※もしも夢主がダイエットを始めたら。
「今日からアイツの婚約者」夢主の場合。
☆☆☆
「エンギワルぅぅー!!!」
フォンヴォルテール卿グウェンダルの朝は、エンギワル鳥の鳴き声から始まる。
現魔王陛下のシブヤ・ユーリの摂政をしているが、グウェンダルは領主であるし軍人故に、朝早く起きてしまう。
身体を動かしたり、溜まっている書類を捌いたり、その日によって朝の過ごし方は違うが……最近は、書類に追われる日々だった。
「……」
昨夜までに、締切が近い書類は捌き終わっていて、後は魔王の印待ちだ。故に、今日は、特に急ぎの書類はなかった。
こんな晴れた日は、ゆっくりとしたくなる。が、ユーリが仕事をサボるとその後始末が自分に回ってくるのは目に見えているので、今日も今日とて書類を捌こうと一日の行動を決めた。
赤い悪魔は、昨日から血盟城にいない。
安心するのは、まだ早い。平穏を脅かす敵はもう一人いる。そうフォンクライスト卿ギュンターだ。
まあ、そのギュンターも、ユーリがいる為に汁まみれで仕事をしてくれないが、ユーリがいてくれるからこそ彼の相手は自分には回ってこない。
今日は、ゆっくりと自分のペースで仕事が出来る――…はずだった。
『ひー』
サクラが来るまでは。
「……」
『ひーまーだー!』
「お前も仕事しろっ!」
『…仕事は、締め切り前にするから問題ないのだ!』
「オリーヴが嘆いてたぞ」
『うッ。……私は、締め切りに追われないと仕事に身が入らぬのだ!い、致し方ない』
ユーリに比べて、サクラはちゃんと締切に間に合わせて仕事をしてくれるが、書類に向き合うまでに時間がかかるのだ。
振り回されている彼女の部下――ブレッド卿オリーヴに、グウェンダルは心の中で合唱を唱えた。ユーリとサクラのような人物を上司に持つと、いろいろ大変である。嬉しいような悲しいような。
ふと、そこまで思考して、ここ数か月地球に帰ってないサクラが、この数日朝食も、昼食も、ユーリ達と一緒に取ってないのを思い出す。
ユーリとサクラが滞在している間は、ヴォルフラムもグウェンダルも自分の城へは帰らず、全員で食事を取るのが習慣だ。毒見も出来るし一石二鳥だと、秘かに思っているのは二人に内緒である。
流石に、夕食は一緒に食べているけど……朝も昼も、顔を出さないなんて、ひょっとしてコンラートと喧嘩でもしたのだろうか?
「コンラートはどうした?」
『うぬ?コンラッド?ユーリと共にいるだろう。今日は城下に遊びに行くとか言っておったぞ』
喧嘩はしてないらしい。
今、サクラは、魔王とコンラートは、城下に行くとか言ったか?仕事をせずに何をしているのだっ!!
心なしか頭痛がした。
いや、この際それは横に置いとこう。どうせ何を言ってもコンラートの奴は、魔王に甘いので、説教しても無駄だ。
「最近、朝食も昼食の時間も姿が見えんが、部屋で食べてるのか」
『……ぬ、あー…』
そこまで言って、ソファで座るサクラから、言葉を濁す声に、顔を上げる。
視線の先では、サクラが視線を彷徨わせていて、これは何かあるなと勘付いた。予想がつかないことを仕出かすのが我らが魔王と漆黒の姫であり、違和感を感じたら追及するに限る。
「今度は何を企んでいる」
『何も企んでおらぬわッ!!失礼なヤツだな!』
「なら、なんだ?」
『……近々な、眞王のヤツが地球に帰すと言って来たのだ』
ああ、と、相槌を打つ。
チキュウとやらに帰られたら、仕事が溜まるが…そんなに日数を立たずに、眞王陛下が二人をこちらに呼び出してくれるので、問題はない。なら、サクラは何を懸念しているのだろうか?
『地球に帰ったら、学校があるのだが――…』
そうだった、二人は地球では学生だった。
サクラのこの様子から…何か、危険なことがあるのか?それならば、危険が迫っていると知っていて二人をチキュウとやらに帰すのは出来ない。
『身体測定があるのだ!』
「……は、?」
『身体測定だ!つまり、だ!体重測定もあるのだッ!!こちらに来ると、メイドが作るケーキが美味しくて食べ過ぎてしまう。だが、しかし…地球に帰るとなると、痩せねばならん!』
「つまり、ダイエットの為に、朝と昼を抜いているのか」
『うぬ。そうだ!』
――何だ、そんな事か。
男のグウェンからしてみれば、サクラは充分痩せている。女性の、ダイエットにはつくづく理解に苦しむ。
それ以上痩せたら、ガリガリになってしまうぞと発言したかったが、視界に映るサクラの顔が思いのほか真剣だったので、口を噤んだ。
それよりも、夕食時にもサクラは、あまり食べていないようだったので、彼女の体調管理の方が心配だ。
「一日、一食で、倒れても知らんぞ」
『んなっ!倒れるわけなかろう!これでも、数週間は食べなくても生きていけるのだッ!む、昔の話だけども!』
死神なめんな!と、叫びたかったサクラ。
前の世では、食べずに戦いっぱなしだったこともあった為――…空腹感は感じるが、倒れることはなかった。鍛えていたからな!
サクラは忘れていた。今は、魂の状態ではなく、肉体があることを。
そしてこの数分後、グウェンダルの前で、倒れるのだった。
□■□■□■□
「エンギワルぅぅー!!!」
一昨日は、サクラが貧血で倒れて、城の中は騒然とした。
まあ、貧血だったから、胃に優しいものを食べさせて、代わる代わる説教をして。で、昨日、幾分か彼女の体調が戻ったのを、ほっとした途端に、サクラとユーリは自分達の目の前でチキュウとやらに帰って行った。
今日こそ、ゆっくり仕事が出来るかと、意気揚々と自分の執務室に来たら――…、
「なにをしている」
弟のウェラー卿コンラートがいた。
彼は、漆黒の姫であるサクラの婚約者だって事は、周知の事実で。サクラがチキュウに帰ったら、目に見えて落ち込むくせに、何故か目の前にいるコンラートは機嫌が良さそうだった。
「陛下も、チキュウに帰られて暇だからな」
用は暇つぶしか。
サクラと言いコンラートと言い…暇つぶしに来ないで欲しい。用があるなら話は別だ。
「サクラがいないのに、随分機嫌がいいな。体調が良くなってきたからか?」
なんとはなしに尋ねたその質問に、コンラートの顔がだらしなく緩んだのを見て、この話題の選択は間違えたかと、グウェンダルは後悔した。
「サクラがいないのは、残念だが……聞いてくれ、グウェンダル。貧血で倒れたサクラに、説教をしてたら」
「…あぁ」
一昨日も、昨日も、グウェンダルや、コンラート、それからユーリやギーゼラに、説教の嵐に見舞われたから、これでサクラは、ダイエットをしようなど、もう言い出さんだろう。
「俺に、愛想を尽かされたくなかったから、痩せようとしてたらしいんだ」
「………(身体測定があるからではなかったのか?)」
「可愛いだろ?俺のために痩せようとしてたんだ。あのままでも、可愛いのに……俺のサクラは世界一可愛い。馬鹿みたいな事に真剣になる所とか。なあ、グウェンダルもそう思うだろ?」
「………」
ここで、頷けば、狙ってるのかと言われるのが落ちで、だが首を左右に振れば、サクラが不細工だと言うのかと眼を吊り上げるに違いない。
「……惚気は余所でやってくれないか」
サクラと言い、コンラートと言い…こいつ等は、日々行動が似て来ていると感じるのは気のせいだろうか――…。
コンラートが話していた通りならば、サクラのダイエットの理由も、惚気に繋がるに違いない。
何はともあれ。
平和です。
(書類が待っているんだ)
(サクラもコンラートも)
(惚気は、余所でやれっ!!)
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