Main

Je pence a toi


金色と

落下する純愛の続き
※過去回想


「土方さん」
 眩い景色の中で彼は声に振り返って微笑む。降り注ぐ金色の陽光がきらきらと暖かい空気を浸食して、彼の人の輪郭を酷く儚いものに染め上げる。本当に、太陽の光に溶けてしまうのではないか――そんな在らぬ幻想を抱かせてしまうほどに、その光景は美しく、非現実的なものであった。
 千鶴はつやつやに光る、露に濡れた草の上を歩いていた。ドレスの長い裾にたっぷりとあしらわれたレースが水気を含んで、彼女の細い足首に纏わり付く。
 踏んで転んでしまわぬように、柔らかい靴で幾重にもなる布地を蹴り蹴り、金色に満たされた柔らかな空気を泳いで漸く彼の元へたどり着く頃には、上質な絹で出来た衣装は、侍女が目にしようものなら悲鳴を上げるのではないかと思えるほどぐっしょりと濡れそぼり、細かい砂や草の切れ端で飾られていた。
「勝手に庭に下りたら、また怒られるんじゃないんですか」
 菫色の瞳を細めて、土方と呼ばれた彼はひっそりと笑った。忠告をしているのにどこか楽しそうな言葉が、低く心地よく千鶴の耳朶に響く。
「またって…見てたんですか?」
 頬を膨らませ千鶴は彼を睨んだ。誰かと居るときは勿論、千鶴の知る限り土方が屋敷の中に居る所を見かけたことはたったの一度も無い。千鶴が一人のときに限って、彼はふらりと姿を現す。それは満月の夜だったり、今みたいな真昼の金色の光の海だったり。影のような彼を、千鶴は眩しそうに見上げた。変わらぬ笑顔が静かに、そこにあった。

- 5 -


[*前] | [次#]
- ナノ -