悪夢



悪夢だ。


『素敵』


これは夢だ。夢以外認めない。


『カッコいい!』

「そうですかア?」

『うぬ。上腕二頭筋も立派で見惚れるが、腹筋も凄いのだと知ってるぞ!』


コンラートは目の前で繰り広げられている光景に眩暈を覚えた。


「まあーそりゃあね」


――その含み笑いはなんだ。

デレデレと俺の愛しいサクラにだらしない笑みを浮かべている腐れ縁のヨザックに、舌打ちしたくなる。

彼だけならば殺気を飛ばすが…殺気や気配に敏感な彼女の前では出来ないと、滲み出そうになる怒りを心の中だけに留めた。睨むだけに留めた俺を誰か褒めて欲しい。出来ればサクラに。いや、それよりもこれは何なんだ。


「オレの下で何度も見てるんだから珍しくもないでしょうに」

『っ』


ニヤニヤと笑うヨザックと、ヤツの言葉に赤面するサクラ。

理解したくない言葉の羅列に抑えていた殺気が旧友に向かう。

どういう事だ?サクラは俺の婚約者ではなかっただろうか――…嫉妬心と独占欲と怒りが混ざり合いながら浮かんだ疑問に、そう言えばサクラとヨザックは恋人同士だったなと顔を顰めた。

恋人は俺だったはずなんだが、ずっと前からサクラはヤツの者で。そもそもサクラの心が手に入った事はあったか?

とてつもない違和感と認めたくない光景がストンと頭に入って……自分でも何が何だかわからない。何かが可笑しいような気がするのだが何が違うのかが解らない。無理矢理頭の中を誰かに書き換えられたようなそんな感覚。

判ったのは、サクラの心は、俺の手の中にはないという現実だけ。


「あ、誘ってるんですかー?」

『たわけっ違うわ!』

「えー?」

『私はその筋肉が羨ましかっただけで!どんなに修行してもヨザックみたいに整った筋肉が出来ぬから…羨ましかっただけであってな、断じて誘ってるわけではないぞっ』


慌てふためくサクラは文句なしに可愛い。

彼女のその表情を真正面から眺めているあの男もそう思っているに違いない。その表情は俺だけのものだったような気がしてならないのは何故なんだ。

「んー」とか気持ちの悪い声で、サクラの顔を覗きこもうとしているヤツを視界の端に捉えて、堪忍袋の尾が切れた。


「グリエッ」

『――ぬ?』

「あ。隊長じゃ〜ないですかー。そんなところで、どうしたんです?」


我慢の限界に腰に下がる剣に手を添えた俺に対して、グリエ・ヨザックは見せつけるようにサクラの腰を抱いてそのスカイブルーの瞳を細めた。


――チッ、しらじらしい。


「すぐその手を放せ」

『ウェラー卿?どうしたのだ??』

「!っ」


きょとんと瞬きしているサクラに、崖の上から突き落とされる錯覚を抱いた。

嗚呼…名前も呼んでくれないなんて――…突き付けられた彼女との距離に、脳がぐらりと揺れる。心なしか視界も白く霞んで揺れた。





「――っていう夢を見たんだ」


気付いたら、ベッドの上だった。あの悪夢は夢だったらしい。やはり夢だった。

ほっとした途端、大切な者を失う恐怖からか冷や汗が止まらなくて、自分の心臓の音がやけに大きく聴こえた。

隣にはちゃんとサクラが寝ているのに。当たり前だ、ここは彼女の寝室なのだから。

それでも一度覚えた不安は簡単に消えてくれなくて、他人を見るような眼差しじゃなくて、その澄んだ黒の瞳で俺をちゃんと見て欲しくて。何より彼女の可愛らしい唇から俺の名前を呼んで欲しくて、悪いと思いつつ寝ているサクラの肩を強く揺すって無理矢理起こしたのだ。


『はぁ…それはなんともあり得ぬ夢だな』

「サクラ」


朝が弱いサクラが、尋常じゃない俺の様子に普段では考えられない早さで意識を覚醒させたのは数分前。

いつだって余裕で物事を構えている彼が、震える声でしかも泣きそうな顔で顔を覗いていたからなのだが――…当の本人は気付いていない。

余程怖い夢だったのかと話を訊けば、サクラにとっては拍子抜けするような内容で。彼女は、何とも言えないような表情を浮かべた。

うわ言のようにサクラと彼女の名前を呟く彼の背中に手を添えて、宥めるようにとんとんと叩く。

リズムよく叩かれる彼女の体温に不思議と落ち着いて来て、もう一度彼女の名前を呼んだ。


『うぬ?』

「俺の名前を呼んで」

『…コンラッド』

「……」

『コンラッド?』

「うん。もっと」


自分の名前を奏でるサクラの声は、まるで子守唄みたいな安心感を俺に与えてくれる。

サクラの肩に顔を埋めて、聴覚と触覚で、愛おしい存在を確かめた。


――サクラは俺のだった。あんなのにサクラを渡してなるものか。

ただの夢だと笑い飛ばすほど今の俺に余裕がなくて。同時にあんな胸糞悪い夢の登場人物に対しての憎しみが浮上して、ヤツ見付け次第この怒りをぶつけようと今日の予定をひっそりと立てたのだった。

八つ当たり?俺の夢に勝手に出てきて、俺の気分を害したヨザックが悪い。




悪夢

(サクラは俺のだから)
(何を今更…隊長、寝ぼけてるんですか?)
(……殺す)
(ちょ、隊長!?って…ぎゃぁぁぁぁ)


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