09







 数日程どこかにお出かけなさっていたDIO様が、弱々しく小汚い小娘を連れて帰ってこられた。お食事の為だとしてもわざわざご自分で連れてくるだなんてと思い、娘についてお尋ねすると、驚く事になんと客人だと仰るではないか。恐れ多くも、帝王となるべきお方がよりによってこんなひ弱な小娘なんぞに構うべきでは無いと申し上げると、DIO様はこう仰られた。

「こいつは私の正体やスタンドの事を知っていたのだ。スタンド能力も持っていないのに、だ」
「何ですと」
「ふむ。エンヤ婆よ、その様子ではお前はこの小娘の事は知らないようだな。他の部下にこいつの事を知っているかどうか訊いてくれ」

 DIO様が仰って曰く、この小娘は記憶を喪失しているらしい。自分の名前と年齢、そしてDIO様とスタンドの事以外を覚えていないとの事だった。どうして都合良くDIO様の事は覚えていたのか、スタンド能力は本当に持っていないのか等、疑わしい部分は山になる程出てくるが、DIO様が客人だと仰る以上、下手な事をするわけにはいかない。
 部下の誰かが教えたのだろうとDIO様は仰った。そのお考えが現実的に一番あり得るでしょうと同意し、小娘を睨んだ。記憶が無い、なんて巫山戯た事を抜かしているが、今にその正体は分かるだろう。
 わしは小娘の前に出ると、試しにそっとスタンドを小娘の周りに発現させた。小娘はわしの方を丸くした目で見るものの、周りに浮かび上がった霧に対しては一切の反応を見せなかった。身構える事すらしないのだから拍子抜けである。DIO様のお言葉を疑っていたわけでは無いが、どうやらスタンド使いではないというのは本当らしい。

「小娘よ、貴様なんぞが何故DIO様やスタンドの事を知っているのかは知らぬが……」
「エンヤ婆よ。こいつは英語が分からぬ。見ろこの顔を。一切お前の言葉を理解している様子は無いぞ」

 くつくつと喉を鳴らされたDIO様のお言葉通り、確かにこの小娘はわしに対して怯えるような様子は見せているものの、わしの言葉を理解しているようでは無かった。それどころか、DIO様の態度に対して怪訝な瞳を向けてすらいる。つくづく無礼を取る小娘である。DIO様の客人扱いでなければ、血を捧げさせる事も無くこの場で殺しているのに、と内心で舌打ちをした。
 DIO様曰く、この小娘は日本人らしい。成る程、そう言われれば日本人らしいおどおどとした情けない立ち振る舞いである。

「日本人であるなら、虹村の知り合いかも知れませぬな。まずは奴に小娘について尋ねてみますじゃ」

 日本人の部下の名前を出したとき、一瞬小娘が反応した様に見えた。本当に虹村が知り合いなのか、それとも単に日本人の名前だから反応したのかは分からないが、もし部下の誰かがDIO様の情報を漏らしたとするならば、虹村である可能性が高い。DIO様のお話を伺うに、恐らくは単純に、記憶を無くしたと言う小娘が自分の事を知っているという疑問が気になられているだけで、それが解決してしまえば他の小娘共と同様にお食事として召し上がって終わりだろう。世界を支配するべきお方へ要らぬ心配を抱いてしまった事を心の内で恥じた。





 DIO様に小娘の部屋を用意するよう承った。
 広いとは言え、こんな小娘の為に一室を使わせなくてはいけないと言うのは些か腑に落ちない。他の食料同様に閉じ込めてしまえば良いものをと独り言ちるが、誰に聞こえるわけでもなく高い天井に消えた。仕方ないので、二階にある一番小さなベッドルームを宛てがう事にした。誰も使わないままでいたからだいぶ埃っぽくなっているだろうが、問題無いだろう。
 小娘は簡単な英語は分かるらしく(本当に最低限の、幼稚園児並のだが)「来い」と一言言うと、おずおずとこれまた気の弱そうな態度で後ろをついてきた。この様子では仮に矢を刺したとしてもスタンドの発現は見込めないだろう。役に立たない小娘なんて捨て置けば良いものを。DIO様が時々なされる気まぐれな振る舞いは理解し難い。
 部屋の鍵を開けると、案の定部屋の中からは埃の臭いがした。小娘は不服そうな顔を浮かべているが、何の役にも立たない小娘を置いておかねばならないこちらの方がずっと不服である。

「此処がお前の部屋じゃ。絶対に勝手な行動はするではないぞ。絶対に、じゃ」

 ゆっくりと念を押すように言えば、小娘は黙って頷いた。本当に分かったのか疑わしいが、この様子なら恐らく下手な行動はしないだろう。
 部屋を出る際、小娘が呼び止めたので何かと思えば、拙い英語で礼を言われた。成る程、人に感謝出来るだけの教養は持っているらしい。扉を閉める直前に小娘の様子を伺うと、閉め切るまで小娘はこちらを見ていた。
 色々と思うところはあるが、何にせよ、まず部下の誰が情報を漏らしたのかを突き止めてからだ。万に一つ、情報源を突き止める事が出来なかったとしても、小娘について占ってみれば良い。だが、大した結果も望めなさそうにも思える。
 ただの杞憂に過ぎないだろうが、この小娘を傍に置いたままにしておくのはDIO様にとって宜しい事ではないように思う。悪の帝王としての素質を持った、世界を支配するべきお方がこんな出来の悪そうな小娘を傍に置いておいて良い筈が無いのだ。ただ、占い師としての勘なのか、DIO様を崇める者の1人としての勝手な感情なのか、それを判断出来る程に今の自分は冷静ではなかった。







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2014.10.24