて罵倒したりしていたんじゃないか!?」

 とんでもない風評被害を叩きつけられた。
 観客たちは何とも言えない表情で顔を見合わせている。いままで私のことを薔薇のソルベ姫と揶揄していただけあり、イメージ通りならやりかねない。けれどイジメをされた当人であるファイエットが加害者に駆け寄っているという、謎の現象が起きている。もし私がファイエットにイジメをしていてアルベールと想い合っているなら、行動は逆になるはずだものね。

「そのような事実はございませんわ」
「ふんっ、口先だけなら何とでも言えるさ! それにファイエットの店だって狭くて粗末な店だと言っていただろう!」
「そんなこと、私申しましたかしら」
「白を切る気か!? だったらファイエットに聞いてみろ!」

 それもそう。
 というわけで、ファイエットに聞いてみることにする。

「私には覚えが無いのですけれど……アルベール様が仰るようなことを私、あなたに言いましたかしら?」

 ファイエットはふるふると首を横に振って、それからアルベール様を睨んだ。

「エヴリーヌさまは、わたしのお店を小さくて可愛いって仰ってくださいました!」
「ほらみろ!」

 えっ、なにがほら見ろ?

「狭くて粗末だと、そういう意味で言ったんだろうが!」
「嘘でしょ……」

 思わずごく小さな声でだけれど、心の声がまろびでてしまった。
 そんなネタで見る英国仕草みたいなのを言ったことにされるなら、なにを言っても悪口になるじゃない。仮に私の台詞が「小さくて可愛らしいお店ね。まるで犬小屋のようだわ」とかだったらまだわかるけれど。

「それに、ファイエットのことだって畜生呼ばわりしていた!」
「小動物のようで愛らしいとは申しましたわね……私は褒めたつもりでしたけれど、動物に喩えるのは嫌だったかしら」
「いえっ、エヴリーヌさまに悪意がないことくらいわかります。こんなにもお美しい方に愛らしいだなんて仰って頂けて、わたしがどれほどうれしかったか……」
「他にもある! 俺がプレゼントしたドレスを着たファイエットを下品だと罵倒しただろうが!」
「ファイエットではなくドレスが下品なのですわ。折角ですからお集まりくださった皆様にもお見せ致しましょう」

 私がそう言うと、ジルベールが件のお下品ドレスを着せたトルソーを持ってきて、会場中に見えるように掲げた。瞬間、女性のあいだで「ひっ」と短い悲鳴じみた声があがった。男性のほうも、わりとドン引きした様子で「いくら何でもあれは……」と顔を見合わせている。
 それはそうでしょうとも。目にしみるようなショッキングピンクの生地にリボンとフリルがこれでもかと使われた、ぶりっこも裸足で逃げ出すデザインなんですもの。前世で見た魔法少女アニメのヒロインだって此処までじゃなかった。しかも、仮にも社交界に出る際に着るドレスだというのに、ふくらはぎが丸見えな娼婦ドレスの丈という有様。
 私がこれを贈られたら、その場で火をつけてるレベルでひどい。

「何度見てもひどいデザインですこと。プロが考案したものではありませんわね」
「俺が持ち込んで作らせたものに文句を言う気か!? ファイエットは笑ってお礼を言ってくれたんだぞ!」
「そうするしかないからでしょう。ファイエットは庶民であなたは貴族ですもの」
「ほら、すぐそれだ! ファイエットを庶民と見下すお前が偉そうに言うな!」

 庶民を庶民と言ってなにが悪いというの。というか、庶民という言葉を悪口として扱っているアルベール様こそどうかしていると思うわ。

『もういい』

 不意に、低く落ち着いた声が会場中に響いた。声の主は、アルベール様のお父様で世界的ショコラティエでもいらっしゃる、ジャン=バティスト様だ。
 皆の視線が、意識が、審査員席に集まる。

『アルベール』

 お父様に名を呼ばれたアルベール様は、機を得たりとばかりに表情を輝かせた。

「父上! お聞きになったでしょう! あのエヴリーヌとかいう女は悪辣な魔女なのです! ファイエットに嫉妬し、数々の嫌がらせをした挙げ句、コンテスト作品まで縛り付けたのですよ!!」

 アルベール様のあんまりな言いように、ジャン=バティスト様は眉間を摘まんで、それはそれは深く溜息を吐いた。隣の席に配置された若い男性審査員がハラハラした様子でジャン=バティスト様とアルベール様を交互に見ている。彼の胃がストレスで爆発しないことを祈ろう。

『……では、私からもファイエット嬢に確認しよう。此処は神聖なコンテストの場である。偽りなく答えるように。他の者は決して口を挟まぬよう。良いな』
「は、はいっ」

 文字通り雲の上のような相手に直接名を呼ばれたファイエットの背筋が、天上から吊られたかのように伸びる。

『ファイエット嬢は、エヴリーヌ嬢にコンテストを妨害するような嫌がらせを受けた事実はあるか』
「いいえ。そのような事実はございません」
『では、アルベールに想いを寄せ、そのことによりエヴリーヌ嬢から嫉妬を受けたという事実はあるか』
「いいえ。わたしは一度としてアルベールさまに恋心を抱いたことはありませんし、エヴリーヌさまもわたしに嫉妬する理由がありません」
『では、コンテスト前の練習期間、エヴリーヌ嬢から下女の如き扱いを受けたという事実はあるか。また、作品を踏み躙るなどの蛮行を受けた事実はあるか』
「いいえ。エヴリーヌさまは、わたしがアルベールさまに押しかけられて困っていたところを救ってくださっただけです。練習にキッチンも使わせてくださいましたし、作品を踏みつけるなんてとんでもないことです」

 ジャン=バティスト様が地割れのような威厳ある低い声でファイエットに問えば、ファイエットは一つ一つしっかりと答えていく。背筋を伸ばして、真っ直ぐな声で。
 一方でアルベール様は、青紫の顔色でガタガタと震えている。恐らく私への怒りとお父様への畏怖、ファイエットの言葉、全てが彼を追い詰めているのだろう。

『此処にいる全ての者が証人である。エヴリーヌ嬢は言われなき悪評を浴びせられ、それでもファイエット嬢と素晴らしい作品を完成させたのだ』

 戸惑いがちな拍手がパラパラと起き、誰かが「理想的な愛の形を見ましたわ!」と叫んだのをきっかけに、割れんばかりの拍手が沸き起こった。
 がっくりと膝をつき、アルベール様が打ちひしがれる。

「そんな……ファイエット……」

 今更真実を思い知ってももう遅い。
 神聖なコンテストの場で、数多の上流階級の人々が見守るこの場で、彼は身勝手な思い込みを暴走させたのだから。
 ジャン=バティスト様が審査員席を立ち、私たちの前まで来ると突然頭を下げた。一番驚いたのはファイエットで、あわあわしながらジャン=バティスト様と私を見ている。

「ファイエット嬢。愚息が失礼をした。そしてなによりもエヴリーヌ嬢、そなたには最早詫びようがない。ショコラ界を牽引する夫婦になるであろうという期待を二人に込めた結果、そなたにばかり負担をかけてしまっていた」
「言葉での謝罪は不要ですわ。私たちに対して不当にかけられた汚名は、法でもって雪いでくださいまし」
「勿論だ。愚息は当家から追放し、厳しい監視の下で一から育て直そう。その間も、決して二人には接触しないよう徹底すると誓おう」

 その言葉を聞いて、ファイエットがようやく少しだけ安心した表情を見せた。その様子で、いままでどれほど彼に怯えていたかがわかる。
 ジャン=バティスト様も察したようで、申し訳なさそうに目を伏せている。
 観客たちの拍手だけが、いつまでも私たちに降り注いでいた。


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