食べたかった



本格的に寒くなって来た今日この頃。


『眞魔国も寒くて丁度よかった!』


地球では十月に入り、一気に寒くなって、最近夜は掛布団なしでは寝れないくらいの寒さで。

秋かー秋が過ぎたら、今年も冬に入るのかーなどと悶々と考えて。

寒くなってからの楽しみといえば、ブーツを買ってお洒落をしたり。他には秋刀魚を食べたりとか、モンブランを食べたりとか、この時期でる新商品のお菓子を食べたりとか、食べてばっかだな己は。

そう食べてばっかりだから、秋、冬は太るのだ。加えて、冷え込むから運動とかしたくない季節だしな。悪循環である。でも食べるのは止められぬ。


『マッチ湿気てしまった……、が、しか〜し!死神をなめてはいかんぞ!』


周りに人はおらぬのに、誰に言うでもなく、そう言ってみた。一人だと独り言って多くなるぞ。

結城を共に食べようとバイト先の店長から貰ったさつまいもを、集めた木の葉の中に隠して、いざ火をつけようぞって時に、肝心のマッチはスタツアした際に水に濡れて使い物になれぬようだった。


――チッ。眞王のヤツめ。

怖い者知らずのサクラは、苦々しく神のように魔族の人達に崇められる眞王陛下に悪態を吐いた。

文句を言ったのは一瞬で、すぐに己は鬼道が使えるではないかッ!それに朱雀もいるし、問題なかった!と、問題解決して、独りでほくそ笑んだ。実に怪しい光景である。


『焼きすぎないよう気をつけねば』


ついでに暖を取ろうと、煙立つそれに手をかざして、はうっと息を吐き出した。吐き出された吐息は白く、同じく白く上がる煙に溶け込んだ。


『おぉぉー温かい』


生き返るー。否、もとより死んでおらぬが。

秋冬でのスタツアは、しんどい。心臓に悪いと思う。

いつか心臓発作で死ぬのではないかと危惧しておるのだが……いつだったか、この不安をコンラッドに話したら、彼は「では、すぐにギーゼラを呼びますね」と、爽やかに微笑んでみせた。まったく安心出来ぬのは何故だろうか。

そんな話をしてから暫くは、ギーゼラと共に迎えに来ていた。が、ギーゼラも仕事があるだろうと、途中で断ったなんて事があった。これには、ユーリも村田も苦笑していた。




「こっちです!」

「あぁぁぁそんなっ」


枯れ葉に火をつけてから数分。

何やら、騒がしい声と、隠しもせず鳴らされる足音がバタバタと聞こえて、そちらに顔を上げる。視線の先には、優雅にそびえ立つ血盟城で、何処から音が奏でられてるのか、見えぬ。

気配を辿ると、どんどん己が立っておる場所へと近付いていて。

誰なのだろうかと、ぼんやりと考えていた。


「王の御膝元で何があったのでしょう」


近付いてくる人物の声がはっきりと耳へ届いて、この声の持ち主がギュンターだと気付く。彼の声音には、焦りと悲観が籠められていた。


――なんだー?何かあったのかー?

もはや他人事のように、耳を傾けつつ、茶から覗く赤に視線を戻した。まだかな?

今日は、なんでかユーリと村田と同じ場所に飛ばされなかったようで、私は中庭の噴水から出て来た。

着替えに自室へ行けばいいのに、ちょうどお腹がすいていて、ちょうどさつまいもを手にしておったから、暖を取るついで……いやいやもはやどちらがついでか怪しいが、焼き芋を食べようとこのような状況に。

うぬぬぬ、いいのだ!秋は食い意地が張るのだ!致し方ない。

ユーリや村田が心配だが、恐らく二人は同じ場所に飛ばされたのだろうから、大丈夫だろう。今頃オリーヴと共に己を探しておるかもしれぬ。彼等が現われる前に、やきいもが出来上がったら、皆で食べよう!



「サクラ様ッ!」

『ぅ…、ぬ……、?』

「こちらです!えぇいっ、早くしなさいッ」



ばしゃり。





「サクラ様ぁぁぁ!ご無事ですかああああああああー!!!!!今、そちらへ馳せ参じますうううううううー!!!!!!!」


名を呼ばれて、声がした二階の回廊を見上げようとした――…ら、上空から、液体が降って来た。


『………』


掛けられたものが、水だと気付いた時には、全身ずぶ濡れで。言葉が出ぬ。現実逃避しそうだ。

若干、遠くなるギュンターの声を聞きながら、半眼で、硬直した。ゆっくりと上を仰げば、二階から兵士がバケツを持ってるのが視界に映る。

どうやらあの若い兵士が私に、水をかけたみたいだ。何の恨みがあって、この寒い中、水を浴びなければならぬのか。指示をしたギュンターに問い詰めたい。こちらへ下りてきているだろうギュンターを半眼で待つ。

先程まで、温まっておったのに無駄になってしまったではないか。

ひんやりとした風が右から流れて、ぶるりと身体が震えた。


――寒ッ。



「大丈夫ですか」

『……コンラッド…いや、大丈夫ではない』


掛けられた声と共に、ふわりとコンラッドの香りに包まれて。渡されたコンラッドの上着をありがたく借りる。

のろのろと顔を上げれば、香る匂いと同じ爽やかな笑みがそこにあって、ほっと胸を撫で下ろした。コンラッドの笑みを見るだけで、胸がぽかぽかするのだ。


「中庭からのろしが上がったって聞いたんだけど――…」

「なんで城にいるのにSOS?…って、サクラッ!?なんかあったのか?」


のろしだと?


「サクラ様ッ!御無事でこのギュンター安心しましたっ!」

『………』


村田に、ユーリ、それから鼻と眼からいろんな汁を出しながら走り寄ってくるギュンター。

ぞろぞろ集まる彼等を見つめて、質問に無言で返す。


――のろしって。のろし。のろしッ!?

漆黒の姫だからだとかいって、兵士達は必要に己に近寄らぬのに、水をかけるなど無礼だと捉えられる行為に彼が走ったのは。

いつもと変わらぬ通常運転に見えるが、ものすごく心配しているギュンター。

彼等が勘違いしておるのはすぐに気付いた。けれど。

私の意識は、彼等の誤解ではなく、彼等の科白に思い出した枯れ葉の山を振り返って、消えた火種に、またも言葉を失った。


『………』


茫然と様子の可笑しいサクラに、やはりのろしを上げるくらいの困った事があったのではないかと――…彼女の一挙一動を見守る。

村田は探るような視線で、ユーリは小首を傾げ、コンラッドは涼しげな表情で。ギュンターだけが泣いていた。



三者三様の反応を示す彼等を見つめて、大体の状況を把握した己の第一声は、


『……わたしの…やきいも……』


やきいもだった。

辛うじて出た声は震えていて、いかに身体が冷え込んだのか物語っておるだろう。

楽しみにしていた物がダメになった時の喪失感ッ!この気持ちが分かるかッ!?タダで貰ったやきいもを、ダメにされた時の己の気持ちが判るかああああああ!?




食べたかった

(焼き芋にしたかったんだね)
(何だよー何があったのかって思ったのにー)

(わ、わわたしの…やきいもが…)

(大丈夫ですか、サクラ?)
(う、うううう…心配してくれるのはコンラッドだけだあ)


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