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その10 暗闇



目の前で、好きな女の子が溺れている。

水面から彼女の手が突き出て、何かを掴もうと空を切る。

「沙穂ちゃん!!!」

もうとっくに役目を終えたはずの心臓が、体中で鳴り響いている。

「沙穂ちゃんっ!!沙穂ちゃん!っ」

海に飛び込もうとしたが、見えない壁にぶち当たる。
その壁を叩きつける、が、打ち寄せる波の向こう側へはどうしても行けない。

「っくそ!」

自分で望んだ壁に動きを阻まれている。
彼女を好きでいたいと、この気持ちに縛られていたいと俺は地縛霊になった。

”想い続ける”?

それがなんだというんだろうか。
助けてやれやしない。
駆けつけてやれない。
目の前で溺れ苦しんでいる手を掴むこともできない。
情けない、何もできない。

”必ずかえす”

そう約束したんだ、あの二人に……
彼らの名を呼ぶ。

「跡部くんっ!忍足くんっ!!!」

沙穂ちゃんを、

「助けて!」

あの子を助けて!!
あの手を掴んで引っ張りあげて!

「安積!」

風を切り、二人が目の前を走って行く。
水しぶきをあげ、俺が入ることのできない海へ飛び込んでいく。


ああ、ごめんよ……


一瞬だって、彼女を連れて行きたいなんて思ったことはないんだ。
本当だよ。

なのに、なのに……

「ゴホっ……!」

二人に抱えられ、沙穂ちゃんは海から上がってきたけど、

「沙穂、目ぇ開けて……っ」

忍足くんが彼女の白い頬を叩く。
沙穂ちゃんは呼吸をしていなかった。
誰の呼びかけにも、応えない。
白い顔、力の無い白い手足。

「君たち!そこをどいて!」

ライフセーバーが人工呼吸と心臓マッサージを始めたが、反応はない。
近くで救急車のサイレンの音が聞えた。
慌ただしくやって来た救急隊員に、沙穂ちゃんは毛布で包まれ担架にのせられる。
跡部くんが忍足くんの肩をゆする。

「行くぞ、忍足」
「あ、ああ」

二人は救急車に乗り込む。

「沙穂ちゃん!」

待って、俺も彼女の側にいたい。

「沙穂ちゃん!!」

声は届くことなく、サイレンは走り去る。

「俺たちも行くぞ」

砂浜を出ていく宍戸くんたちの背中。
俺は、ここから出られない。
この砂浜に縛られているから、あの子のもとへ駆けつけられない。

すべて自分で望んだことだ。

無力な俺は砂浜に取り残される。

目の前が真っ暗になる。




俺は、なんのためにこの海岸にいるんだ?



目の前が、真っ暗だ。



醜い闇をさまよい、やっと出会った希望の光を、彼女を、孤独な真っ暗闇に突き落とすためか?
彼女の命を奪うつもりではなかった。
かつて心の中に巣くっていた絶望が、ひたひたと近づく足音がする。


俺が、生きている男だったら彼女を救えたのに。

そもそも、だ。

なぜ俺は死んだんだ。
どうして天国に行けないのだろうか?
銀河鉄道が迎えに来ると、誰かが言っていた。
そんなものは来なかった。
ずっと、孤独だった。
魂は救われることなく、長い間さまよった。
自分がどこの誰だったのかも覚えていない。
死んでもなお、どうしてこんな思いをしなくてはいけない?
なぜ、消えてなくなれない。

憎い、憎い、憎い、憎い

自分が死んでいることが恨めしい。
生きていないことが苦しくって仕方がない。


絶望が心を侵食していく。

”私、あなたを成仏させてあげたい”

これは誰の言葉だったか、顔が思い出せない。

大好きだったあの子の顔が、唯一の希望の光が、暗闇にのみ込まれていく

真っ暗闇に沈んでいく





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