×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -
name change


その3 息がとまるような


その鮮やかをどうすればいい。

******

立海のジェントルマン、柳生さんが氷帝の王様へ冷えたまなざし。

「女性を怖がらせて、君たちは何を考えているんですか?」
「出来の悪い後輩への教育的指導だ」

冷たい視線もなんのその、紳士の国育ちの跡部様は髪をかき上げ、柳生さんと対峙した。
ジェントル対決に挟まれた私は、さきほどから柳生さんが気になって仕方ない。
というよりも、視界の端でチラッチラする彼の素肌が見たくって見たくって見たくって見たくって…
ああ、くそ!忌々しいシャツめ!心の中で舌打ちをし、太陽を睨みつけた。
私が太陽だったら、もっともっと柳生さんに照り付けてそのシャツを脱がしてしまうのに…!
ああ…!

「太陽、もっと照りつけろ」

どうやったら、あのカッチリとめられたボタンを外せるの?
柳生さんの肌とか肌とか肌とか…とにかく頭がいっぱいで、

「見てみろ、今だってロクでもないばかり考えているやつだ」

気づけば、

「こういうヤツはな、こうやって目を覚まさせてやるんだよ!」
「あだだだだだだだだだだだ!!!!!」

跡部のアイアンクローを食らい宙に浮く。
頭蓋骨を絞り上げられ足をばたつかせる私を見て、幸村さんが感心した声をあげる。

「相変わらず、後輩指導が激しいね」

その横で真田さんが”見事だ”と腕を組み、そのまた隣で柳さんが”攻撃に迷いがない”とうなずいている。
いやいや、そうじゃなくて!とアイアンクローに耐えながら突っ込む私。
氷帝流教育指導を目の当たりにし、青い顔の切原君が”容赦ねぇ”とつぶやく。

「い、いいんスか?あれ、放っておいて」

立海2年生エースの問いに答えたのは忍足先輩だった。

「あ〜…あれはコミュニケーションの一つやから」

ようやっと頭を開放され砂浜に倒れこんだ私を、切原君が”まじかよ”という目で見下ろしていた。
コミュニケーションなら、もっと優しい手段にしてほしい。ハグとか。
忍足先輩がゆるりと立海の面々を見渡す。

「ところで、なんでここにおるの?」
「この近くで合宿だったんス」

そうなの?偶然だね、と鳳君が切原君に人懐っこい笑顔を向けた。
二年生同士、学校は違うが交流はあるらしい。
同じ二年生でも日吉はツンとそっぽを向いているが。
私は頭の中でスコアブックを引っ張り出す。
昨年の新人戦で日吉と切原君は対戦している。
他校のライバルとは馴れ合わない、一匹オオカミの日吉らしい態度ではある。
試合では凶暴な一面を見せる切原君も、普段は明るく付き合いやすい雰囲気で、楽し気に鳳君と話をしている。

「ああ、今日が最終日なんだ」
「最終日?今日帰るの?」
「少し泳いでから帰る」

そうか、帰っちゃうのか。
せっかくイケメン揃いの立海と海水浴場でばったり、なんてラッキーな状況なのに…ちょっとつまんないかも。
唇を尖らせ、砂浜に視線を落とした一瞬だった、

「安積さん」

スッと私の手を取る幸村さん。
その手は灼熱のビーチにいるというのに、ひんやり心地が良かった。
耳元で穏やかな声が私を誘う。

「少し二人で歩こうよ」
「え…」

返事をする間もなく、みんなの輪をスィッと抜け、にぎわう砂浜の中へと連れ出される。
手を引かれ、海水浴客の波の呑まれる、気づいた時には後方の仲間たちの姿は見えなくなっていた。
器用に人の波を縫う幸村さんの背が、ふふふと笑った。

「あいつら、今ごろ慌ててるよ」
「え?」
「少しくらい慌てさせてやりなよ」

太陽の光が、幸村さんの白いリネンシャツに反射してまぶしい。
振り返った幸村さんから、レモングラスやミントなどのグリーンハーブな香りがフワッと香る。
きめ細やかな肌の幸村さんが優しい笑みで尋ねる。

「安積さん、かき氷好き?」
「は、はい…」

久しぶりに会うからかな、ドキドキしてしまう。
すれ違う女の子たちが、幸村さんを横目でちらちら見ている。
氷帝の正レギュラーたちも目を引くが、幸村さんも相当な美少年。
顔立ちが美しいのは勿論だが、透明感があり、まとっている雰囲気が特別なのだ。
露出度の高い水着の男女でごった返した海水浴場、ギラギラな空気に似合わぬ清涼感、場に馴染んでいない、浮いている。
幸村さんは、例のハワイアンな海の家の前でメニューボードを見ている。

「虹色のかき氷だ」
「シェイブアイスっていうらしいですよ」
「美味しいの?」
「私は好きです」
「じゃあ、食べてみようかな。安積さんは?」
「え、えぇと…同じもので」

夏休み、海の家、他校の男子生徒とかき氷を食べる、というシチュエーションに戸惑う。
いつもの仲間とワイワイ海に来たのに、まさか幸村さんとこんな風に過ごすなんて。
かき氷を二つ注文した幸村さんは私の顔をのぞき込む。

「もしかして、緊張してる?」

借りてきた猫みたいだよ、と幸村さんは笑った。
お店のお兄さんが大きな氷を削り、かき氷を作り始める。
こういう時になんと返すのが正解なのか分からなかったので、正直な気持ちを伝えた。

「緊張、しています」
「可愛い」

言葉で心を直に揺さぶってくる。
完全に幸村さんペースで翻弄されている。
私の反応を見て、からかっているのだろうか。
だって、この間の無人島合宿で幸村さんは親切ではあったが、こんな甘い空気を漂わせてはいなかった。
なぜこんなことに?と戸惑っていると、レインボーカラーのかき氷を差し出された。

「はい、どうぞ」
「あ、ありがとうございます」

パーカーから財布を出そうとして、いいよと断られた。
ここで押し問答をするのは無粋な気がし、素直に財布を引っ込め受け取る。

「ありがとうございます」

ふわふわの氷に七色のシロップがかけられたかき氷に目を奪われる。
見た目が可愛すぎて、食べたい!という欲より先に”写真におさめたい”が勝つ。
一年前も同じことを思い、やっぱりこのかき氷を撮った。
私のスマホの中には、すでにこのシェイブアイスなるものの画像はあるのだけど、今年は今年、一枚撮りたい。
溶ける前に…と、スマホを取りたいが片手でなかなかうまくいかない。
あせあせポケットを探っていたら、シャッターを切る音がした。

「うまく撮れてる?」

スマホ画面に七色の氷を持つ私の手元、代わりに撮影してくれたらしい。
キラキラ輝くかき氷が可愛い”映え写真”に思わず声を上げる。

「かわいい!幸村さん撮るの上手ですね!」
「そう?」
「いいな、私も…」
「送るよ、画像」
「え」
「LINE交換しよう」

ザザン…ひときわ大きい波が押し寄せたらしく、海の方から”キャー!”と楽し気な声が聞こえた。
普段の私なら他校のイケメンと連絡先を交換できたぜー!と飛び上がるところである。
が、今まで私は美少年を追いかける事しかしてこなかったのだ。
こんな風に異性に真正面から心に踏み込まれる、という経験がない。想定もしていなかった。
幸村さんと友達追加を承認しあい、トークルームに先ほどの画像が送られてきた。
すごく手馴れている、ように思える。
いつもこんな感じで?と訊くのはやめて、ポケットにスマホをしまった。

「女の子とLINE交換したのは君が初めてだよ」

その言葉が本当か嘘かは知らない。
が、察する能力が半端ない。
私が分かりやすい顔をしていたのかもしれないが、絶妙に言葉を放り込んでくる。

「あそこに座ろう」

砂浜を上がったところにあるベンチを目指す幸村さん。
また、手を引かれる。
強引、遠慮がない。隙がない。
関東大会まで病気療養中だった幸村さんの試合を私はまだ見たことがない、が昨年の全国大会の資料映像は目にしたことがある。
無敗の神の子、そういえばこういうプレイスタイルだった。
混雑した水着の群れをスイスイと抜け迷いなく進む背中。

「日影になっててよかったね」

ベンチに腰を下ろし、ようやく手が離される。
私の顔を覗き込む優しい笑顔に、めまいがした。

「暑かったね、平気?」

気づいてしまった。
自惚れではないことに。
この人、私に好意を寄せている。
その上で私を連れ出し、隣に座っている。
つい先ほどまで部活仲間と海の中ではしゃいでいたというのに、急転直下。
揺れる私の瞳を楽し気に幸村さんは見ている。

「溶けちゃうよ」
「あ!はいっ…」

七色の氷を一くち口に運んだ。
甘くて冷たくておいしいハズなのに、緊張してよく味がわからない。
目の前を小麦色の肌をした男女のが肩を寄せ合って通り過ぎていく。
さざ波に似た声が、私の胸へと押し寄せる。

「運命だと思ったんだ」
「え…」

幸村さんは口に入れることなく、サクサクと七色の氷を混ぜていた。

「こんな日に、こんな場所で会えるなんて」

海岸ではしゃぐたくさんの人たちを見つめ、静かに彼は続けた。

「海を見ていたら、無人島の事とか、君の事を思い出して」

なんて口説き文句。

「安積さんに会いたいなぁって考えていたら」

青い空を背景に澄んだ瞳が私をとらえた。

「君が目の前にあらわれた」

風が私のうなじを撫でて、ふわっと遅れ毛を揺らした。
真剣な幸村さんの眼差しに身をよじる。
くすぐったい。
ひとつ、距離を詰める幸村さん。

「安積さん」

彼の白いリネンシャツからレモングラスとミントの香り、鼻をくすぐる。
嗅覚が胸の真ん中をノックする。
水着の上にパーカーを羽織っただけの胸元は無防備で、心もとなく、遠慮なく踏み込まれそう。
持っていたかき氷を落としそうになった、その時、

雲一つない快晴だったのに太陽がかげった。

びゅうと風が吹いた。
ぬるい、湿気を含んだ重い潮風が。

幸村さんは首筋を押さえて振り返った。
じっと後ろ、にぎわう浜辺のどこか一点を見つめている。

「なにか居るね、ここ」
「なにか?」

私の問いに幸村さんは首を振る。

「ううん、なんでもないよ」
「幸村さん、鳥肌たってないですか。大丈夫ですか?」
「大丈夫」

幸村さんは微笑んだが、顔色が悪い。
一瞬太陽をかくした雲はどこかに去り、また日光が白浜に照り付ける。
この間まで療養中だったのだ、長時間日差しに晒されて体に負担がかかっていたのかもしれない。
顔を覗き込もうとしたら、真剣なまなざしに返り討ちに合う。
ウエーブのかかった前髪、その向こうの黒く澄んだ瞳。

「心配してくれるの?優しいね」

対処方法が分からない。
こんな風に男性から好意を向けられた経験がない。
真夏の海の魔法だと、場の雰囲気に委ねるのもアリなのだろう、が、

(そんなことをした後で、どんな顔をして仲間の元へ帰ればいいの)

ジャリ、砂を踏む音がした。
見覚えのある影が視界に入る、顔を上げると

「跡部」

険しい顔をして幸村さんを見下ろしている。

「秋まで待て、と言わなかったか?」
「承知した覚えはないよ」

肩をすくめる幸村さん。

「俺には氷帝の……君たちの都合は知らないし、関係ない。自分の気持ちに正直にいるだけだよ」

幸村さんはさらに続ける。

「当たり前に明日がやってくるとは限らない。なるべく後悔は少なくして生きたいんだ」

”それはそうだな”とつぶやいて、幸村さんの顔を見つめる跡部。

「幸村、お前、顔色悪いぜ」

私はチラリと幸村さんを見た。
さっきより良くなっているが、それでも調子が悪そうだ。

「お前のところの部員が、真田が心配している。戻ってやれ」
「ふふ、心配性だなぁ」

ゆっくり立ち上がり、幸村さんは私を見つめた。
くすぐったい優しいまなざしで。

「帰ったら、次に会うのは全国かな」
「……はい」
「敵同士だね」
「はい」
「夏が終わったら、会いに行くから」

冷たい指が、私の頬に触れた。

「先に戻ってるよ、大丈夫。少し風に当たればよくなるから」

鮮やかな色のかき氷を片手に、幸村さんはひとりで歩いていく。
私の手の中にも溶けかけの七色のかき氷。

「戻るぞ」

跡部の声に、私は慌てて立ち上がる。
視線がぶつかって思わず目をそらす。

「な、なに?」

別にやましいことなど一つもない。ことはない。
ライバル校の部長に心がグラついて流されそうになってしまった。
そんな意思の弱さを見透かされそうで、私はうつむいた。

ジャリ。
一歩、跡部がこちらに近づいて私の胸もとへと手を伸ばす。

「なに……」

跡部の指先がトン、と心臓の真上へと触れ、かき氷を落としそうになる。
身をこわばらせていると、羽織っていたパーカーのジッパーを勢いよく上まで閉められた。
それだけだった。
何も言わず、跡部は私に背を向けて歩きだした。

「え…」

その場に置いてけぼりにされそうになって、跡部の後を追いかける。

「待って」

跡部を見失わないように必死で追う。
混雑した海岸、たくさんの人にぶつかり私はその度小さく詫びる。
こんなに太陽が照り付けているのに、手足の先が冷たくなってきた。
砂浜に足を取られ、もつれる。

置いて行かないでほしい。
はぐれたくない。
必死で手を伸ばし、跡部のTシャツの裾を掴んだ。

「待って…!」

私の声に、跡部の背中は一瞬空を仰いだ。
そして、

「え…」

人で溢れかえった浜辺、
誰も見ていない、時間にしてわずか二秒間


たった二秒、


熱く抱きしめられた。



**********



息が止まるような。


prev / next

拍手
しおりを挟む

[ 目次へ戻る ]
[ Topへ戻る ]