その7
2023/01/25 13:05


「二人でお出かけなんてめずらしいねぇ」

独り言か、もしくはみっちゃんに話しかけるようにリクは言う。

みっちゃんはリクの腕の中で特段反応を返すわけでもない。

「二人でどこにいくか、みっちゃんは知ってるの?」

リクが聞くと、今度は小さくみっちゃんは頷いた。そうなんだ、どこだろうねぇ。とリク。みっちゃんから返事が返ってくるのは期待していない様子を見るに、定型的に言っただけで、リクにとってそれほど興味のあることでもないのだろう。

「お留守番だから、いっぱい遊べるね」

リクにとってはこちらの方が大事なようだ。宇佐美に託けられた以上は目一杯みっちゃんを楽しませようと言う気概が感じられた。
みっちゃんは明後日の方向をチラリと見てから、今度はリクに向き直って頷いた。

・・・

みっちゃんが見た方角、その遥先で、雑草を抜く男がいた。どんなに小さな雑草も見逃さず丁寧に抜くその様は、町屋という男の少し行き過ぎた几帳面さを表しているようであった。

それとは対照的に、墓石が少し濡れればそれでいいだろう、という意図が透けて見えるような適当さで、宇佐美は柄杓をとっていた。
清掃というよりも、儀式的にしかその行為を捉えておらず、しかもその儀式を重視しているわけでもない宇佐美は、申し訳程度の水を水鉢に供えたり、墓石のうえにかけたりと気ままにしている。

花立てから古い花を取り除きながら、花立にも水を入れてください、と町屋。
朝庭で摘んだ小菊などの草花が新聞紙から取り出され、花立が清められるのを待っていた。

新しい水が花立にどぷりと注がれ、古い水や腐った花木の欠片を洗い流していく。

花を下に向け、出来るだけ量が均等になるように丁寧に分けていく町屋。
清められた花立に、その花を供えていく。
最後間に、少しは枯れてしまった花や葉などを指先で摘み取り除くあたり、その几帳面さが表れていた。 

その間に宇佐美は線香を適当に取り出し、火をつけて供えた。多少火がつきづらいものが混じっているのを少し煩わしくおもいながらも線香の束に火をつけ終わり、線香盾に供えた。

手を合わせその場にしゃがみ込んでいた町屋が手を解き、ふう、と一息をついた。しゃがんだまままた目についた小さな雑草を引き抜く。

「手は合わせないんですか?」

ふと気がついた町屋が、何気なく言う。墓前に線香や花まで供えておいて、宇佐美は何をするでもなくその場に立ったままだった。スーツはピンと伸びていて、皺はひとつだってない。

「まあ、しろと言われればするが…」

町屋はそうしろとは言わないだろうと言うことは、宇佐美はわかっていた。宇佐美に何かを強制しようとする人物は少ない。
仏様がいるので、手を合わせるのだと教えられた記憶が宇佐美に蘇る。「仏様」が一般的に死者を表現することは知識としてあった。だが、それ故に宇佐美は違和感を感じる。

「ここには誰もいない。」

子供のような残酷さと、透明さをもってして、その言葉は発せられた。

薄氷のように薄く冷たく、鋭いようで脆い台詞は普通なら誰のこころにも大した力を発揮しないはずであった。

しかし、町屋の今のこころは、油断があった。無防備で柔らかい部分が、宇佐美の前では無意識に晒されていたために、その言葉がすっと入り込んできてしまった。
薄氷の鋭さで。

『そうですね。』『そんな寂しいこと言わないでくださいよ。』『一応手を合わせるのも悪くないですよ。』

言える台詞はいくらでもあったはずなのに、町屋はその次の言葉が継げないでいた。彼の愚直さがそうさせていた。

『お前の自己満足に過ぎないんだよ』

おまけにここにはいない人の言葉まで頭に再生される。今はやめてくださいよ、と町屋は必死に、妙に息のしづらい胸をなんとか落ち着かせようとしていた。

「使うか。」

宇佐美の声にはっとする。
上からハンカチが差し伸べられていた。
大丈夫です、といいかけて、うまく声が出せないことに気がついた。そして、そのおかげで町屋は自分が泣いていることに気がついた。
情けなかった。

必死に抑えようとすればするほど、止まらない。熟れすぎて腐りかけた果実のように、内側から込み上げてきて、もう破裂してしまったその亀裂を抑えても他の場所から解れ落ちる。
もうだめだ。限界だ。
差し出されたハンカチをなんとか受け取って、

「なんで…」

と口にし、次の言葉を継ぐことはもう町屋には出来なかった。
これ以上は嗚咽になってしまう。これ以上話したら堪えきれなくなってしまう。町屋は嗚咽を押し殺した息の音をさせながら、宇佐美のハンカチを握った手に顔を埋め、長い間立ち上がることができなかった。

宇佐美はその間、ずっとその横に立っていた。声をかけるでもなく、ハンカチを差し出す以上のこともなく、ただ、立っていた。

2人が帰路に着いたのは、その耳先、鼻先が肌の色と関係なく真っ赤になる頃だった。
ただ、寒い夕暮だった。












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