高校一年のある日、花京院の耳に小さな穴を見つけた。最初はホクロかと思ったけれど、よく見ると穴だと分かった。確かに高校でピアス穴を開けること自体は禁止されていないけれど、真面目なタイプの花京院が開けているのは意外だった。
「僕がピアス開けていることがそんなに意外かい?」
「そりゃあ、まあ、花京院って開けなさそうだし」
校則違反ではないけれど、高校生がピアス穴を開けることに対して良く思われないのが我が校に蔓延る空気感というやつだ。だから生徒でそれに該当しているのは所謂不良のレッテルを貼られている人達ばかりだし、そうではない人が穴を開けるのは自らそのレッテルを求めているのかと思われても仕方がないことだった。
「ねえ、花京院。私もピアス開けたいな」
だから、私のこの言葉には花京院は随分驚いていた。私も花京院と似て、校則はちゃんと守るタイプだ。
「なまえの親はそういうのにうるさくなかったっけ」
「うるさい」
「じゃあ止めた方が良い。僕だって共犯になって怒られたくないし」
「花京院は開けてるのに」
「僕は両親に開けられたからね」
「花京院の両親ってすごいねえ……」
普通は子供が勝手に憧れて、親がそれを窘めるものだと思っていたけれど。海外旅行が好きな彼の両親は普通とは少し違う感覚を持っているのかも知れない。そう伝えると、花京院は苦く笑った。
「実はさ」
私は通学鞄から茶色の小さな紙袋を取り出した。何度か開け閉めしたせいで役目を終えそうになっているシールを剥がして、袋の中身を手の平に乗せた。陽の光に反射して、サクランボのピアスはキラキラと煌めいた。
「すごく可愛いピアス見つけちゃって、もう買っちゃったの」
「開けてない癖に?」
「開けてない癖に」
「バカだなあ」
「うるさい」
花京院は呆れたように笑った。私は花京院の手の平に、その真っ赤なピアスを無理矢理握らせた。何のつもりだと怪訝な顔をされた。
「……だからさ、その、しばらく花京院に貸したげる。引き出しにしまったままにして錆びちゃったら嫌だし、花京院なら無くす心配も無さそう」
「ハア?」
コロコロと表情を変える花京院は再び呆れ顔になった。
「自分じゃ耳開ける前に無くすからだろ」
「うるさい。まあ、そうなんだけど」
物をよく無くすのは本当だから否定が出来ない。それだけじゃあないのだけれど、気恥ずかしくて説明することを諦めてしまった。
私がごにょごにょと言葉を出せずにいると、花京院は手に持っていたサクランボのピアスを自分の両耳に付けた。花京院は耳周りを髪で隠していないから、真っ赤なサクランボが耳の下で揺れる姿がよく見えた。
「良いよ。僕の耳を引き出しの代わりにさせてあげよう。感謝しろよ」
「ありがたき幸せでございます」
「それで、どうだい。似合ってる?」
「うんうん似合ってるよ。とても素敵」
「こっちを見て言ってくれないと信用出来ないな」
本当は貸したんじゃない。あげたかった。何か記念日というわけではないのだけれど、精一杯のプレゼントだった。たった一言、そうだって、言えば良かった。