悩みの話
2016/09/28 12:43


新しい話はあんまり書かないようにしようとおもってたのですが、友人が書いてくれたのあさんの話にどうしても続きを書きたくなったので、すごい今更ですけど、書きます。

・・・


「のあ、どーしたの、考え事ー?」

と、ミリが唐突に蛇に向かって話しかけたので、まっちゃは目を丸くした。
蛇はいつもとなんら変わらずダイニングテーブルに腰掛けて、紅茶を片手に本を読んでいるだけ…
のようにまっちゃの丸くなった目には映るのだが、蛇は少し黙ったあと、実は、などと言い出したので、まっちゃの丸くなった目は更にほんの少しだけ、正円に近づくことになった。
当たり前のように蛇の横の席に座って話を聞く姿勢になっているミリを見ながら、彼女は一体全体、よもや高性能なソナーでも搭載しているのかと勘ぐる。

「友人が悩んでいてな。」

その友人のために世話を焼いてみたが、本当に力になってやれたのか、自分のやったことが正しかったのか自信がない。

「結局おれは、人間の真似事しか出来なくてね。」

まあ、仕方ないのだけど、おれは蛇だから。
そういった蛇に、ミリはそっかぁ、と返してにこにこと笑っていた。

まっちゃはその話を聞きながら、自分が話をされている訳では無いにもかかわらず、ざわざわと心を乱されていた。
今まで蛇の気持ちがわかるとはそれ程思えなかったのが、今は痛いほどわかったのだ。
人が困ってても、自分は上手くできない、相手が何が欲しいのか、わからない。逆に傷つけるかもしれない。
そして、相手を傷つける事を過度に恐れて、結局何も出来ず黙って見ているだけの、自分の氷のような冷たさに、何度も失望してきた。

何かが喉の奥から出たがっていたが、それが言葉にきちんと出来るほど形を持っていないことがまっちゃには分かった。自分だってまだ、悩んでいる最中なのだ。
そして何より、蛇は自信が無いながらもきちんと相手に世話を焼いている。何も出来ない自分に比べて、遥かに人間らしい。そんな相手に向かって何かが言えるような権利を、自分が持っているようには到底思えない。もっと良いアドバイスができる誰かが居るはずだとも思った。
そもそも、今話してるのはミリであって、僕では無いのだ。
そこまで考えた時、ミリと目が合った。

にこっ、と笑いかけられて、まっちゃは気が緩んだ。
ここにいる事を、許された気がした。

あの、とまっちゃは自信なさげに口を開いた。

一対一で交わされてた視線がこっちに向いて二対一になったのが分かった。
期待に応えられるような応えを持っていない自覚があったので、その視線を受けた瞬間に、口を開いてしまった事を少し後悔したが、それ以上に自分の情けなさを感じた。

ミリの許しがあって初めて、人と対等に話せるような心持ちになる自分の情けなさだった。
人間ソナーのミリが自分が何か考えていることに気がついて自分に笑いかけたのでは、なんて勘繰りをしてみるが、ミリにそこまでの考えがあるとは思えなかった。多分目が合ったから無意識に笑いかけただけだ。
でも少なくとも、自分が彼女の微笑みによって、まっちゃが口を開いたのは確かだった。彼女が笑ってくれるなら、自分はここで話しても、大丈夫だ、という安心感。的外れな事を話したとしても誰も自分を責めたりはしない。そして自分は自分の発言によって、後悔しなくても良い。

と、此処までのことをざっと考えていたものだから、まっちゃは自分の言いたい事を少し忘れかけていた。
その…、と、もごもご言い淀む、すみませんと言いたくなるのを必死に抑えて、何が言いたかったのか、何を伝えたかったのか考える。

「なんか言いたいことが纏まってなくて、自信無いんですけど、」

と前置きをする。いつかこんな前置きが入らない日が来て欲しいと思った。

「その気持ち、わかります。」

そんな事だけを言いたかった訳では無い、必死に、落ち着いて焦らないように応えを探す。自分が本当に思っている事を話すことが極度に少なかったせいで、本心を話すことに体も心も慣れていないのだ。変な汗が出そうになる。大丈夫、失敗しても的外れな事を言っても、大したことは無いはずだ。

「でも、のあさんが、その人に何かをしてあげた事で、少なくともその人は一人にならなくて済んだと、思います。それに…」

自分が長く喋っていることに対する恐怖で、これ以上話すのが恥ずかしくなる。何を偉そうな事を言ってるのだ、恥ずかしい奴だな。
落ち着け、それに、と言ったからには言葉を続けろ、待ってるぞ、二人とも。次の言葉を。
ひどいプレッシャーだ。
自分の思ってる事を話さない間はあんなにスラスラ喋れたのに、なんて、余計な事を考える。焦るな。

「まっちゃよく一人で悩んでるもんねー」

ミリが唐突に口を挟んだ。
安心する。そう、だから、一人で悩んでるの苦しいのが、よくわかるというか、と続けてみる。

「とりあえず何かしてやったことが大事ってことか?」
「あっ、そう、それです、というか、その、誰かが大事ならそれを伝えてあげるのが大事というか」
「あはは、だいじってことばいっぱいだねー」
「う…悪かったな言葉上手く使えなくて…」
「分かるよ、人間の言葉、選ぶの難しい」
「そ、そうなんですよ!」
「うひゃ、のあ宇宙人みたいなこと言うねー」
「ミリの方がよほど宇宙人だから。」
「宇宙人じゃ無いが…まあ、蛇だからね、人の真似ごとぐらいしかできないな。」
「大丈夫ですよ、というか、人みたいに上手くやらなくても、たぶん大丈夫みたいです。僕も最近わかったんですけど。」
「なるほど」
「わかるとかわかんないとかあるのー?まっちゃはねー、なんでも難しく考えすぎー」
「そうかな…というか、好きでこうなわけじゃ…」

大丈夫だ、自然に話せた。
変な汗が引いていくのが分かった。
人みたいに上手くやらなくていいことは、わかっているはずなのに、何処かでその価値観は抜けない。
それほど自然に話せなくても、本当は良いはずなのだ。
それが許せないのは、自分を責めているのは自分だけだ。
上手く出来ない自分を自分だと認めず、もっと出来る自分を人に見せるため虚勢を張っていた高い自尊心が、自分を尊重する事なく無残に殺してきたのだ。


何かもっときちんと言いたいことがあったように思ったが、もう言葉には出来ず、思い出せなかった。けれど、後悔はそれ程なかった。

いつかきちんと、言えるようになった時に、言えるようになれば良い。
無理に上手くやろうとしなくて良いのだ。
その代わり、言えるようになったら誤魔化さないようにせねば。
自分より上手くやれる人が何処かにいたとしても、自分がいる場所に必ずいるのは、自分だけなのだから。

「あ、その、」
「ん?」
「ミリみたいに、のあさんの気持ちがすぐわかる人って、たぶん少ないと思うんですよ、僕もそうですし…」
「だろうな、擬態しているし」
「だから、その…のあさんも、思ってること遠慮せず言ってくださいね。」

偉そうな事を言ってすみません、無理にとは、言わないんですけど…
と青年は恥ずかしそうに俯いた。

蛇はキョトンとした。
そんなこと言われるだなんて、思ってもみなかったのだ。
そもそも、自分に考えていることや気持ちなど無いと思っていた蛇にとって、少々難しい話ではあった。
ミリに言われて初めて自分の気持ちの形を捉える事の方が、はるかに多いのだ。

ただ、青年が急にそんな事を言い出した背景について考えられるほど蛇は人間的ではなかったものの、今まで常に人と一定の距離を保っていた青年がわざわざ距離を縮めてまで助言をくれた事は、素直に嬉しかったのだ。

ありがとう。そうするよ。
と、蛇は返した。
その声が少しだけいつもより明るかったのは、おそらく青年も聞き取れただろう。



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