読書の秋
不意に空気の振動を感じて、私は熱中していた本から顔を上げた。
『コンラッド…。……いつからそこにいたのだ』
顔を上げれば、本を読み始めた時にはいなかった彼が、テーブルを挟んで私の前に座っている。
まさかコンラッドが目の前におるとは思わぬかったので、サクラは目を丸くして彼に尋ねた。
窓際からふわりとカーテンが揺れて、穏やかな風が流れ込む。
『声をかけてくれれば善かったのに。コンラッドも暇だっただろう』
愛おしげに私を見つめて来るコンラッドに、頬に熱が集まるのを感じて、誤魔化しながら、早口で文句を垂れた。
視線を泳がせるサクラの反応にコンラッドは笑みを深める。
「真剣に本を読むサクラを見るのが楽しくて」
『〜〜っ!悪趣味だぞッ!』
「読書の邪魔をしたくなかったのもあるけど、何も会話しなくても、こうやって一緒に時間を共にするこの瞬間も俺にとって大切なんです」
とろけるような笑みを浮かべて、聞くだけでも照れる甘い言葉を口にしたコンラッド。
サクラも例外ではなく瞬時に顔が真っ赤になった。
『きっききき貴様っ!善くそんな恥ずかしい事を口に出来るなッ!』
「本当の事ですから」
『〜〜ッ!!』
これ以上言うと、本気でサクラは怒るなと判断したコンラッドは、すぐさま話題を変えた。
だが自分が言った事に嘘はない。真剣に本を読んでいるサクラの横顔を眺めたり、何を会話する訳でもないけど、サクラと一緒に同じ空間にいるだけで、その時間が幸せな物へと変わる。
ストレートに気持ちを吐露したら、サクラは顔を真っ赤にして怒ったりする。
自分の言葉に照れて真っ赤になるサクラもの姿を見るのも、俺にとって幸せな瞬間。
「何の本を読んでるんですか?」
――まさかアニシナの本じゃないだろうな…。
『うぬ?これは地球の児童向けの本だ』
「児童向けの?」
『うぬ、だが莫迦にしてはいけぬぞ。十一歳になる少年が主人公でな、魔法学校に入学して、学校生活や親を殺したある敵と戦ったりする話で、大人にも人気を博しておる話題の本なのだ。これはちょうどその一巻だ。
…――読んでみるか?日本語も判るのだろう?』
「いいんですか?」
『ああ、もう私は読んだしな。友達に貸す約束をしておった所に、こちらに飛ばされたから……地球に帰る前に返してくれれば問題はない』
「ではお借り致しますね」
私は、はいッとコンラッドに本を渡した。
『読書の秋だからなー』
私から渡された本を大事そうにテーブルの隅に置いたコンラッドを見ながら、私はポツリと零す。
コンラッドは興味あるのか、こちらに視線を向けて来た。
『運動の秋とか食欲の秋だとか、読書の秋とか秋はいろんな事をしたくなる季節だって言われておってな。私の友達も秋だからって、普段は本を読むようなヤツではないのに、本を貸してほしいと言いだしてな』
「実りの秋とも言いますね。――サクラはどの秋ですか?」
『う〜ぬ……食欲の秋だと明言したいが……あまりだらけ過ぎると玄武のヤツに毒づかれるしなー…』
「ははっ玄武は容赦ないからな」
『うぬ。運動の秋だって事にしてくれ』
たわいもない話に、私は不意に先程コンラッドが言った言葉を思い出した。
――私も……こんな何気ないコンラッドとの時間が好きだなー。
そう思った瞬間、サクラはボボボボッと顔を赤面した。
「?どうかしたんですか?」
『べっべべ別にッ!』
きょとんをこちらを見るコンラッドから視線を外して、私は紅茶を一気飲み干す。
窓から吹いてきた風が己の頬を撫で、熱が集まった頬にその風はひんやり感じた。
読書の秋
(う、うぬぬ…)
(コンラッドの目を見れぬッ)
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