熱中症にはご注意を!
その日は確かに――…朝から体の調子は悪かったと思う。
たびたび、くらりと貧血が。
――だが…
『まあ大丈夫だろう』
一人でうむうむ頷きユーリがいるであろう執務室に向かう。
「サクラ様!何処に行かれるのですか?」
『あ、オリーヴ。ユーリの執務室に』
「毎回、申し上げておりますが…何処かに行かれる際は護衛のあたしに一言声をかけて下さい!」
『…はは、すまぬって』
脱走癖や前科があるので…我が護衛のオリーヴは……最近、厳しい。
サクラは思わず乾いた笑みを漏らした。――護衛される身分でもないのになー…。
目を泳がせたサクラに、瞬時に護衛の彼女の視線が鋭くなった。
――のわッ!
「そう言えばサクラ様…」
『うぬ?』
「今朝は朝食をいつもより召し上がってなかったようですが、どうかされたのですか?」
基本的に、サクラは苦手な食べ物や嫌いな食べ物が出されても、出された物は感謝して食べている。
なので、朝食を残す彼女に何かあったのか――と、オリーヴは眉を寄せて心配していた。
執務室へと歩を進めながら心配してくれるオリーヴを見遣る。と――…
クラッ
『っ!』
___頭がふらりとした。
「サクラ様?」
『…あー大丈夫だ』
だが、体も怠くて…頭が痛い。これは、もう部屋に引き返した方が…と考え直した時―――…グラりと体が傾くのが己でも判った。
「――サクラッ!?」
名をコンラッドに呼べれたと客観的に思いながら――…視界は白く弾けて意識も弾けて沈んだ。
□■□■□■□
『――ぅ…』
ふと意識が浮上して重い瞼を開ける。
「サクラ」
『コンラッド…』
起き上がろうとすれば、思うように体が動かなくて…側の椅子に座って様子を診てくれたコンラッドが手を添えて支えてくれる。
己から出た声は掠れていた。
「ユーリから聞きました。サクラの症状は熱中症だったんですね。いきなり倒れて…ギーゼラも診たんですが、彼女ではどうする事も出来なくて大変だったんですよ。 青龍たちがサクラを冷やしてくれたから安心でしたが……」
『う、うぬ、すまぬかった…』
「怒ってるわけじゃないんです。心配してるんです。――体は大切にして下さい」
笑いながら目は笑っていなかったコンラッドは――…素直に頷いたサクラを見て目を緩ませた。
――よく…私はこやつを心配させている気がするのは……気のせいか?
少々罪悪感が感じる。
『うぬ…』
「めまいが起こる前に、それから喉が渇く前に、水分と塩分をこまめに取って下さい。 めまいが起こり始めてからでは遅いんです!」
『うむ』
確かに、ここは地球ではないので…熱中症は大事だ。
魔族である眞魔国の人達はどう対処してるんだ…。ギーゼラで治せなかったとは魔力で治療を試みたんだよな……恐らく。
思考に意識が持っていかれていたサクラは、目の前の男から醸し出された不穏な空気に気付かない。
「サクラ、水分取らなくてはいけませんよね?」
『うぬ。そう言えば、喉が』
――喉が渇いておる。
その続きの言葉は――…コンラッドがいきなり口付けをしてきたので――言えなかった。
温かい感触が口に感じるのと同時に、
『――んッ!?』
コンラッドから冷たい水が流し込まれる。
何をしておるのだーと思いながらも、懸命に口から零れぬよう飲み込む。
『ぅん、んんんー』
口内に流れ込んできた水はもう無くなったのに……変わりに入って来た温かい舌に目を見開く。
慌ててコンラッドの軍服を掴むけれど、抵抗するかの如く激しく口内を蹂躙される。
『っぁ』
室内に響く音に羞恥心が…。だけど喉も気持ちも満たされて――サクラの体はくたりと力が抜けていく。
「満たされましたか?」
『〜〜っ!』
やっと離れてくれたコンラッドは、見せつけるように潤んだ唇を舌で舐め上げた。 嫌でもそこを見てしまう。
「まだ、水ありますけど」
満足げなこの男はまだ足りぬのかそんな事を言って来る。
『も、もう十分だ、いらぬ』
「そうですか、それは残念」
何て事するんだと恨めし気にコンラッドを見るが、当の本人はしれっと「心配させたからですよ」なんて悪びれる様子もなく。
むしろ…コンラッドから見れば、上気した朱い頬に潤んだ瞳のサクラから睨まれても、それは逆に欲望が煽られるだけで。 だけどこれ以上は彼女の身に負担がかかるからと理性を総動員させる。
「……そんな目で見ないで下さい。襲われたいんですか」
――なわけあるかー!
よこしまな欲望と理性に揺れているなんて知らないサクラは、心の中で突っ込んだ。けれど。
『……』
コンラッドの瞳に怪しげな色を見てしまって、目を彼からそっとずらす。――危険だ、こやつは本気だ。
サクラはその日学んだ。熱中症は…いろんな意味で危険だと。
熱中症にはご注意を!
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