薔薇は無慈悲な庭の女王


▼ 錆色ティータイム


「……と、いうわけで。依頼人は戸崎愛梨(とざきあいり)ちゃんのママさん。愛梨ちゃんは聖心女子の二年生」
「依頼内容は、娘に痴漢を働いた男が二度とあの電車に乗れなくなるように、ですか」
「物理的に乗れなくしてもいいんだけど、依頼人が受けたのは肉体的な傷っていうよりは精神的な傷のほうが大きいから、出来ればそっちで責めたいんだよね」
「そうですわね。ただ痛めつけるだけでは傷が癒えれば元通りでしょうし……心を踏み砕いてやるくらいの計画(プラン)を考えたいですわ」

 水曜日の午後。
 とあるカフェの一角で、女子高生二人がケーキをつつきながら物騒な会話をしていた。
 一人はチョコレートをたっぷり使ったブラウニーで、もう一人はレアチーズケーキだ。どちらも温かいダージリンをカップに満たして、見目だけなら華やかなお茶会に映る。

「聖心女子ってお嬢様学校だよね? 百合ちゃんに似合いそうな感じの」

 そう話すのは、天然の明るい金茶髪に青碧色の瞳をした少女、茜姫花(あかねひめか)。
 亡き父の後を継いでヤクザの頭となったものの、大半の構成員が別の組に移籍したりカタギへと還っていったりして、いまでは良く言えば少数精鋭で活動している。
 ヤクザとしてはほぼ機能していないが、代わりに行っている稼業がある。このティータイムは、姫花の稼業に関する相談の時間でもあるのだ。

「私(わたくし)には勿体ないところですわ。敬虔なミッション系ですし」

 そして姫花におっとりと答えるのは、彼女の親友である白百合(つくもゆり)だ。
 真っ直ぐな長い黒髪に、大きな黒い瞳。長い睫毛に、陶器のような白肌に、形の良い唇。全方位全く隙のない美少女で、姫花が言う通り見た目はお嬢様学校がとても良く似合う令嬢である。
 ――が、彼女はロシアンマフィアの落とし子で、ボスの子供が必ず通過させられるとある試験を非正規のやり方でクリアし、日本での単独活動を認められた異色のマフィア令嬢だ。
 日露ハーフで、髪と瞳の色はアジア系の特徴だが、顔立ちはソビエト系美少女そのものという、命を吹き込まれた人形と言われたほうが現実味のある整いすぎた容貌をしている。

「優羽(ゆう)くんに調べてもらったらね、聖心女子の子ばっかり被害にあってるみたいなの」
「依頼人の方以外にも被害者がいらっしゃったのですね」
「うん……でも、一番執拗にやられたのは依頼人の娘さんみたい」

 二人が話しているところへ、姫花のスマートフォンがメッセージの受信を告げた。
 見れば、画面にチェシャ猫のアイコンが表示されている。

「ねえ、百合ちゃん……いま優羽くんが被害者の子たちの写真を送ってくれたんだけど」
「どうかなさいまして?」

 姫花は答える代わりに、黙ってスマートフォンを百合に渡した。百合は「失礼致しますわね」と断ってから手に取り、画面を見る。一覧として並んでいた画像は皆、黒髪ロングで大人しそうな、所謂『清楚系』と一般に言われるタイプの少女ばかりだった。

「聖心女子自体になにか怨みがあるにしても、抵抗しなさそうな子を選んでるんだよ」
「この特徴……」

 百合の呟きに、姫花が不思議そうに首を傾げる。
 スマートフォンを返しながら、百合はにっこり笑って言った。

「私にも当てはまりますわね」

 しかし、そう言ったときの目が全く笑っておらず、姫花は小さく身震いをした。









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