その8
2023/02/04 21:09


「そと、相当寒かったんですね」

帰宅した2人を迎えながら、リクは驚いたようにいった。なにせ2人とも鼻先や耳が赤くなっている。霜焼けになりかけてる。町屋に関しては目元まで心なしか赤い。

「なに、大したことはない」

宇佐美はマフラーを首元から外し、コートと共に衣類掛けにしまう。
それに倣うように町屋もまた自分の防寒具を片付けていく。

リクの腕の中で、みっちゃんが降りたそうな動きをした。地面に降りると、とことこと宇佐美の方へ向かっていく。
足元にしっかりとしがみつくが、宇佐美は気にした様子もなく、外出で使用した線香やライターなどを片付けていた。

その様子を、じっと見る町屋。
そして、それに気がついたリク。

その町屋の視線の中に、何かしら不穏なものを感じ取ったリクは、自身のことではないのに気を回して声をかけた。

「みっちゃん、宇佐美さんのこと、ずーっとお待ちかねだったんですから。」

明るく、少々不作法なきらいも含めつつ…
できるだけ町屋に気取られないように。
天賦の才と経験を併せ持つ、絶妙なリクの声かけ。

リクが自身の視線に気がついたこと、また自分のその視線やその裏にある気持ちを汲み取って声をかけたことは、町屋は理解していた。不器用だが、繊細に気配を感じ取るのは町屋の方が上手だった。

リク本人が、無意識にその心遣いをしているだろうと町屋は思い、自分の持たないものへの恨めしさをうっすら感じていることを自覚する。
町屋から見て、リクは本当によくできた青年だった。どうしたらそんなふうに育つのか。

「ああ、そうか。」

宇佐美は、今気がついたかのようにみっちゃんに向き直り、しゃがみ込んだ。
みっちゃんが宇佐美の首元へ腕を回す。宇佐美はそれを確認してから軽く腕をみっちゃんに添える。ほとんどぶら下がるようにしてみっちゃんは宇佐美につかまっていた。

その様子を見る町屋の視線。その視線を気にするリク。何も気にせず首にみっちゃんをぶら下げる宇佐美。

リクは(うさみさーんもっと丁寧にー)と心の中で呟いたが、もはやこればかりは仕方ないと、声に出すのは諦めた。

町屋がしばしば宇佐美に注ぐ視線は、みっちゃんの扱いに関するものであった。
宇佐美のみっちゃんに対する扱いは、決して丁寧とはいえない。もちろんそこに悪意は一切ないのだが、「子供」を扱うというよりは、なにか大きな(モノ)か(動物)を相手にしているような様子にも見える。

そんな扱いを間近で見ることに、最初はリクも違和感を覚えたものだった。
相手の連れ子であることがその違和感の原因かとリクは最初思った。だが宇佐美と接するうちに宇佐美はみっちゃんに対してだけでなく、誰に対しても淡白なのだと知る。
最初こそ、宇佐美の累々の発言(「鶏肉みたいな筋肉だな」、「わざわざ体を痛めつける競技をしているのか」、「これ(みっちゃん)のことはお前の方がよく分かるんじゃないか」等)と言われたことに対してどういう意味なのか動揺したものだが、3年もともに過ごせば大抵のことには動じなくなる。

(町屋さんもそれに早く気がついて…)とリクは思うものの、やはりここに来て数ヶ月では難しいのかもしれない。いや、でも町屋は宇佐美と若い頃知り合ったって言っていたような…てか町屋さんって30手前だよな宇佐美さんって幾つ??

また機会があったら聞いてみよう。

そうやって推し測るだけではなく、聞くべきタイミングを見極めつつ自分で聞こうとする素直なところは、リクの極めて美点と言えた。だからこそ、彼はこの家で3年近く過ごすことができたのだ。

「…オレ、町屋さんともっと仲良くなりたいです。」

急に降って沸いた笑顔とセリフに町屋は激しく動揺した。(え、急に何この人)と顔に書いてある。その動揺の仕方が自分の彼女を想起させて、リクはさらに和やかな笑顔になった。町屋には動揺しかない。
宇佐美は流石にその町屋の隠せていない動揺に気がついたらしい。声をかけた。

「変なやつだから気にしなくていい」
『それを宇佐美(○○)さんが言いますか』

思わずリクと町屋の声が重なる。
ふへへ、というリクの間の抜けた笑い声と共にふわりと和やかな空気が場を包んだ。
町屋も下手くそに笑いながら、夕飯の支度をすると言ってキッチンへと向かって行った。

(あれ、そういえば、さっき町屋さん宇佐美さんのこと、なんて呼んだんだろう…)

そんなことをリクは思ったので口にした。

「町屋さんって、宇佐美さんのことなんて呼んでるんですか?」

宇佐美はなんでも答えてくれる。まるで子供相談室に電話する幼子のような素直さでリクは聞いた。
宇佐美は、口を開いて、一度閉じた。
そのあともう一度開いた口は、

「秘密」

そう言ったのでリクは耳を疑った。宇佐美さんに答えてくれないことがあるなんて!

「しかもなんかちょっとそれカッコイイ。町屋さんずるい」
「リクにだって秘密はあるだろう。」
「いや、そんなにないですよ。」
「彼女になんて呼ばれてるんだ。」

完全に不意打ちの反撃を受け、リクは動揺した。耳元で彼女の声が(りっくん)と囁いた。

「秘密です」

ふふ、と宇佐美が小さく笑った。
それがなんだか、リクには意外な感じがした。
外に出たわけでもないのに耳が赤くなってきたリクのことを、みっちゃんが不思議そうに眺めていた。

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