烏邸の話その2・町屋とリク
2023/01/02 05:06


「お店でも出せるんじゃないですか。」

夕飯のカレーを3杯もおかわりしたリクは、敬意を込めて町屋にそう声かけた。
町屋の作る食事はリクは非常に高く評価していた。


宇佐美とみっちゃんが風呂から出るのを待ちながら、夕食後の薬をプチリプチリと包装から1錠づつ取り出していた町屋。
薬を出すところをみられたのが恥ずかしいのか、それとも褒められ慣れていないのか、あるいはそのどちらもだろうが、「いや、そんなことは」とそっけなく表面的な謙遜の笑顔を見せたのみだった。

「なんでそんなに謙遜するんですか。」

決して派手なわけではないが彩りや栄養バランス、そして食材のコストパフォーマンスまでを考え抜かれて作られた食事は、一瞬の芸術だった。だからこそ、リクは町家が自身に対してあまりにも謙遜した態度を取ることが不満でもあった。

「おれ、体づくりするのにマジで町屋さんの食事助かってて、本当に尊敬してるんですよ。」

リクは大学で運動部に所属している。健全な精神は健全な肉体に宿るというが、彼の素朴で実直な性格はそこから養われているのであろう。

一方、誉めれたはずの町屋の方はさらに居心地が悪そうな様子をしている。

「誰でもできることですよ」

小さくそう言い、何錠かの薬を水で流し込んだ。飲んだ後、控えめに小さく咽せる。

「大丈夫ですか」
「心配しないでください」

間髪入れず町屋は応えた。小さく微笑み。どこか閉め出すような反応の早さ。
烏邸に来て数ヶ月立つ町屋が、日中どこに行くでもなく部屋で過ごしていることと、毎晩数錠飲む薬が関わりがあるのであろうとリクは気がついていた。
少なくとも普通の勤め人でない事は誰の目から見ても明らかだ。

が、当人に聞いても、はぐらかされるためにリクはあまり気にしないようにしていた。

人当たりが悪いわけではないが、どこか人を遠ざけるような、踏み込むことを拒むような笑顔。
その笑顔にはぐらかされて、当たり障りのない事しか聞くことができなくなってしまうことを、リクは残念に思っていた。

「次の試合はいつあるんですか?」

自身から相手へと注目を逸らすようにして、町屋は聞いた。

「練習試合が二週間後に」
「弁当は要りますか?」
「今回は彼女がきてくれるんですよ、弁当作ってくれるらしくて」
「そうですか、それはいいですね。」
「最近いつも町屋さんがうまい弁当作ってくれてくれてるから、彼女、今回プレッシャー感じてるみたいなんですよ。」
「そんな、それは悪いことを…」
「町屋さんに料理習おうかなって言い始めてますよ」

戸惑った顔をする町屋。すこしの間があったあと、「そんな、とんでもない」と目を伏せた。

「…気を悪くされました?」
「あっ、いや、違いますよ」

思ったことを素直に伝える気遣いに、仕方なしに笑みを浮かべるしかない町屋だった。否定はするものの、それ以上の言葉を継ぐこともない。

(…自信がないだけです。)

その言葉が言えたらよかったのだが、町屋が言うことはなかった。素直に相手の言葉を受け止め、思ったことを言えるような人間であれば、リクの彼女のために快く料理教室でも開けただろうが、残念ながらそうではないのだ。

(そうやってまた逃げるんだろお前は)

過去の声が町屋の頭の中で響く。
町屋は、その声が自身の幻想だとわかっているからこそため息が出る。早く過去の幻影から逃れたい気持ちと、忘れてしまいたくない気持ちの間で揺れる。

「彼女さんと仲良いですよね、リク君は」

町屋はできるだけ自然に話題を自分自身から逸した。
照れ臭そうにリクが小さく頷く。
それを町屋は微笑ましく思う反面、未知の、理解不能の生物を目の前にしたような心持ちにもなる。

「今週末に会う予定なんです」
「そうでしたか。どこかに出かけるんですか?」
「はい、高校の頃の先輩達と一緒に水族館に。」
「前に話に出てきた先輩夫婦ですね。いわゆるダブルデートってやつですか、若いな…」
「やぁ、そんなんじゃないですけど…高校時代お世話になったふたりで、今も俺たちの事を気にかけてくれるんですよね。彼女もその2人が一緒だと外に出る時安心するみたいで、ありがたいです。」

相槌を打ちながら、町屋はあらためて「リク」という人間の眩しさに目が眩む。
どうしたら、どんなふうにしたら、そんな幸せが手に入るのか。
大学生、人当たりが良く真面目で、運動部に所属し、高校の頃の彼女と付き合い、先輩にも恵まれて…

(どうしてこうなったのか。)

「町屋さんって、なんか話しやすくて色々話しちゃうんですよね」

唐突にリクがまた町屋自身へと話題を戻した。
鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした町屋。

「そうですか。僕はそんな人ではないと思いますが。」
「なんでしょう、やっぱり大人だから丁寧な話し方じゃないですか。落ち着くんですよね。それに俺の話、よく聞いてくれますよね。俺、自分の話ばっかりしてなんか子供だなーって…」

照れ臭き気持ちになると同時に、(自分のことを話したくないから人の話を聞くだけだろう、冷たいやつだ)と、またどこかから町屋の耳の中で声が囁く。
自身の耳の中だけで聞こえる声を聞く、そんな時、町屋はどこか空を見るような顔をしている。
リクはその時のどこか遠い場所を見る町屋の瞳をみると少しだけ不安になる。自身の彼女もまたそんな目をすることかあるのだ。目の前の相手を見ずに、本人にしかわからない何かを見つめる目だった。

「なんか、町屋さん、俺の彼女に似てるんですよ。だから話しやすいのかもしれませんね。」
「はぁ」

と思わず今度は間の抜けた声が出てしまった町屋。素直すぎるのかなんなのか。普通そんなこと言わないだろう。

「…リク君も、僕の知ってる人に似てますよ。」
「え、どこがですか?」
「素直なところですかね。」
「へぇ、その人ってどんな人ですか?」

きゃらきゃらとプリズムのような光が脳裏をかすめた。そう遠くない昔のはずなのに、もはやあれは夢だったのではないかと疑うほどだ。
不思議な魔法に満ちた、奇妙でしあわせな夢。

「…会いたくても、会えない人かな。」

あれ、とリクは思った。
答えた町屋の笑顔はいつもと変わらないのに、その遠い目も変わらないのに、何故だか泣き出すのではないかと思ったのだ。

「次、風呂入っていいぞ。」

ほかほかと湯気のたつみっちゃんを抱いて、宇佐美がリビングに入ってきた。間の抜けたタイミングでの声かけが入って、会話が中断したことがすこし残念だと思う自分がいることにリクは気がついた。一方町屋はホッとしていた。

じゃあ、次僕が、と逃げるように町家が行った時、町屋の耳の中でまた声が囁いた。

(逃げないって決めたんじゃないのか)

(うるさいなぁ、
いなくなってからも居るだなんて、やめてくださいよ )

烏邸の夜がふけていく。






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