死を覚悟した時に思い出したのはあいつだった。

一度や二度じゃない。事あるごとにあいつの顔が脳裏によぎる。それがどんなに胸糞悪いか、言葉にしたところで誰一人理解出来やしないだろう。

抑制薬を口内に放り込み、嚥下する。この十数年の医学の進歩は飛躍的で、Ωの発情を抑える薬も、その発情に誘発されることを抑える薬も開発された。まだ治験薬の域を出ないような薬だが、それでも確かに効果はある。

番など、願い下げだった。

まるで本能に強制されるように、αの多くはΩの番を得る。しかしそこに感情があるかと問われれば答えはNOだ。

まだ、己がβなら。

本能に振り回される事なく、己の思うままに生きられたろうに。それかやつがΩなら。そこまで考え、クロコダイルは目を伏せた。

何年前の話を蒸し返しているのか。奴は早々に番となる女を見付けて、ガキすらこさえてクロコダイルには見切りをつけた。生物としては本能に沿った、この上なく全うな生き方ではないか。

吐き出した息が重苦しい。

クロコダイル同様に本能を煩わしく思うものは、適当な番を見付けて殺してしまう者もいる。他者のフェロモンに惑わされずに済む、一番手っ取り早い方法なのは確かだった。

分かってはいるというのに、番を見つける気にはどうしてもなれないまま、クロコダイルは疼く体を誤魔化すように酒を煽った。