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 放課後。玄関を出ると、校門前に知らない制服の人が立っていた。別の学校の人がここの友人を待っている、という光景自体は珍しいことではない。学外に友人はいない私にとっては無縁な待ち合わせ方法だったが、今回の待ち人の顔には見覚えがあった。
 花京院の葬式に出席していた人だ。葬式のときと違って、改造したと思しき学ランを着ている。不良のようだと思った。でも整った顔にとても良く似合った格好だったからか、周囲の女の子は皆注目したりナンパに誘うべきかと小声で相談したりしていた。
 彼は何しに来たのだろう、と校門に向かいながら考えていると、その人に話しかけられていたクラスメイトの女の子が私を指差して、それに従うように長ランの大きな男性が私に近付いてきた。

「お前がなまえか?」
「え……?」

 葬式のときに会話どころか目を合わせることすら無かったのに。戸惑いながら頷くと、男性は私の顔をじっと見つめながら、もう一つ質問してきた。

「花京院の幼馴染ってのは、お前か?」
「は、はい」

 まさか自分に用があるなんて夢にも思っていなかった上に、花京院の名前が出てきたものだから、心臓が大きく跳ねた。

「ちょっと良いか」

 彼はそう言うと、校門の外へと歩き出した。私が咄嗟に急いで後ろをついていくと、周囲の女の子の視線が私へと注がれているのがよく分かった。彼はとても目立つから、その隣に私のような何でもない女が並ぶことが気に食わないように思われてそうで心苦しくなった。
 男の人の大きな歩幅に合わせて必死に歩いていると、しばらくして人気のない河川敷に着いた。私達以外に人がいないことに少し不安を覚えたが、それ以上に彼の口から花京院の名前が出たことの関心が勝っていた。

「あ、あの、花京院のことをご存知なんですか」
「……ああ、知ってる。よおく知っているぜ。……お前への伝言も預かっている」
「でん、ごん」

 心臓がぞわわと沸き立った。花京院を、私が知らない花京院を知ることが出来るかも知れない。突然家を出ていった理由とか、死んでしまった理由、とか。

「これを花京院から預かっていた。借りたまま返しそびれてしまっていた、と」

 そう言いながら、男の人は自分のポケットから何かを取り出した。白いハンカチに包まれているそれを、無骨な見た目に反して優しい手つきで、私の手の平へと乗せた。

「本来はあいつの葬式のときに渡すべきだったんだが、あいつと同い年なことどころか、名前や性別すらも知らなかったから見つけられなかった。遅くなって悪かった」
「い、いえ、大丈夫です。あ、ありがとう、ございます。それで、伝言、って……」
「ああ……それ、借りたままで悪かった、と」
「…………それだけ、ですか」
「……ああ」

 私の戦慄いていた心臓が、空気が抜けた風船のように小さくなった。それだけじゃあ、私が知りたいことが何も分からない。
 花京院のことが、何も分からない。

「……用件は済んだ。じゃあな」
「あ、あの!」

 振り返ろうとした男の人の腕を掴んだ。私の咄嗟の行動に、男の人は少し面喰らった表情をした。
 伝言のことや話の内容から考えるに、きっと彼は花京院が家を出て行ってからのことを知っている。もしかしたら、出て行った理由や、死んだ理由だって。

「……あの、花京院が、どうして死んじゃったのか、知ってますか?」

 男の人は即答しなかった。それは肯定とか否定とかを意味しているんじゃあなくて、私に話して良いのかを逡巡する為の沈黙だ。男の人はため息を吐いた。 

「……スタンド、というものを知っているか?」
「スタンド? 電気スタンドとかのスタンド?」
「……いや、知らないならいい」

 男の人はいくらか黙って考え込むと、まるで薄い硝子を手に持つように、慎重に言葉を選んだ。その声は、私の表情を伺っているのだとよく分かった。

「……恐らく、俺が今から話すことの大半は、信じられない内容だろう。場合によってはショックを受けるかも知れないし、お前が知っている花京院とは全く違うあいつを知ることになるかも知れない。話そのものを信じられないかも知れない。……それでも聞くか?」
「……それって、花京院がなにか恐ろしいことをしていたとか、ですか」
「いや、そうじゃあない。……あいつは、何一つそんなことはしていない」

 男の人は私の目を真っ直ぐに見据えた。嘘じゃあないのだと直感的に思った。

「お、教えて下さい。花京院のこと、私、何も知らない……」

 尻窄みになっていく声を出しきったとき、両目から剥がれるように涙が落ちた。
 何も知らない。花京院のこと、何も知らない。花京院のことを知りたい。どうして死んでしまったのか、何を隠していたのか、今まで何を思っていたのか。

「……俺が泣かせたように見えていけねえ。とっとと落ち着いてくれ」
「す、すいません……」
「……やれやれだぜ」

 貰ったハンカチで涙を拭こうと、手の中にあったそれをそろそろと開いた。そういえば、私は何を花京院に貸していたんだっけ。
 中にあったのは、真っ赤な、丸い、サクランボのピアスだった。