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 この嘘が長くは続かないという事は覚悟していたつもりだった。でも、いくらなんでも、察するのが早すぎる。私の予想が甘かったというのならそれまでだが、だとしても、本当に、早すぎる。

「名前、別に言いたくないというのなら言わなくても構わないぞ。わたしは今、貴様の誠意に訴えているのだが、貴様にはそれを断る権利だってある」

 目を細めるDIOの口ぶりは、明らかに言葉をその通りに受け取ってはいけない事を感じさせた。
 誠意だなんて、悪党がよく言えたものだ。

「わ、たし、は……」

 絞り出した声と共に声帯が取れてしまえば良いのに。
 DIOの目から視線を逸らす事が出来ない。真っ赤な、まるで血のような色のその目が、私の顔を押さえ付けて離さない。
 言って良いのだろうか。もし、ここで洗いざらい白状して、自分の命の為に情報を売ってしまったら。それが、本来死ぬべき筈の悪党を生かしてしまう結果になってしまったとしたら。
 脳が忙しく色んな情報を錯綜させている。DIOが成そうとしている目的は何だったっけ、プッチが継承したのは、何だったっけ。
 決断を迫られているのに、優柔不断な私はそれを決める事が出来ない。どうしよう、どうしよう。考えようにも緊張と焦りに支配された私の脳は、色んな情報や予測をぐちゃぐちゃに掻き乱していくだけで、明瞭な答えを出してくれない。沈黙だけがこの部屋の時間を奪っていく。
 口を開こうとしない私に業を煮やしたのか、DIOは椅子から立ち上がると部屋の隅に置かれているテーブルへ向かった。その机上にいつの間にか置かれていたポラロイドカメラを目にしたとき、これから何をされるのかを察した。DIOは念写をする気だ。私がどんなに沈黙を貫いたとしても、これをされてしまったら全てが水の泡だ。

「ひ、や、やだ、」
「言いたくないのなら、その頭に直接尋ねるしかあるまい」

 DIOは意地の悪い笑みを浮かべながらこちらへ近付いてくる。その腕には茨を纏っていた。
 スタンドが見えた。それは、DIOが部屋に入ってきて開口一番に言った言葉が真実であった事の裏付けになり、私がこの場から逃げなければと判断する充分な材料になった。
 逃げなければ。何もかもがこの男に知られてしまう前に、何としてでも。
 咄嗟に点滴の針を抜こうとした、が、目敏いDIOは私が行動を起こそうと左腕に手を伸ばしたときに茨のスタンドでそれを制した。右腕に巻き付く茨の強さに呻き声が漏れた。

「わたしの誠意に応えてもらえず残念だ、名前よ。なに、めでたくスタンド能力が開花したのだ。どんな情報を持っていたとしても殺しはしない」

 私の右腕を押さえ付けている茨が、そのまま私の頭へ向かって伸びてくる。嫌だ、来ないで。恐怖で固まった口から声は出ず、心臓と脳がその代わりに悲鳴をあげたその時だった。
 じゅるり。
 粘り気のある液体が滴るような音が聞こえた。その直後、私とDIOの間を遮るように突然音も無く何かが現れた。その「何か」は間髪入れず、DIOに向かって何かを発射した。続いて、ガシャンと何かが壊れる音。

「……な、なに、これ」

 きらきらと、まるで貝殻の裏側のような色のそれは、私を庇うようにDIOとの間に膜を張っている。恐る恐る手を伸ばすと、膜を張っていた何かはずるりと液体状になりながら、私の手の平に吸い込まれるように消えた。手の平の中心には何かが通り抜けたような、奇妙な感覚だけが残った。
 呆然と目の前の出来事を見送った後、恐る恐るDIOを見上げると、DIOの手にあったはずのポラロイドカメラが無惨な姿になっていた。さっきの壊れる音はカメラだったらしい。
 DIOは特段驚いた様子も見せず、カメラを放りながら愉快そうに呟いた。

「スタンドで防いだか」
「す、スタン、ド」

 これが私のスタンドだというのだろうか。
 スタンドはその者の精神の具現化だった気がする。それなら、先程のきらきらした膜が、私の精神の具現化なのだろうか。突然の出来事についていけない私の頭では、今その事に関して深く考える事なんて出来なかった。

「ふむ」

 DIOは何かを思案するように顎に手を添えた。そのとき、DIOの背後で影が揺らめいた。それは見る見る内に人の形を成していくと、私が見た事のある姿になった。
 あれは、DIOのスタンドだ。ザ・ワールドだ。まさか、この目で見る事になるなんて。
 DIOがにやりと笑うと、スタンドが私へ向かって拳を振り上げた。

「ひっ!」

 殺される!
 愚行な事は承知の上で、咄嗟に両腕で前方を覆った。
 ガツンとぶつかる音が聞こえた。だが、いつまで経っても痛みはおろか、身体のどこかが殴られた感触すらしない。
 恐る恐る目を開け、腕の隙間から前方を伺う。すると、先程のようにきらきらとした私のスタンドが、私とザ・ワールドの間に膜を作り、その拳を受け止めていた。

「え、これ……」
「ザ・ワールドの腕力でも破れないか」

 不意打ちの攻撃を受け止めた私のスタンドは、再び溶けるように液体状になったと思うと、私の身体に染み込んでいくようにその場から消えた。この一連の展開から、私の脳はとある都合の良い予測を立てていた。
 ひょっとして、DIOは私に手を出す事が出来ないのでは。
 このスタンドが私の何に反応して攻撃を防いでくれたのかは分からない。だが、ザ・ワールドの拳すら防ぐ程の強固な壁を作ってくれるこのスタンドに縋らない手は無い。カフェで賽は投げてしまったのだ。博打に勝つ為には出来る事は全てやらなければ。

「でぃ、DIOさん。す、少し、少しだけ、時間、下さい」

 怖さを紛らわすために、枕にしがみつきながら、恐る恐る心願した。とにかく、何とかして茨のスタンドから逃れる手を考えなければ。
 私の言葉を聞いたDIOは、愉快そうに微笑んだ。

「スタンドのお陰で少し強気になったか?」
「う、」

 図星を指され、言葉に詰まった。だが、ここで退いてはいけない。負けてはいけない。
 枕を抱える腕に力が入った。大丈夫、スタンドがあるから、DIOは私に危害を加える事は出来ない。そう自分に言い聞かせながら、震える唇から言葉を吐いた。

「わ、私、DIOさんにとって、有益な情報、持ってます。嘘じゃ、ない、です。でも、まだ言えません。も、もう少しだけ、待って下さい。そしたら、全部、言います」

 物語に巻き込まれたと決めつけるのはまだ早い、はず。DIOが戦いに赴くまでにここから逃げ出せば、或いは。







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2014.12.14