あの左手で殴られたら死ぬだろうなぁというのがまず第一。

その前に覚えられていないかというのがその次。

逃げるように踵を返したのがつまるところの結論だ。

商船の用心棒なんて引き受けたのはバカ息子の尻拭いだ。喧嘩で元いた用心棒を使い物にならなくしたはいいが、責任を取れと迫られても当人は滅法船に弱いと来た。

おかげで保護者にお鉢が回ってきたが、俺が思うにあの船長に用心棒はいらない。

げらげら道端で上がる笑い声。確かに海賊は多いが壊滅的な治安でもない。新聞の一面を飾ることすらある英雄様のお陰だろう。

英雄なんて柄じゃなかろうに。

まぁ十数年の年月で改心して、なんて僅かな可能性も加味しながらも、やはりあの悪人面じゃ英雄には見えない。

ぼんやり考えながら歩いていると、前から歩いてきた男と思い切り肩がぶつかった。いやお前今ぶつかりに来ただろ。

ばちりと絡み合った視線は明らかに好戦的で、成程治安が悪いなと顔を顰めた。悪いが俺は血の気の盛りを過ぎてしまったのだ。

面倒さも相まって、逃げるかと後ずさるととんと背中にあるはずの無い壁があたる。

驚いて振り返ると、英雄には見えない英雄が例の鰐みたいな目つきで俺を睨みつけていた。わお。アホみたいな声が出たが、実際アホなのは否定できないので仕方がない。

背後でぎゃあっと悲鳴が上がり再度振り返ると、絡んできた男がミイラの如く干からびていてうげっと本音が出た。悪魔の実食ってやがる。

「てめぇ、ここで、何してやがる」

あ、覚えられてる。

一文字ずつ噛み砕くように発せられた言葉に愛想笑いを浮かべたが、殴られたら死ぬだろうなと思った例の左手を振り抜かれて星が舞った。