「おれじゃ、不満なのかよ」

番の男が、そう言った。

ちらりとそちらに視線を向けると燃えそうな赤い髪がどことなく萎れて見え、俯いた顔は尖り気味の鼻の頭がちょこんと見えるだけで表情は伺えない。ハァ?訝しんで零した言葉にそいつはびくりと肩をはねさせた。

最近何かしたっけか、とその反応に首を傾げると、ヤケを起こしたようにキッドの頭がぐわりと持ち上がって俺を睨む。

「テメェまた女引っ掛けてやがったろ!!」

「はぁ?」

「しらばっくれてんじゃねえ!くっせぇんだよ、ナメてんのか!!」

「あー」

男のヒスほど面倒なものもないな。そんな気持ちだ。

ガキの頃からの馴染みがそのまま番になった。そのせいか、おれ達は喧嘩が絶えない。そりゃそうだ。デキ婚となんら変わりゃしない。こいつがいいと腹に決めて番になったわけでもなく、事故だ事故。ノリというかなんというか。

「またか」

「うるせ」

呆れたようなキラーの声に心の底からうんざりして、心の底からのため息を一つ。

腫れた頬に氷嚢を当てながら、拗ねたガキよろしく唇を尖らせた。

昔からこうだ。お互い短気なもんで、どっちががキレればもう片方もキレる。面倒くさい。昔の、悪友だった頃の方が喧嘩をしてもこう面倒ではなかったはずだ。

だいたい、あいつだってーーーー

「いい加減、一度話し合ったらどうだ」

「は?」

「お前らは喧嘩ばかりで肝心な事を全く話そうとしないからな」

「はぁ?」

やれやれと言わんばかりに肩を竦めたキラーは、それ以上なにを言うわけでもなくさっさと踵を返して背を向けた。頬に当てた氷嚢は痛いほど冷たいが、キラーの投げやりなアドバイスに比べれば傷を癒してくれるだけずっと優しいな、なんて。








頬の腫れが引いた頃には辺りも薄暗く、痛みが引いた代わりにキッドが当たり散らした被害者の視線が痛かった。

無言の圧力に屈し、渋々、キッドの部屋の扉を叩くが返事はない。返事はないが、気配は確かにある。

もう一度強めにノックするが、相も変わらずシカトを決め込んでいるようで。

こめかみに青筋が浮かんだ事を自覚するとほぼ同時に、傷だらけの扉を蹴破っていた。

前回もこれで船大工に怒られたばかりだということを思い出し、一瞬だけ冷静に戻った俺をよそに部屋の奥では苛立ったようなキッドの顔が俺を出迎えていた。

刹那、飛んできたナイフ及び銃火器が俺を掠め船体へと突き刺さる。

「殺す気かてめぇ!!」

「ぶっ殺してやるよ!!」

覇気が滲んだ拳が頬を掠めた。射殺さんばかりの殺意を宿した眼光がぎょろりと動き、躱した俺を捉えて逃がさない。

飛び交うナイフが拳と共に追撃を緩めず、脇腹を掠めたナイフに冷や汗が舞った。

「毎度だ!てめぇは何度おれを侮辱すりゃァ気が済む!?舐めやがって、クソ野郎が…っ!」

「あァ!?てめぇが番ヅラすんなっつって来たんだろうが!寄ってきた女相手して何が悪ィ!!」

「それは…てめぇが…っ!!」

ぎろりと、些か怯んだような目がそれでも俺を睨みつけて殺意を込める。やけくそのように振りかぶられた拳を掴み取っ組み合うが、拮抗した腕力に骨と足元が軋みを上げた。

互いが互いに譲らぬまま間近で睨み合う目をどれ程覗き込んでいたのか。

「番扱いされると、どうしていいのか分からないんだそうだ」

がちりと、キッドが目を見開いて硬直した。

扉が外れた向こう、壁に刺さったナイフを引き抜いたキラーが呆れを隠さずため息を吐いた。

「キッド、言えないならおれが言おうか?このままだと船が壊れそうだ」

ぎょっと身を引いたキッドが、顔を強ばらせ俺とキラーとを数度比べるように視線を震わせる。

「なにそれ、どういうこと?」

話が見えずに眉を顰めると、キラーは知らぬとばかりに肩を竦めキッドへと視線を促した。

キッドにしては忙しなく動く視線と、言葉を探しあぐねるようにまごつく唇。

あまりにわかり易く狼狽えているものだから、いっそ待つことすらバカバカしく思えて口を開いてしまった。

「お前は俺が番じゃ嫌なんだろ?互いに自由にすりゃいいじゃねぇか。昔の…ダチのまんまでいた方がよっぽどいい」

それが一番いいはずなのだ。なってしまったものは割り切って、こうも関係が悪化するぐらいなら昔の関係に戻ればいい。事故でなったような番関係にそこまで貞淑を求めても仕方ないだろうにーーー

「い、嫌じゃねェ…」

「…は?」

「嫌じゃねェが、どうしていいのかも分からねェ…」

片手で顔を隠すように覆い俯いたキッドが、ごにょごにょと歯切れ悪く何かを言っていたが上手く話が飲み込めずに首を傾げた。

「えーっと、つまり?」

「おれはずっとてめぇがす…っ、好き、だったつってんだろこのボケェ!!!」

きょとんと呆気にとられたのが運の尽き。真っ赤な顔をした般若に頬を思い切り殴られた。えっ。