都内某所、時間は4時間目が終わったすぐ後だ。

「あっち向いて、ホイっ!!」

咄嗟のことに反応して、右を向くと、視界から忍足が消えた。ついでに眼鏡も消えた。

「おい、忍足!!」

急いで教室のドアを見るが、ぼやけた視界では特に何も見えやしなかった。誰かが出てくのが見えたから、多分あれが忍足だろう。

最悪だ。私としたことが気を抜きすぎた。あの忍足ごときに眼鏡をとられるとは。

探しに行かなければ、お昼を食べることすらできないだろう。ほんとに最悪だ。とりあえず、ノートに先食べてと書いて、机に置く。ぼやけた視界で書いたけど、一応読み取れるはずだ。こうしておけば千尋ちゃんはご飯が食べられる。

さて、次は探しに行く方法だけど。うっすらと目を細めると、忍足の机の上に見慣れた丸眼鏡が置いてある。スペアだろう、多分。一応置いておいてくれたのか。

これならなんとか探しに行けそうだ。よし、と丸眼鏡を越しに教室を見渡した私の感想はただ1つ。

伊達眼鏡かよっ!!!!!


絶対、殺す。忍足殺す。コンクリで固めて東京湾に捨てる。そう誓って、廊下を歩いていた。いくらぼんやりとしていても、人の形くらいはわかる。誰かなんてわからないけど。

そのぼんやりとした視界で階段までたどり着いた。

正直、階段なんて危ないとこ行きたくないし、下にいるかもわからないのに行きたくはない。でも、後ろを振り向けば、たくさんの人が集まる廊下がある。またあそこを通るのもごめんだ。

階段も手すりにつかまれば行けるか?あと普段の感覚だ。考えるより感じろ、よし。

1、2と順に降りていく。いける、いけるぞ、流石私。

踊り場について、ため息をつく。ここで楽勝、なんて思ってしまったらダメだ。気を抜くなよ。

何て考えたのがいけなかったのか、背中に重量。当然前のめりになり、足を踏み外す。そのまま下に落下と思いきや、人間の反射神経とは素晴らしいもので。私の手は見事に手すりをがっしり掴み、上半身は急ブレーキ、下半身は止まり切れず、2、3段滑り落ちて、少し傷をつくっただけだった。

これもこれで摩擦で痛いけどな!!

「わりぃ、大丈夫か?」

「大丈夫。生きてるから」

言葉を返しながら、立ち上がる。足がちょっと痛いけど、問題なし。下まで転がってかなくて良かった。

「あ、丸眼鏡の胡散臭いやつ見てない?髪の毛もさっとした」

「見てねーけど」

「どうもありがとう」

「それって、忍足侑士のことか?」

「あ、うん」

「忍足なら、サロンにいるんじゃねぇか?よく行ってるらしいしよ」

「そうなんだ。ありが…と、う」

わざわざ教えてくれたこの男の子には悪いんだけど、サロンってめっちゃ遠くないか。ものすごく遠くないか。もうそれくらいならご飯食べて待ってた方がいい気がしてきた。

そんな私の様子に気づいたのか、男の子に声をかけられる。

「どうかしたのか?」

「いや、実は海より深いわけがあって」

なーんてそんなに深くもないけど、簡単に説明する。眼鏡とられましたって。

「なんだ、そんなことかよ。なら、俺が行ってやるよ」

「いいの?」

「ぶつかったお詫びだ!気にすんな」

「ほんとにありがとう。よろしくお願いします。H組まで届けてくれると嬉しい。苗字名前って言ってくれれば取りにいくから」

「わかった。俺は宍戸亮だ」

眼鏡はその後、ご飯を食べてる時に届けてもらえた。忍足はつまらなさそうな顔してたけど知ったこっちゃない。

亮って前向日が言ってた気がするから、宍戸くんもテニス部なんだろうな。忍足と仲良さげだったし。テニス部にも良い人がいたもんだ。
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