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その11 お騒がせのその後で 跡部視点


「本当に人騒がせなバカだな」

ホテルに到着した頃、辺りは夕闇に包まれていた。

「さっきも聞きました、その台詞」

車から降りると、安積は唇を尖らせる。
その顔に向かってもう一度、同じセリフを言い放つ。

「本当に人騒がせなバカだな」
「だからそれはさっきも……」

さらにもう一度。

「本当に人騒がせな……」
「はいはい!二人ともやめやめ!」

忍足が俺たちの間に割って入ってきた。

「沙穂が無事やってんからもうええやんか」
「お前は救急車の中での出来事を忘れたのか」
「いや、それはその……」

もごもごと口ごもる忍足。
話は5時間ほど前までさかのぼる。
鳴り響くサイレン、溺れて呼吸をしていなかった安積は、救急車の中で息を吹き返した。

『安積さん、大丈夫ですか、わかりますか』

救急隊員の呼びかけに安積は、目の焦点を合わせようとし、うなづく。
その弱々しいうなずきに俺は瞳を閉じ、安堵の息を吐く。
全身の力が抜けそうだった。

『なるべく呼びかけてあげてください』

救急隊員の言葉に俺と忍足はうなづき、二人で安積の手を取る。
指先がとても冷たく、力いっぱい握った。

『安積、ここにいるぞ。しっかりしろよ』

俺の声に応えるように、白い顔がうなずいた。
安積は小刻みに震えていた。

『沙穂……』

名を呼ぶ忍足に、安積は何か言いたげに唇を開いた。

『れ?……』
『え?』

忍足は手を握り返す。

『何や?何が言いたいんや?』
『私に、た……だれ?』

俺たちは安積の口元に耳を近づける。
かすれた声で安積は続ける。

『私に……人工呼吸を……したのはだれ?』

は?と俺たちは声をそろえる。

『ライフセーバーのお兄さんやけど…』
『カッコよかった……ですか?』

耳を疑った。本気で言っているのか?

『ファーストキスなんです、カッコいいか、そうでないかが重要なんです、そ、それによっては、私は記憶の書き換えをしなくちゃ……』

怒りがわいてきた。
死の淵をさ迷って、こんなことしか言えないのかこのバカは。
こっちは本気で心配したというのに、ゲンコツを落としてやった。

『ちょっと!君!何するんだ!?』

救急隊員が、俺を羽交い絞めにしようとしやがった。

『離せ!コイツの全記憶を消してやる!』

拳をもう一度振り上げる。
忍足が俺の右腕にしがみついて叫んだ。

『跡部!せっかく息を吹き返したのになんてことを!』
『はなせ忍足!!』
『…………』

安積は死んだフリをしていた。
救急隊員が真っ赤な顔で俺たちを怒鳴る。

『君達二人は今すぐ降りなさい!!』

そして俺たちは救急車を放り出された。

「なるほど」

宍戸が納得した表情でうなづいた。

「それで、お前ら病院に歩いて来てたんだな」
「救急車に乗って先に行ったはずなのにおかしいと思ったぜっぷ、くく」

向日が小ばかにした視線をよこす。

「笑うんじゃねぇ。その後も散々だったんだぞ」
「散々って?」

俺は忍足へ目をやる。
もう俺は話さねぇ、お前が話せ、と目で伝えると、忍足はため息をつき口を開いた。

「岳人らがロビーで待ってる間の話やねんけど」

忍足はチラリ、ホテルのビーチへと目をやる。

「ここで撮影やってたんやて」
「撮影?」
「メンズファッション誌の」

ふうん、と鼻をならす部員たち。
まだピンときていないらしい。

「なんか、どうもその撮影隊が集団食中毒で倒れたらしくって」
「もしかして……」

鳳はなんとなくオチが読めたらしい。

「処置室がな、一緒やってん。モデル集団と」
「ああ……」

残念そうな声をあげるレギュラーたち。
タクシーも捕まらず、スマホも圏外で繋がらず、炎天下を延々と歩き、やっとの思いで病院に到着したら、

『他の患者さんが怖がるようなことをしないで下さい!』
『我慢できなかったんです、苦しそうな声の美少年たちを目の前にして』

安積は病室を放り出され、看護師に説教されていた。
処置室からは、『け…獣の幻覚が見える…』だとか、『ひいい!食われる!』という男たちのうめき声。

『何をやったんだお前』

俺は再び安積へゲンコツを落とす。
教育的指導である。
なのに、

『病院でなんてことするんですか!』

なぜ、俺まで看護師に説教くらわなきゃならねぇんだ。
自慢じゃないが説教をしたことはあっても、された経験なんてないんだぞ、俺様は。

「あんな屈辱、生まれて初めてだ」
「よかったやないか。お前は一度オトナに本気で怒られた方がええねん」
「なんだと?」
「俺なんか完全にとばっちりやで」

忍足が俺をジロリと睨む。
お前の場合は普段の行いが悪いからだ。
その胸に手を当ててよく思い返してみろ。

「ホンマは今日一日、入院させようって話しやってんけど」

俺と忍足は安積へと視線をよこす。
そうだ、一応大事をとって入院させてやろうとした俺様の優しさをだな、

「このバカが、入院したくないって駄々こねやがったんだ」
「聞えてた」

宍戸が眉間にシワを寄せる。

「ロビーまで丸聞こえだったんだよ!大喧嘩しやがって」

「恥ずかしかったんだぞ」と、迷惑顔で宍戸が俺をにらむ。
忍足が「まあまあ」と宍戸をなだめ、

「ここで立ち話もなんやし、とりあえず部屋戻ろ。疲れたし、休みたい」

ホテルのエントランスの明かりを見つめる忍足。
ドアマンが微笑み、俺たちを迎え入れる。
たしかに疲れた。熱いシャワーを浴び、リフレッシュしたい気分だ。
向日が「腹が減った」とブツブツ文句を言いながら、エントランスへ向かう。

「しっかしさ〜、沙穂の悪運の強さは筋金入りだよな。あんな豪快に溺れてピンピンしてるんだから」
「しぶとすぎますよね」
「なんか凄い守護霊でもついてんじゃねぇの」

そこで俺たちは立ち止まる。

「幽霊」

忘れていた。
地縛霊のことを放置したままだ。

「あれ?沙穂は?」

忍足が安積の姿を探す、やつは俺たちの輪を抜け、海岸へと歩き出していた。
「おい、どこ行く気だ」俺が呼び止めると、安積は振り返って、

「バクさんのところ」
「一度部屋に戻って、着替えてからにしたらどうだ。そんなカッコでウロウロしたら風邪ひくぜ」

安積は水着の上に薄手のパーカーを羽織り、下はデニム地の短いパンツをはいているだけだった。
夜風に当たれば体を冷やしそうだ。
安積は首を振った。

「バクさんのところに行かなくちゃ」

そう言って、海岸へ向かおうとする。

「ちょっと待て、ひとりで行く気か?」

オレンジ色の街灯の下、安積はかたく口を結んでうなずいた。

「私、まだ、バクさんに言えてないことがあるの……」

決意を秘めた瞳を見て合点がいった。
それで入院を強く拒んでいたのか。

「わかった。俺も付き合うぜ」

夜道を一人歩かせるわけにはいかない。

「樺地、部屋からもう一枚羽織れるものを持ってきてくれ。あいつ、あまりにも薄着すぎて見てられねぇ」

海岸へ行っているから届けてほしいと頼み、最後にこう付け加える。

「何かあったらすぐに連絡してくれ」

樺地は「わかりました」とうなずき、エントランスへ向かう。
忍足が「俺も行くわ」とこちらへやって来る。

「疲れてるんだろ、部屋に戻っていいぞ」
「いや、俺もバクさんのこと心配やし」
「そうか」

向日たちも地縛霊の様子が気になるらしく、付いてくると言い出した。

「あいつ、心配してるだろな」

と、宍戸がつぶやいた。
好きな女が目の前で溺れて意識をなくしたのだ、生きた心地がしなかっただろう。
いや、やつはもう死んでいるんだが。

「行こうぜ」

俺たちは夜の海岸へと歩き始めた。


************


ぽつ、ぽつと置かれた街灯が海岸沿いの道を照らす。
俺たちは無言のまま歩いた。
すれ違う車は一台もない。

「こんな真っ暗やったっけ?」

隣を歩く忍足が首をひねる。
到着した海水浴場は昨夜と雰囲気が違っていた。

「いや、もう少しにぎわっていたと思うが」

昨夜ここで花火をした時は数軒だが海の家が営業しており、音楽と男女の騒ぐ声がしていた。
だが、今日は静まり返り、人っ子ひとり居ない。
真っ暗な海へと目をやる、海と空の境目がない。闇が広がっている。
ザザザザザ……波の音も、昼間のそれとは違い、迂闊に近づけば引きずり込まれそうで不気味だ。

「バクさん、どこ?」

安積はかまわず砂浜へと続く階段を駆け下りる。
青白い月と、星の光をたよりに俺たちも続く。

「日吉、大丈夫?」

振り返ると、鳳が日吉の顔を覗き込んでいた。

「気分悪いの?肩を貸そうか?」

痛むのか、日吉は頭を抱えてうずくまっている。
暗くて表情ははっきりと見えないが辛そうだ。

「大丈夫だ。それより安積を」

日吉は鳳を押しのけ、ヨロヨロと砂浜へ足を踏み入れる。そこで奴は膝から崩れ落ちた。

「おい、日吉。平気か?」

助け起こそうと俺たちも砂浜へ一歩踏み出す。
ぞわり、鳥肌が立った。
密度の濃い重い空気がまとわりつく、背に悪寒が走る。

「うわ、なんやこれ」

背後で忍足がうめく。
バタ、バタ、バタ右で左で背後で、部員たちが砂に倒れこむ音がする。
肩に背中に何かがのしかかる重圧で振り返ることができず、皆に何が起こったのか確認することができない。
波音に混じって聞えるのは仲間のうめき声。

「ぐ…」

両足で踏ん張り、倒れそうになるのを何とかこらえる。
倒れた部員達は無事か?異常事態だ。
何か分からないが良くないことが起こっている。

「おい、おまえら…」

立てるか?と尋ねたが、返事はかえってこない。
代わりに視界の端で部員達がうめきながらも強烈な悪寒とプレッシャーに抗い、立ち上がろうとしているのを確認した。
皆、抵抗する力はあるようだ。
いつまでも砂に顔をつけて倒れているような男達ではない。
それにしてもこれは何だ?マイクロ波攻撃か何かか?
俺を誘拐して身代金でも要求するつもりか?
せっかくのバカンスだってのに舐めた真似してくれるぜ。

(ああ、くそ)

目前に広がる真っ暗な海を睨みつける。
ひとり、姿が見当たらない。
無事を確認しなければ。
安積を探しに行かなくては。

「っふ…」

忍足が笑った。

「なに笑ってやがんだ、忍足。この非常時に」

睨みつけてやると、忍足は砂浜に片膝をつけ背後へ視線を向けていた。
視線の先へと目をやり、その場にいた全員が事態を把握する。
忍足はそいつを見て笑う。

「どないしたん、バクさん」

なるほど、そういうことか。と、心の中で舌打ちをする。

「ちょっと見ん間にすっかり悪霊に堕ちてもて」

忍足の視線の先には地縛霊だった悪霊がいた。
暗い、暗い目をした男。引きずり込まれそうな夜の海に似た目。

「どこ?あの子はどこ?」

幽霊が掠れた声で尋ねる。

「沙穂ちゃんは?」

浅い呼吸の忍足は笑ってはぐらかす。

「知らんなぁ」

ズン、と空気の密度がさらに増し、忍足の体が砂浜に叩きつけられる。
忍足のうめき声を聞き、いら立ちが極に達する。

「何しやがんだ、そいつを乱暴に扱うな」

全国大会を控えている大事な時期だというのに、怪我でもして忍足がラケットを振れなくなったらどうしてくれる。
拳を握りしめ、一歩踏み出そうとしたその時だった。
ザッザッザ、砂を蹴る音が近づいてくる。
身動きが取れず振り返ることができないが、足音の主を全員が察する。

「安積さん、来ないで」

近づく安積の気配に鳳が声を絞りあげる。
こっちに来るな逃げろ、と精一杯声を上げたが悪霊の発するプレッシャーにかき消された。

「どうしたんですか、大丈夫ですか!?しょ、食中毒!?」

安積が砂浜に倒れる忍足に駆け寄る。
忍足の手が”逃げろ”と安積を振り払う。
安積には悪霊が放つ重圧がまるで利いていない、自由に動けている。

「沙穂ちゃん」

乾いた砂のような、感情のない男の声。
安積は顔を上げ、首を傾げた。

「バクさん?」

対峙する安積と悪霊。
逃げろ、と声すら出せない、腹立たしい。
安積に危害を加えてみろ、ぶん殴ってやる。
拳を握りしめ、悪霊を睨みつけると奴がこちらへ視線をよこした。
暗い、虚ろな目が俺を見ている。

身動き一つできなかった体が、スッと動いた。
己の意志ではない、手足を誰かに操られている。
たぶん……あいつの仕業だ。深い穴のような空虚な目をした男。
俺の足は安積の元へ向かっている、嫌な予感で胸がざわつく。

「逃げろ……」
「え……」

安積の腕へとのびる俺の手。
力いっぱい安積へ吠えた。

「逃げろっ!!」

俺の声に驚いた安積は立ち上がる、が、砂に足を取られその場に転倒した。
安積の腕を掴む俺の手。

「やめろ」

乱暴なことはするな。
裏腹に安積の華奢な肩を掴み、首へと手をかける。

「跡部っ」

目の前が真っ暗になる。
昼間、助けた命に手をかけようとしている。
一番大切にしているものに、自分の意志に反して。
今まで生きてきて、自分を傷つけたいなんて一度も思ったことがなかったが、

「やめてくれ」







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