烏邸の話3・リクとみっちゃん
2023/01/02 08:50


「みっちゃんどうしたの」

反射神経で幼い子供を抱き上げるのはもはやリクの癖と言っても良かった。
実家に年の離れた妹がいることもあってか、幼子を相手することにさして抵抗はない。帰宅したところ廊下で1人でベソをかいていたらなおさらだった。

「宇佐美さんを探してるのかな」

腕の中で小さく頷く。声を発することない。
彼女がベソをかく理由なんてほとんど決まっていた。結局のところ宇佐美がいるかどうかなのだ。
みっちゃんに語りかけるようにして、けれど結局返事はないのは分かっているので、独り言のようになるのを気にすることなく、リクは話す。

「今日は町屋さんいないって事は、宇佐美さん今日はもう帰ってきているたろうから、家のどこかにはいるよ。一緒に探そう。みっちゃんはお昼寝してたの?」

小さく頷く。栗毛の髪が揺れる。寝ていたためか、赤のリボンの髪ゴムがすこし乱れている。
町家が来てから数ヶ月間の間、宇佐美のいない日は、必ず町屋がみっちゃんに付き添っていた。逆にみっちゃんが1人でいると言う事は、家のどこかには宇佐美がいると言うことでもあった。

「ほら、まず書斎から見てみようか。さあ、宇佐美さん探しの探検の始まり」

まず一番廊下から近い書斎に向かうことにした。普段から本を読む宇佐美はよく本を探しに書斎にいるのだ。この家の書斎は立派だ。小さな図書館といっても差し支えがない。

書斎の前の廊下に積まれた不用品の段ボールをの山の横を通っていく。書斎に宇佐美がいるもう一つの理由はこれだった。書斎の中に紛れた不用品の片付け。
書斎なのになぜだか、服や雑貨などの日用品がやたらと紛れているのだ。
リクもまたその不用品の片付けを手伝ったことがある。一度や二度ではない。もはやそれでは到底追いつかないほどの物量で溢れた部屋だ。

「うさみさーん」

書斎の入り口から声をかける。片付けの時は返事が返ってくるが、本を読んでいる時は集中しているのかたまに返事がないから注意が必要だ。足元に積まれた不要な本や段ボールに注意しながら中まで入って確認するが宇佐美の気配はない。

「ここじゃないみたいだね、じゃ、次行くぞ」

できるだけ明るい声色を意識して、リクは話した。自身の体格が大きい分、少しでもみっちゃんが怯えず楽しい気持ちになるよう心掛けている。その成果もあってか、みっちゃんは泣き止み心なしかすこし落ち着いてきたように見える。

「うーん、2階かな。」

続いて2階に上がっていく。ブーン、なんて飛行機のような効果音をつけながら上がっていくところに、青年の心根のやさしさが現れる。

「みっちゃんの部屋には、いなかったんだよね?宇佐美さんの部屋も見た?」

確認すると、小さく首を横に振った。
じゃあ本に集中してるかもしれないし、声をかけてみようとリク。

リクがこの家の家に来て驚いたことの一つは、こんな小さな子供にもきちんと一つ部屋があてがわれていることだった。
普通はこの齢の子供というのは、大人と一緒に過ごすものだろう。

ただ、何度かこの幼子の部屋に入って気がついたことだが部屋の中には、みっちゃんのの持ち物のほかに、彼女のものとは思えない大人の女性の持ち物がいくつか存在していた。不思議に思い宇佐美に聞いてみたところ、曰くそれもみっちゃんの持ち物だそうだが、何かしら事情があるのは間違いなかった。

宇佐美の部屋の扉を叩く。声をかける。返事がない。

「しつれいしまーす…」

少しドアを開けて中を覗いてみるものの、中はほとんど物のない部屋。一目で誰もいないことがわかる。

うーん、他はどうだろうなぁ。と唸るリク。とりあえずと今度は1階に戻り、リビングに向かう。

リビングもダイニングもがらんとしている、が、そこでふと台所にあるものに気がついた。
野菜が切ったまま置いてあるのだ。

りくはピンとくるものがあった。

ウサギ小屋だ。

案の定、外のウサギ小屋にはスーツ姿、小脇に畳んだエプロンを挟んだ宇佐美がいた。もう陽も落ちてきているので不審な出立ちに見える。

「宇佐美さん、外灯つけた方がみやすくないですか?」

玄関から顔を出してウサギ小屋を確認したりくは、みっちゃんを宇佐美の方に見送りつつ、自身は一度玄関に戻って外灯をつけた。

街灯に照らされて、十数匹のウサギ、宇佐美、そしてやっと宇佐美と出会い腕の中に収まったみっちゃんの姿がはっきりとみえた。
宇佐美は台所で出た野菜屑をウサギ達に与えていた。わらわらと食事に群がるウサギの数はペットというよりもはや牧場と言ったような様子を呈している。

「本当にウサギ好きですよねぇ」

感心したようにリクが言う。
宇佐美のウサギ好きは筋金入りなのを、リクは身に染みて体験していた。
一度それとは聞かされずウサギ肉を振る舞われたことがあるのだ。実家が田舎のリクでも流石に少しギョッとした記憶がある。パイにされてしまったウサギはもちろん宇佐美によって申し分なく美味しく調理されてはいたものの…。

ウサギを食べることまで含めて育てる宇佐美は、その一点に置いてかなり異様に見えたが、それ以外は烏邸の家主として申し分ない人物だった。

「今日まさかウサギ料理なんですか?」

「いや、…その折は悪いことをしたね。今日はおれが料理を任されただけだよ。帰りが遅いそうだ。」

「あ、町屋さんですか。通院ですかね」

「ああ。もう帰ってくるんじゃあないか。」

何気ない会話を続けている間、みっちゃんは満足したように宇佐美の腕の中に収まっていた。しばらくすると門の前あたりに車が停まり話すような声が聞こえてきた。
それが過ぎ去ると、玄関に町屋がやってきた。皆が玄関横のウサギ小屋に集まるのを見てキョトンとしたようすだ。

「あれ、…みなさんでお出迎えしていただいて…」
「たまたまだよ。車で送ってもらえたんだな。」
「ええ、昔馴染みが仕事終わりだったそうなので送ってもらいました。」

町屋と宇佐美の会話を聞きながら、リクは小さくみっちゃんに目配せをおくる。

(探検大成功だね)

小さな声でみっちゃんに向けて語りかけるリクが笑顔を見せると、みっちゃんが珍しく、小さくわらった。

いつもどこか不安げな小さな子供の笑顔にほっとするリク。
小さな探検隊の探検はここで終了。
夕食は宇佐美が作ったというからまた新鮮だった。ウサギ料理でなければ今度はなんだろう。
リクは全員が家の中に入ったのをみて外灯を消した。







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