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動物や子供は、視えないものを見る力を持っている。
咲夜があたしの姿を当たり前のように捉え、ルキアの元へと連れて行ってくれているのは、不思議なことではないように思えた。それよりも、瞬歩で速く動くあたしに負けない速さで前を走る姿の方に疑問が湧く。
『――っ!』
――石田の霊圧がッ。
弱くなるのを感じあたしは案内してくれていた咲夜よりもスピードを上げた。放置していたら命に関わる、消えそうな灯火。
眼界に映り込んだ光景に、息を呑む。明らかに戦闘していた様子の人物達。目当ての人は地面に倒れている。
『っ(石田ッ)』
走りながら斬魄刀を鞘から抜く。キラリと刀身が光った。
血を流して倒れる石田、石田の足元で刀を振り上げる死覇装の派手な頭をした男。あたしの目が極限まで見開いた。内心舌打ちする。――間に合えッ。
「もしもの時まで、その帽子を持ってなさい…外に出る時は必ず被るんっすよ」喜助はこうなることを想定していたらしい。
昨日騒ぎの最中に渡された帽子を、有無を言わせぬ雰囲気を醸し出した喜助の忠告が頭をかすめた。意味深なものを残したルキアと喜助にホント嫌な予感しかしない。
石田は既にあたしの中で守りたい者にカテゴライズされている。手は出させねェ。
「そんじゃ。トドメといっとくか」
帽子の鍔からルキアそれから傍観者のように眺めている男が一人見えた。敵は、今まさに石田の息の根を止めようとしている男とソイツの二人。瞬時に状況を把握した。
「死ぬ前によーく憶えとけよ」
「――…」
「阿散井恋次。てめーを殺した男の名だ」
石田の前へ急いで駆け付けて。
今まさに攻撃せんとしている男を見上げれば――…、
『!』
石田を庇うあたしを更に庇うように、赤毛の男に攻撃をした一護がいた。
「……死覇装、だと…?」
第三者の登場に、赤毛の男と頭に変な飾りをつけた男が瞠目しているのをしかと見た。
赤毛の男は、「なんだテメーらは…?」そう茫然と呟き、静かに立っている連れの男は眉をぴくりと動かしただけだ。月を雲が隠し、見えていた彼等の貌も暗闇に隠れた。感じる霊圧が、誰がどこにいるのか教えてくれる。
「何番隊の所属だ!?何だその……バカでけえ斬魄刀は!?」
「なんだ。やっぱりでかいのか、コレ」
石田に止めを刺そうとしていた男が驚くのを、きょとーんとしながら面白がる一護。その仕草と継がれる言の葉が敵を煽る。
「ルキアのと比べて随分デケーなとは思ってたんだけどな…。なにしろ今まで…比べる相手がいなかったからよ!」
『比べる相手ならあたしだっているじゃん』
「いや…お前もルキアも女だから俺に比べて小さいのかと思ってた。……ちげーのか?」
『知らん』
「ね…ぇ、…越前さん…、どうして。……一護!莫迦者…何故来たのだ…!」
ルキアが“越前さん”と訂正したのを地に臥せっていた石田が、霞む意識を叱咤し眉を寄せて。
「…そうか…読めたぜ。てめぇが…ルキアからチカラを奪った人間かよ!」
敵の一人は、現世へと来るはめになった元凶を見付け、不敵に笑ったのだった。
「だったらどうするってんだ?」
「殺す!!」
中央四十六室が下した命令は絶対。
オレンジ頭のこの子供は、ルキアから死神の力を奪ったヤツで。虫の息の男の状態を確認するべく、しゃがみ込むもう一人の死覇装のソイツに目を向ける。身体の線からして女。
顔は深く被られた帽子により分からねぇ。女がどうやって死神になれたのか、疑問に思う。ルキアとも面識のようだし…無関係でもないだろう。
「――黒崎……一護…」
小さく吐き出された上司の存在を背後で感じ、とりあえずオレンジ頭を先に相手をして、女の方は後で始末することに決めた。火種は早々に摘んでおくに限る。
「終わりだな」
上司を待たせたくない。なによりルキアを尺魂界へと連れて帰りたい。赤毛の男はその一心だった。
ルキアを連れて戻ればどうなるかなんて、赤毛の男だって規則に煩い男を上司に持っているからこそ知っている。彼女は知らないだろう、自分は副隊長へと出世していたのだから余計に情報は入っていた。
ルキアが現世で行方不明になったのも、人間に死神の力を譲渡したのも、一般隊士のままだったら知りえないものも全部。
『石田、』
鍔迫り合いに発展した音を訊きながら、あたしは石田の身体を仰向けに動かす。その際見えた赤い水溜りに、眉を寄せた。
何度かルキアの鬼道で治療してもらった経験から、鬼道の使用用途が攻撃以外にも使えるのだと学んでいるから――…躊躇いはない。あの温かい感覚を思い出しつつ、患部に翳したあたしの手の平は、治療を始める前に石田に掴まれ止めざる負えなかった。
『石田、治療しないと』
「…越前さん」
――止血しねぇと、危ないのは他でもないテメぇが分かってるだろうに。
途切れ途切れに、逃げてと言われ、眉間の皺を深くした。なにを言っている?なにから逃げろと言うのだ。
「越前さん、良く考えるんだ」
『石田、』
「朽木ルキアが、君の呼び方を訂正していただろう。君と彼等のどちらかと知り合いなんじゃないのか」
『――…』
その危険性は考えてなかった。石田の指摘に息を呑む。
さして問題ないとルキアの越前呼びをスルーしていた。そうだ。ルキアの知り合いならば、前のあたしを知っていてもなんらおかしくはないじゃないか。どうして気付かなかった。
刀と刀が合わさる音が止み、「終わりだな」と、耳を撫でた勝者の音声は、あたしが望んだ者ではなくて。
「てめーは死んで、チカラはルキアへ還る」
はッと顔色を変え、一護を振り返った。見えたのは膝をつく一護と顔面蒼白のルキア。あたしの顔面からも血の気が引いた。
――石田がやられ、一護まで…。
敵が相当強いのは、考えなくても視界から得られる情報から痛感した。
「そしてルキアは尺魂界で死ぬんだ」
え…と小さく吐息が零れる。赤毛の男が告げたソレは信じる事が出来なかった。
どうして?尺魂界はルキアの故郷なのでしょ、尺魂界はルキアが働く場所なのでしょ?どうして連れて帰られた先で死ななきゃいけないの。
赤毛の口ぶりは、誰かがルキアを殺すのだと疑ってないような感じで。あたしは信じられなかった。鈍くなった頭で、彼等を見つめる。
「しっかしバカだなてめーも。……てめぇもな」
赤毛の男が振り向き、あたしにも釘を差す。
「せっかくルキアがてめーらを巻き込まねえように、一人で出てきたんだ。大人しくウチでじっとしてりゃいいものを。追っかけて来ちまいやがって…」
ぺらぺらと喋り続ける男とは違い、もう一人の男とあたしは、動く影にいち早く気付く。
「てめーなんかが追っかけてきてどうにかなると思ったのかよ?てめーみてえな俄か死神じゃオレたち本物には傷一つだってつけられやしねぇ――…、!」
「おっとワリー…。話の途中だったけどよ。あんまり隙だらけだったもんで。つい手が出ちまった…話の邪魔したか?悪いな。続きを聞かせてくれよ、“傷一つ”が…何だって?」
「…てめえ……!」
顔面に一太刀入れた一護に、ほっと息を吐いて。石田を見下ろした。納得していないもの言いたげな石田を無視して治療に当たる。
石田が何か言おうとしたのか不自然に開いた唇から、ひゅうッと呼吸音が零れていた。
『喋るな、石田』
「…気を抜きすぎだ。恋次」
カンナと背後の男の喋りが重なった。
だから、「…朽木隊長」と、赤毛の男が紡いだその名を聞き逃していた。
「何がスか!?こんなヤツにはこんくらいで…」
「…その黒崎一護とかいう子供…」
一護は自分の足で立っている。まだ大丈夫だろう。石田に比べればの話だが。
後ろの方で、一護と対峙している彼等が一護について話しているのを、治療を施しながら傾聴する。
「見た貌だと思ったら…三十時間前に隠密機動から映像のみで報告が入っていた。――大虚に太刀傷を負わせ虚圏へ帰らせた…」
「(メノ…?何だ…?あの鼻デカノッポのことかな…)」
『(あぁ…アレか。……ん?この声…どこかで…)』
「ぶっ!ぶははははっ!!ははははははははっ!!!」
突然の笑い声に油断していたカンナと一護はびくんと肩を揺らした。
「やってらんねーな!最近は隠密機動の質も落ちたもんだ!!こんな奴がメノスに傷を負わせた!?」
「こんな奴!?」
「そんな話、信じられるワケがねェ!!」
「――恋次」と、赤毛の男に比べて冷静だった男が窘めていたのに。赤毛は聞く耳持たず興奮しているようだ。
「だって見ろよ隊長!こいつの斬魄刀!!デカいばっかでみっともねえったら無え!霊気を御しきれてねェのが丸見えだ!!」
一護と石田がメノスを追い返したのは事実だし、運も実力の内だ。アレは一護の実力だ。彼を馬鹿にする男にムッとする。
「オイてめえ!その斬魄刀なんて名だ!?」
「あ!?名前!?無えよ、そんなもん!…てか斬魄刀に名前なんかつけてんのか、テメーは!?」
オレンジ頭の返答に、呆れた溜息を贈る。
「…やっぱりな」
チラリと、帽子の女を一瞥して。どうせあの女もこの男と同じように斬魄刀の名前など知らないんだろうと、人知れず嘲笑。
自分の上司――朽木隊長は、オレンジ頭…あー黒崎一護だったか、の力を侮るなと言外に込めていた。この調子じゃあ隊長の気にしすぎだと笑う。ルキアの力を奪って、心を奪ったオレンジ頭と帽子の女には負けねぇ。
「てめーの斬魄刀に名も訊けねえ!!そんなヤローがこのオレと対等に戦おうなんて」
低く轟く声音に殺気が込められているのを、カンナは敏感に感じ取った――…。
「二千年早ぇェよッ!!!」
「!斬魄刀が…!?」
「咆えろ蛇尾丸!!前を見ろ!目の前にあるのは…」
赤毛の男の斬魄刀が変化して、伸びて蛇のように一護に伸びていく。
「てめえの餌だ!!!」
『っ、(一護っ)』
力が入らない手で顔色を変えた彼女を止めようとした石田だったが、誰も彼に気付かず、敢え無くその手は宙を切った。
数秒置きに状況が激変する様に、見てるだけしかできないのが悔しくて歯噛みする。滅却師としてプライドを持っている石田にとって屈辱的だった。自分は黒崎のようにあの男の相手を長く努められなかった。
朽木ルキアを助ける点では彼は頑張った方だろう。僕に比べて。
駆け付ける越前さんもまた、冷静に見て黒崎より現段階で実力は上で――…劣勢の戦いだったけれど、自分に比べて強かった二人。自分が情けないと石田は、赤毛の男の攻撃を一護の代わりに受け止める越前さんを眺めながら思った。
『甘美に咲乱れ…水鳥、羽搏き散り魅せる睡蓮鳥』
これで全て終わりだと、勝利を目前ににやりとする赤毛の男と一歩義妹に踏み出した黒髪の男の耳を、朽木隊長と呼ばれた男と似たような涼し気な女の声が擽った。
死神なら判る。馴染みの斬魄刀の始解。楽しそうに、まるで歌うように紡がれたその音は、二人を金縛りにあったかのように硬直させた。
この場で誰よりも強いと自負して傍観に徹していた貴族の男は、同時にありえないと思った。思考が面白いくらいに止まる。
『――水鏡』
雲に隠されていた月が姿を現して、鋭い刃を受け止めたカンナの面差しを辺りに晒した。
――水鏡
文字通り、長方形の水の鏡を指定した空間に作り、敵の攻撃を防ぐ技。鏡のように相手にそのまま跳ね返すことも可能。
カンナは変形した相手の斬魄刀を、クッションのように勢いを和らげ、一護を庇った。背部で一護の乱れた息遣いが聞こえ、月明りのお陰で敵の形相をお互いにはっきりと目視した。
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