その5
2023/01/03 14:33


「宇佐美さーん。仕事帰りですか?」

スーツ姿の男がまだらに歩く夜の駅構内のなかに、見慣れたスーツを見つけたリクは、持ち前のフットワークの軽さを生かして宇佐美の元までかけつけた。

宇佐美は少々驚いたようだった。

「リクか。」
「はい、一緒に帰れるの、嬉しいです。帰る時いつもは音楽聴きながら帰るんすけど、ちょっと寂しいんすよね。」
「そうか。」

一緒に帰っていいかどうかは尋ねず、帰る先が一緒なのだから当然一緒に帰るものだと言う感覚や、それが嬉しいものだと言う感覚は宇佐美には分かりかねた。だから同意するでもなく受け止めたのだが、かたやリクは笑顔。宇佐美がどんな表情をしようがお構いなしである。

「宇佐美さんってカッコいいっすよね」

話題もまた唐突である。普段から思っているところなのだろうが、思ったことを素直に口にできるというのは、その思考回路がそもそも、そのまま口にしても問題ないものだからだと言うのは一種の才能とも言えた。

「そうか」
「みっちゃんのこと、ひとりで育てて、なかなかできることじゃないっすよ」
「まあ、おれがしなくてはいけないことだからな。ひとりというよりは、家の皆がいるから助かっているが」

りくは普段からら、会話の中に相手のことも自分のこともどんどん登場させていく。
聞きたいことは遠慮なく聞き、また自分のことも隠さず話す。
宇佐美は自ら自分のことを話すことはなかったが、聞かれたことは応える性なので、リクと宇佐美は共にいた月日の分だけ互いのことを理解していた。

「リクがきてもう3年になる。一緒に育てているようなものだろう」
「いやぁ、でもいまだにみっちゃんは宇佐美さんの方にしか行きませんもん。最初よりはそりゃだいぶみっちゃんと仲良しになりましたけど。あっ、でも泣き虫はみっちゃん変わりませんね」
「そうだな。昨晩もそうだった。」
「えー、そうなんですか。俺眠ったら全然目が覚めないから気がつかなかった…」
「起きているのは俺一人ではなかったよ」
「あっ、そうなんだ。町屋さんかー、町屋さんと、もっと仲良くなりたいんすよね、俺。」

町屋のことに思いを巡らせるリク。以前会話した時も、最後に聞いてはいけないことを聞いたのか、どこか核心を避けるような話し方をされた。

「町屋さんって、なんか俺の彼女に似てるんすよ。」
「そうか。」
「なんか彼女人見知りだし、前話したと思うんすけど、俺とか先輩とかよく見知った人以外の異性だとダメなんすよね。」
「過去に辛いことがあったんだったな。」
「そうなんすよね。思い出すのも嫌だろうから、無理にそれをどうにかしようとは全然思ってないんすけど、なんか町屋さんは彼女と雰囲気似てるから、俺のわかんないこと、わかってあげてくれるんじゃないかって」

リクは自身の彼女とよく会い、よく話す。今通う大学は違うものの、今も部活動の合間を縫って彼女に週に何度も会いにいくほどだ。
町屋のことを彼女に話をした時、異性にもかかわらず会ってみたいと口にしたのをリクは非常に嬉しく思っていた。異性であるというだけで人を避けてしまう彼女がそう言うのは稀なのだ。自分の話から少しでも町屋という人間の魅力が彼女に伝わったといえことが純粋に嬉しかった。

「人の心の分かる優しいやつだからな」
「本当にそうっすよね。一回彼女にあってもらえないかなって思って、町屋さんにさりげなくそうやって言ってもなんかピンときてない感じで…自分のこと大した人間じゃないみたいに言いますけどあの料理はお店レベルです。」
「まあ、以前、家にいた時も食事担当をしてくれていたからな。」
「あっ、やっぱりそうなんすね。というから町屋さんが居たのって学生時代ですよね?すご…だからかーあんな手際よく…」

彼女も料理は好きだ。もし二人が会うことがあればそれは素敵なのに考える。
そして、いつか、彼女の料理を毎日食べる日が来たら…
なんてリクが幸せな妄想をしているなど宇佐美は知らず、会話に間が空いたので、定型通り今度は自ら話題を振った。

「彼女とも、もう随分長いんじゃないか。こっちにきた時にはもう話していた。」
「そうですね、高校卒業の時のだから…もう3年かな。」
「そうか、もうここにきてそんなに経つのか」
「本当ですよ。宇佐美さんと最初、何話していいかわかんなくて困ってたんですよ、俺」
「おれは特に困らなかったがな。」

あはは、と屈託なく笑うリク。その笑顔が今の二人の関係性を示していた。

「と言うかここだけの話していいですか」
「なんだ?」
「宇佐美さんって、なんで結婚することにしたんですか?決め手ってありました?」

急に少し声のトーンを落としたリク。
声を少し抑えて話す時は大事な話をしている場合が多いのを宇佐美は知っていたので、真剣にリクが聞いていることがわかった。だからこそ、少し困ってしまった。

「ないな。そう言うことは、歳の近い人間や少しばかり年上の人間に聞いたらどうだ。その質問はおれには適切じゃない。」
「えーっ、いや、なにかありますよね?俺ずっと何が深いわけがあるんだと思って宇佐美さんに聞きたくても聞けなかったのに。」
「深いわけはない。リクこそ、相談できる人は他にいないのか」
「同期は運動バカだらけなんでまだ全然そんなこと考えてない奴らばっかりだし、先輩夫婦はもう出会った時から結婚決めてたって言うから参考にならないし…町屋さんは、なんていうか、あの年代の未婚の人にそう言う話振るのってなんか気まずいんすよね。」
「ふむ、そうか」

町屋が相談相手に提案しようと思いきや、人間の世界では「気まずい」らしいことがわかり宇佐美は難しいものなのだなと納得する。

「奥さんと別れたって言ってたじゃないですか。出会いとか、結婚決めた理由とか、別れたきっかけとか…もし迷惑じゃなければですけど。」

あまり踏み込んだ話題はまずいかと、この3年流石のリクも聞くことのできず暖めていた話題を振ってみる。普段比較的素直に思ったことを口にする性格だが、運動部の上下関係の中で話すべきことそうでないこともきっちり教え込まれている。
少し緊張して、どんな答えが返ってくるか、「変なこと聞きましたね、やっぱりなんでもないです」というセリフを喉のすぐそこに用意していたリクだったが、宇佐美は事もなさげに答えた。

「わかれたのは死に別れだ。もともと俺が物を大量の本を処分しようと野焼きに行った山であったのが出会いだな。向こうは首を括っていたけど助けてしまったものだから、それなら子どもだけでももらってくれと言われて、血縁関係もないのにもらうわけにもいかないから結婚したんだ。結局、向こうは数ヶ月して死んだがな。」

心の中のリク。
【ギャーやっちまった!】
と叫びたい気持ちだった。重い。重すぎる。100人乗っても大丈夫どころかゾウが100頭乗っても大丈夫なのかと思うほどの宇佐美のメンタル。でももっと聞きたすぎる。なんだその話。ツッコミどころの渋滞を起こしている。

「あ、…あの、まずあの、聞いてしまってすみません」
「なんで謝るんだ?」
「宇佐美さんにとって辛い話だったかと」
「辛い話ではないな。たった数ヶ月のことで、特に思い入れもない相手だった。恩師の教えで困っている人を助けたつもりが、迷惑がられたのは、意外だったな。」
「迷惑がられた?」
「生きていくのが辛い人間がいるのがわからないのかと言われたな。確かにそう言う人間をおれは何人か知っているから、まあそんなものかと納得したが。」

あまりに平然と話す宇佐美の話に、なるほどと納得しかけるがそうは問屋が卸さない。聞いたら全て答える宇佐美のことだ。この際だから逆に、今聞きたいことは全て聞かなくてはと腹を括るリク。

「じゃあ、みっちゃんのために結婚したってことですか?」
「さあ…誰が一番徳をしたかと言われてもなんとも言えないな。おれ自身はそれほど困らなかった。互いの性別さえ違えば紙切れ1枚でこうも簡単に家族になれるのかと、人間というのは不思議なもんだとは思ったが。」
「ええ、じゃあプロポーズとか、両家顔合わせとか、結婚指輪選んだりとか結婚式とか…」
「本の中だけかと思っていたな。なるほど。」

リクの心の声は
【なんじゃそりゃー!】
だが、もはやそれを通り過ぎて唖然とした。始めリクは、宇佐美の浮世離れした様になれるのに時間がかかったものだった。
だが、もはや流石である。宇佐美は人ではない何かなのかもしれない。

他方、世話になった先輩夫婦は、結婚前に婚約指輪を買い、プロポーズはテーマパーク、婚前に写真を取り、親戚友人含めた盛大な結婚式を挙げ、家族だけで海外でも上げ、結婚後も新居探し、家のローン…
あまりにも大盛りすぎて自身の参考にならないと感じだからこそ宇佐美に尋ねたのだが、こちらもまた参考になりそうもない。

「恥ずかしい話ですけど、参考にしようと思ってたんてますよ…おれ、今の彼女といつか…結婚できたらなって…」

言ってしまってから、【言ってしまった!!】とリク。耳が赤くなってきた。

「いいんじゃないか」
「返事が軽い!!!」

思わず口に出してしまい、しまったと思ったか宇佐美はどこ吹く風だ。

「結婚したいんだろう」
「そりゃぁ、就職してからかなとおもってますけど」
「明日にでもすればいい」
「タイミングってものがあるんですよ、宇佐美さん…」

リクの目からも宇佐美の頭の中に疑問符が鎮座しているのがわかった。これはこれ以上聞いてもあまり収穫は得られないかもしれない。

「まあなんだ、やっぱり町屋に聞いてみたらいいんじゃないか。」

悪いと思ったのか、宇佐美は代わりの提案をしてきた。

「あー…やっぱりそうしようかな。町屋さんって常識人ですもんね」
「あれは真面目だから、自分ごとにとして親身にきいてくれるはずだ。」
「宇佐美さんって町屋さんのことめちゃ信頼してますよね」
「ふむ、そうだな。」

少し宇佐美は考えて、「昔馴染みの、友人だからな」といった。

「…宇佐美さんの友人になれるって、イイナー」

思わず、口に出してみた。なんだか、特別な感じがするではないか。

宇佐美はいたずらっぽく、「いいだろう」といった。
なんだ、町屋さんに関しての話なら、そんな話し方もできるのか。自分は3年一緒に宇佐美と過ごしているが、友達にはまだ少し遠いらしい。町屋を羨ましく感じる。

「…でも、町屋さんの友達ってのもやっぱりイイナー」
「だろう、だからリクから話しかけてやってくれ」

否定せず言う宇佐美。でも、話しかけてやってくれって言われた俺ってもしかして、宇佐美さんに結構信頼されてる??

そんなことを考えている間に、烏邸へと二人は到着した。家からは美味しそうな匂いがしている。

「町屋さんの夕飯、今日は何かなー」

二人の影が、邸宅の中へ消える。
まずは町屋さんの友達になってみようかな。なんてリクはかんがえながら、リビングの扉を開けるのだった。






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