05







 俺の名前は松野おそ松。おそ松って人の名前なんだぜ。マジで。信じられるか? つーか普通そんな名前を自分の子供につけようなんて思う? でもおそ松ってのはマジで俺の名前。そして六人兄弟の一番上。全員同じ日に生まれてんだから長男もクソも無いだろって思うけれど、でも俺が一番最初に産声を上げてしまったから、便宜上兄弟の中では長男だ。
 六つ子だから、俺以外に俺と同じ顔の兄弟が五人いる。十年くらい前はコピペかってくらい同じ顔だった俺達だが、最近は作画の関係もあってよく見れば見分けがつきやすくなった。例えば俺の視線の先にいる片割れの一人を見てみると、ボサボサの髪にジト目で陰気なオーラ。つまり、六つ子の中の四番目である松野一松だ。パッと見れば分かるくらいには分かりやすい、どぎつい個性のフル装備だ。
 家の中で嫌という程見ているその顔を、何故外で、しかも今夜の彼女(分かりやすく言わせてもらうとAVね)を迎えに来ている所で見なければならないのか。そう自問したくなるが、そんなことを考えているわけにもいかない理由が今この場には存在している。それは、俺達兄弟にとっても大きな危機だと言える。一体何なのか。
 一松の隣に女の子がいる。
 大事なことだから何度でも言うけれど、松野一松の隣に女の子がいる。
 単純に、たまたま同じ棚を見ている他人同士が並んでいる、なんていう生易しい話ではない。二人は互いが互いの顔を見ているし、会話をしてコミュニケーションを取っている。偶然隣り合わせているわけではない。
 女の子を連れている。
 一松が。
 あの、松野一松が。
 ・・・・・・深呼吸をして落ち着こう、ひっひっふー。よし落ち着いた。腹式呼吸って最高だな。ケツ毛も直毛になるレベルで最高。
 さて、カリスマレジェンドのこの俺が寛大な心を持って一億万歩譲ったとして、トド松ならまだ分かる。十四松も以前女の子と一緒に遊んでいたから、それもまあ、有り得ない話じゃない。でも、今、棚の影に隠れながら俺が様子を伺ってる片割れの一人は、紛うこと無く四男の松野一松だ。
 もうお前の童貞を捨てるには猫とヤるしか無いんじゃないかって思ってしまっても仕方がないくらい他人と縁が無い、松野一松だ。
 他の兄弟に知らせようかと思ったが、まずは二人の関係を調べることにした。少なくとも、本当に少なくとも、例え一兆億万歩譲ったとしても、絶対に彼女では無い筈だ。だってあの一松だし。もしマジもんの彼女だったら俺は今この場で舌を噛み千切って死のうと思う。そうではないという確信を得て安心する為にも、二人の関係を確実に裏付ける証拠を押さえなければならない。
 目敏い一松のことだから迂闊に近付くと気付かれるだろう。だが遠くからでは会話が聞こえない。俺は二人が棚の後ろ側へ回ったのを見計い、棚を挟んだ向かい側へと隠れた。耳をそばだて、陳列されたDVDの隙間から見える一松の口を凝視する。

「あ、これ漫画好きなんだよね。面白いのかな」
「・・・・・・それ、正直び、微妙。なんか、原作レイプ状態、っていうか、設定パクった別物、っていう、感じ」
「え、そうなの? 好きな俳優出てるから気になってたけど、じゃあ借りなくて良いや」
「あ、いや、でも、人によっては面白い、みたいだから、その、借りても良い、とは、思うけど」
「うーん、でもやっぱりいい、かな」

 一松の声はいつにも増して小さい。元々陰気な声が更に陰気になって最早暗黒じゃねえのってくらい。絶対緊張してるよな、アレ。女の子と二人で歩くなんていう身の丈に合わないことをしているからだ。俺なら超絶爆笑トークで女の子の腹筋破壊するくらい面白いこと話せるんだから交代すれば良いのに。
 ていうかさあ、何か二人の距離近くない? 見てよこれ。絶対あの隙間俺の拳一つ分も無いよ。パーソナルスペースだっけ、それどこ行ったんだよ仕事しろよ。俺のパーソナルスペースは俺と一緒で働いてないから身体密着するくらい近付いてくれて良いんだけれどさ。一松はダメだろ。あーむかつくわー一松が女の子と密接な距離で並んでるの本当むかつくわー。俺にくっ付くのは全然問題無いけど一松はむかつく。
 棚を蹴りたい衝動を抑えて、移動する二人の後ろを隠れながら追いかけた俺は、再び二人が眺めている棚の反対側へと身を隠した。俺の目の前の棚はアクション系の洋画が並んでるけれど、一松達が見ている棚は別のジャンルらしい。一松は先ほどよりもずっと挙動が怪しくなっている。もしかしてエロ系の棚でも見てんのかと思ったけれど、アダルトコーナーは俺の後ろにある。

「恋愛映画とかは見る?」
「・・・・・・た、たまに、しか」

 恋愛映画とか一度も見たことないだろ何言ってんだ。唯一見る恋愛ものだってAVだろ。猫耳生やしてるロリっぽい女の子のやつ。恋愛っつーかアレは陵辱系だったけど。
 ていうか、二人は恋愛物のコーナー見てるのか。カップルみたいなことしやがって本当腹立つ。どうせ隣の女も携帯小説とか少女漫画とかの実写映画が好きなんだろ。そんで若手の新人俳優にキャーキャー言ってんだろ。大根役者共よりも俺の方がよっぽど演技うめーし。ノーベル主演男優賞だって余裕だし。

「ふーん。じゃあ、コメディとかアクションは? その辺でお勧め教えてよ。えーっと、アクション系は確かあの辺」

 あっやべっ。アクションって俺がいる棚じゃん。
 一松に見つかってしまうことも若干覚悟をしながら、俺は出来るだけ怪しく見られないように、早足で背にしていた棚の後ろへと回った。韓国ドラマのコーナーだ。韓流ブームだか産業革命だか知らねーけどこんなヘナヘナした男より俺の方がずっと格好良いのにな。
 幸運なことに、一松達に俺の姿が見つかることは無かったらしい。気配には敏感な筈の一松が、随分とらしくない。いや、女の子を連れてる時点で既に普段の一松では有り得ないし、肉眼で目視出来るくらいに顔を赤くして汗もダラダラに垂れ流しているから周囲を見る余裕が無いんだろうけれど。
 まあ、お兄ちゃんとしては大変に好都合だから、是非とも一生そのままのお前でいてくれ。ていうかあれだけ顔真っ赤なのに何も言わない女の子はスルースキル検定五段くらい持ってんのか?

「マッドマックスって面白いのかな。ツイッターで盛り上がってたのは知ってるんだけれど」
「・・・・・・まあ、あまり、深く考えずに見れる、と、思う、よ」
「へえ〜。グロくはない?」
「・・・・・・あ、悪魔のいけにえ、見たなら大丈夫でしょ」
「てことはグロいの?」
「全然」
「ふーん。それなら借りてみようかな。あ、でも、前のシリーズ見ないと分からないのかな」
「・・・・・・いや、それ、二作目のあれ、せ、セルフリメイク、だからそれで、あれ、話、独立してる。大丈夫」
「そうなんだ。じゃあ大丈夫か」
「・・・・・・銀のスプレー欲しくなったら、売ってるとこ、教えてあげる」
「何それ」
「映画、見てみたら分かるよ」

 何か普通のカップルみたいな会話しててすっげーむかつく。つーか一松の野郎、マッドマックス見たことあるのかよ。テレビで宣伝流れたときに頭が悪そうみたいなこと言って馬鹿にしてたじゃねえか。
 一松の下手糞な紹介で気になることが出来たらしい女の子は、マッドマックスのレンタル用のパッケージから半透明のケースを取り出した。

「他には借りないの?」

 女の子がレジへ向かおうとしている所を一松が呼び止めた。確かにAVなら一本だと少ない気はするけど映画なら別に良いだろ。クソ童貞に未練たらしく女引き止める権利はねーよ。

「うーん、一本でいいや。時間取れるか分からないし」

 ほら見ろ。俺達ニートと違って一般人様は時間が無いんだよ。そう考えるとやっぱり働くのって良くないな。ニートで良かった。今後もニートでいるべきだな。

「・・・・・・そ、そう、だよね。時間、無いよね」

 女の子の言葉に、一松は返せる言葉が無かったらしい。気まずそうに俯いて、それきり店を出るまで何も話さなかった。女の子が何かを話しかけても曖昧な返答のみだ。時間が無い、という言葉に、己の立場を知らしめられたようだった。
 二人が店を出て外で別れていく様子を店内から自動ドアの透明なガラス越しに確認して、店員から今晩の彼女を入れたレンタル袋を受け取った俺は急ぎ足で店を出た。照りつける太陽の光に負けないくらい暗いオーラを背負った弟の肩を、俺はとても優しく叩いた。

「よぉ〜一松くぅ〜ん?」

 振り向いた一松の目は、俺が知る限りでここ一年は無かっただろうってくらいに見開かれていた。



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