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ぱちりと目を開け、虚ろな目で部屋から見える月を見上げた。今夜は満月。

先程見た夢のせいで気が晴れないからか、綺麗に輝く月が不気味に見えて仕方ない。どこからか聞こえた猫の鳴き声が、意識を部屋へと戻した。


「にゃーん」


暗闇で紅い瞳が鈍く光る。

なんでかなにか言わないといけない気になってしまい、『…夢を見た』と、ぽつりと告白。当然返事などなかったが。構わず、闇を照らす唯一の月光へと目線を戻す。


『胸騒ぎがする』


――ルキア…。

昼間のルキアの様子がおかしかったのが気になってたから?こんな夢を見たのか。

ルキアの様子がどことなく変だったのは、石田との一件から一日しか経っていなかったからと考えるのが自然。胸騒ぎを冷静に対処してもスッキリしない。

無意識にルキアの霊圧を辿るあたしの前で、咲夜が窓枠へ身軽に乗っかり、低く鳴いてみせた。


『…案内、してくれるの?』

「にゃん」


パジャマ姿のままよろりと立ち上がれば、もう一度にゃんと鳴かれて。死神になれと言われたのだと悟る。

素早くアルフレッドと入れ替わり、もの言いたげな彼を無言で黙らせ、咲夜に続き二階から飛び降りた。


「今夜は絶対家から出ないで下さい」

『(ルキアっ)』


怪しく光る満月の下を、必死な形相で猫と共に何処かへ向かうカンナの背中を――…自宅の工事が終わるまで居候している織姫と、自室の窓から眺めていたカンナの弟が、見つめていたなんて。振り返った黒猫しか知らない。




 □■□■□■□



何かに勘付いたカンナが動き出すほんの数刻前。

まだ見ぬ尺魂界にて――とある命を受けた男二人の影が動き出していた。とある命とは。


「座標は?」


赤髪の派手な男が、牽星箝を髪につけた男に問いかける。

牽星箝――貴族のみが身に着ける事を許された髪飾り。つまりソレは一目見て男が貴族だと分かる印。

問われた男は静かに目を閉じた。瞼に焼き付く彼女との思い出に浸る。約二十年ほど前に、身を焦がす恋をし何よりも大切だった彼女を失った。一生に一度の恋だった。娶りたいと思ったのも後にも先にも彼女だけ。


『ルキアという名らしい』

「それがアレの妹か」

『アレとか言わないでよ、あたしの親友なんだけど』



死神の生からしてみれば、二十年など長い時ではない。


『ルキアが見つかった!』

「そうか。良かったな」



けれど、物心ついた頃から一緒にいた男からしてみれば、長い時間だった。失っても尚、身を焦がすこの想い。


『ルキアが死神になるって言い出した』

「そうか」

『……こちらに呼べないかな』

「…今度は兄が引き取ればいいだろう」

『そうしたいのは山々、……知ってるでしょ、あたしの家のコト』



滅多に言わない彼女からのお願いを、男は溜息一つで許した。


「カンナでなければ、そんな頼みなど一蹴したものを」

『へへへ〜。なんだかんだ言って、白哉って優しいよね』

「カンナの頼みだから引き受けるのだという事を――いい加減理解してくれないか」



決して表情豊かな彼女ではないけれど。

突き放した物言いの彼女は、見た目も相まってクールに見える彼女は、感情が高ぶると口が悪くなって。彼女を知らない人から良く誤解を受けるような性格だったけれど。

自分よりは感情をその顔に乗せる彼女が男にとってなによりも魅力的で大切だった。

彼女は男よりもずっと感情豊かでいつも人の中心にいて誰かを見守っていた、優しい人だったんだ。

彼女が嬉しそうに口元を綻ばせるだけで、自分も幸せで。貴族としての家の規則や、隊長としての責任など、彼女の隣では男は素でいられた。


「未確定だ」

「オーイ。じゃあ俺等ドコ向かって飛ばされてんスか?」


彼女を失って、素ではいられなくて。周りの期待に一心に答える日々だった。そして与えられたこの命令。


「出るぞ。地獄蝶を放せ」

「――捕えよ、さもなくば殺せ」


二人は現世へと歩を進めた。二人の間を優雅に黒い蝶が飛ぶ。


「死神の仕事じゃないスよね」


この二十年の間――彼女がいなくとも、朽木ルキアを男はちゃんと妹だと認識していた。男なりに可愛がっていたから。

不器用がゆえに、それがルキアに伝わることは一度としてなかったが。

亡き彼女からの頼みを、義妹を見殺しにしていいのか――…。


「…そうでもないさ」


命を受けてからずっと。男は同じ問いを何度も何度も、自問自答していた。

記憶の中でしか会えない彼女には、なにも言えなかった。





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