「ナマエが、なんだってェ〜?」

「しょっ、少将殿!!」

背後からひょっこりと顔を出したボルサリーノに、部下の二人はぎょっと身を固くして敬礼をした。

顔が青いのは驚いたわけでも不備があるわけでもないだろう。いや、ある意味では不備だろうか。

ぴしりと額に添えられた手を下げさせ、目下の目的であった配布書類の束を一人に押し付ければ、おずおずと受け取りその部下は踵を返そうとした、が。その肩を掴み、ボルサリーノはニコリと微笑み再度口を開いた。

「で、ナマエが、誰に入れあげてるってェ〜?」








「はァ?俺がァ?」

げんなりと顔を顰めて見せたナマエは、中将じゃあるまいしと愛人を囲っているともっぱら噂の名を出してコーラに口付け喉を鳴らした。

番とは、あくまで身体的なパートナーの意だ。

故に愛人を囲むものも居なくはない。というよりも、愛人を囲む多くの心は愛人のもと、なんてケースの方が多いのかもしれない。心変わりしただとか、元より事務的な番だったとか、ケースは様々だ。

それでも番は番であり続けるのだから、雑な進化をした代償のようにちぐはぐな身体の矛盾を不満に思う人間は、そう少なくないように思う。

けれどまぁ、ボルサリーノにとってそれは対岸の火事であるわけだけれど。

「失礼しちゃうよねェ〜」

ナマエが入れたコーヒーに口付け、不満を顕に唇を尖らせればそれを見たナマエがぴんとイタズラを閃いた子供のように目を輝かせたものだから思わず眉まで寄せてしまう。

徐に、格好つけた仕草で髪をかきあげた顔がどことなく自慢げで、ふふん、と鼻息まで聞こえてきそうだった。

「本当かもよ〜?」

何が面白かったのか、にまにまといじめっ子のような顔をして挑発的に言ったナマエに、ボルサリーノはついトゲのある声音で首を傾げる。

「へェ〜?」

「俺、結構カッコイイって言われるし〜?強いし、稼ぎいいし〜?」

にやにやと、一体何を自慢したいのか。この顔をする時は大抵、子供みたいな他愛のない自慢だったり、褒められたい犬猫のような自尊心が顔を出してる時だ。

ではなんの自尊心だろうか。大方、束縛の激しい同僚の嫉妬話にでも触発されて俺も、なんてくだらないいたずら心だろうか。

そこまで察しがつくと思わず、呆れを存分に含ませた目でナマエを見やってしまった。

「へぇ〜」

「へぇ〜って、そんだけかよ」

「じゃあわっしよりその子が好きなのかァ〜い?」

「そうだったらどうする?」

「どうしようかねェ〜」

わくわくと、期待を滲ませた目がボルサリーノを見つめ、その目が何を期待しているのかも察しはついたのだけれど、少しばかりいたずら心が湧いてボルサリーノは唇を尖らせながら目を伏せた。

「そうだったら…」

「そううだったら?」

「う〜ん、悲しいねェ〜」

そう言った途端ぎょっと目を見開いたナマエに追い打ちをかけるように、控えめなため息を一つ。

「わっしはこんなに好きなんだけどねェ〜…」

そうかァい、ナマエは他の子が好きなのかァい。

しん、と会話が途切れた沈黙。しかしそれも一瞬だった。

「嘘だって!好きだバカ!」

椅子もコップもなぎ倒し、照れでもしたのか赤く染まった顔でナマエが叫ぶように言った。

コップに残っていたコーラと氷が机を汚し、絨毯にシミを作る所まで眺めてから、ボルサリーノはちらりとナマエの顔を見上げる。

「でも、入れあげてるんだろォ〜?」

「んなわけねぇだろ!お前だけだって!」

その言葉にころりと微笑んだボルサリーノに、ナマエははっとしたように口を噤んで身を固くした。

「知ってるよォ〜、わっしもナマエだけだよォ〜」

「またやられた…!」

「わっしを試そうなんざ、思わないことだねェ〜」

悔しそうな顔をするナマエに再度にこりと笑いかけ、それでもついと両手を広げればナマエは唸りながらも熱いハグをして寄越した。

唸りながらぎゅうぎゅうと抱きしめてくる腕は確かに扱いやすくて可愛いけれど、けれどナマエはそこらのαよりよほど魅力的なのをボルサリーノは知っているから。

馬鹿みたいな与太話で少しだけ、居もしない相手に嫉妬したなんて悔しいから言ってやらない。