ただいま、私は絶体絶命の状態だ。それは言い過ぎたかもしれない。とりあえず、この前の自己紹介の件よりは危機的状況だ。
「苗字さん顔色悪いで?」
「音楽の教科書忘れた」
「ドンマイ」
「忍足さぁ、これがどれだけ重要なことかわかってないでしょ」
「そんな重要なん?」
「重要だよ」
理解が悪い忍足に説明してやろう。ごほん、と一つ咳払いをして話し出す。
「私の特徴は」
「地味」
「ご名答。だがしかし、決して影が薄いわけじゃないんだ。ここ重要。いっそのこと影が薄ければ良かったと何度も思ったよ。でも、私の影は薄くない。つまり、教科書を忘れてないふりをしたとしても、あれ?苗字さん教科書忘れたの?となるわけだ。そうなってしまえば私の印象は悪くなる。そこまでは通常の人と同じだ。だけど、ここらが問題だ。いくら影が薄いわけじゃないといっても、地味なものは地味。だから、どれだけ頑張っても私の良いとこはなかなか見てもらえないんだ。挙手をしても当たらない、授業を真剣に聞いていたとしても印象に残らない!おかしな話だろ?悪いことは残るのに良いことは残らないんだ!人間っていうのはそういうものなのさ。よって、私が教科書を忘れた場合、この一年間の授業の成績に関わるってことなんだよ。わかったか」
「おん。半分くらい」
「やっぱお前嫌い」
長文を話したせいで体力がだいぶ削られた。飲み物欲しい。
「千尋さんは」
「今日音楽ないって」
「じゃあC組はなしやな…。岳人は?」
「あいつに借りたくない。絶対何か奢らされる」
「まずあったとしても持ってきとるか不安やな」
もうダメだ。私音楽の成績めっちゃ悪いわ。今まで可もなく不可もなくでやってきたのに。だから教科書だけは忘れるなと…!!
「あ、俺借りれそうなやつ知っとるけど」
「え、マジ?」
「マジ。ま、とりあえず着いてきぃや」
そんな忍足の言葉を信じて、忍足についていく。到着したのは、A組前。
「私A組に知り合いいないけど」
「まあまあ。俺が忘れたことにして借りてきたるって」
「そこらへんで隠れてる」
少し忍足から離れて、でも声が聞こえる位置へ移動。忍足の知り合いとかろくなやついないからな。と主に1人の顔を思い浮かべる。
そんなこんな考えている間に、1人の男が出てきた。
金色の髪、その周りだけオーラの違う空間、歩けば自然と道を開けてしまう高貴さ、あれは、まさに、跡部様じゃねーの!!!そういえば跡部さんは1人で200人のテニス部員をまとめる凄腕で有名じゃないか。忍足が話せるのも普通か。
「悪いな、跡部。音楽の教科書忘れてもうて」
「てめぇが教科書を忘れるなんて珍しいじゃねーの」
「俺かてうっかりすることくらいあるわ」
「ハッ、俺様がお前ごときの嘘に騙されるかよ。誰のために借りにきたんだ?アーン?」
忍足がもうバレたかーと笑って、私の方を向いた。完璧に私に出てこいと言っている。多分最初からこいつはバレることを知ってて行ったんだろう。忍足はやっぱり最悪だ。
「苗字さんが忘れたらしくてな」
いや別に跡部さんに借りようと思ってたわけじゃないんです。この伊達眼鏡が勝手に言い出しただけであって私のせいじゃないんです。まさかまさかあの跡部さんに借りようだなんてそんなおこがましいこと思っておりません!!
頭の中ではつらつらと文章が出てくるけど、それは言葉にならない。近くにいると本当に、オーラというより威圧が半端ないのだ。
「お前この前向日といたやつじゃねーか」
「あ、はい」
「岳人となんかしたん?」
「アテレコしてた」
「アホやな」
「お前が言うな」
跡部さんがいるだけで空気がぴりぴりと張り詰めている感じがする。私ちゃんとここに存在してますか。大丈夫ですか。跡部さんといるだけで普通の人でも霞んでしまうのに、地味な私だと霞むどころじゃないだろ、これ。
「おい、お前」
「はい!?」
「名前は」
「苗字名前ですけど…」
「そうか、苗字か…おもしれぇ!」
は?何言ってるんだこの人。面白味もない私に。
「こんな地味なやつ生まれて初めて見たぜ!」
「そういうことかよ!!」
「顔、体格、成績、何から何まで地味じゃねーの!」
「悪かったな、地味で」
「いや、別に謝ることじゃねぇ。お前みたいな奴がいるから、俺様がより目立つってもんだ」
「結局私は地味じゃないか」
「それに、地味は誇っていいことだと思うぜ!なんせ、この俺がなれないことだからな!」
「忍足!笑ってないでこの人なんとかしろよ!!」
「気に入った!おい、樺地教科書だ」
「ウス」
「いつからいたの」
「お前に俺の教科書を貸してやる」
「誰か通訳をください」
「ありがたく思えよ!」
「うん、まあ、感謝するけど!!」
高笑いをして跡部さんは教室の中に去って行った。
なんなんだあの人。今まで会った人の中で断トツで変人かもしれない。
まあ、でも、教科書も借りられたし。それに、変人でも、跡部さんもちゃんと中学生なんだなあって。
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