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七【尺魂界の使者】
『――ってさ』
エコーがかったあたしの声。
『意外と天然だよね』
全て思い出せてなくても、だいたい想像がつくようになって来た。これはあたしの過去。
正直、前世だの死神だの、越前カンナであるあたしには関係ないと思っている。ルキアや喜助、石田の祖父など、関わりがある人達との思い出は取り戻したい気持ちはあるが、それはやはり過去の記憶なのだ。
あたしにとって今を生きるこちらの世界の方が大事。
以前は、違和感の正体を突き止めれば、あたしがあたしでなくなるかもしれないと――怯えていたけど。恥ずかしい限りだ。
シンプルに考えれば、あたしはあたし。越前カンナなのさ。
「なにを言っている」
そう。だから――…、
『ボケてるようで真面目なところとか。時々あたしもツッコんでいいのか分からなくなるよ』
あたしを揺さぶるような記憶は、今更いらない。ルキアとの微笑ましい思い出なら大歓迎、けれどね。
いつものように、夢を通して過去を“見ていた”…自分の表情が苦し気に染まっているのを自覚していなかった。
起きればきっと今見ているこの光景も。交わした会話も、彼の声も、なにもかもぼんやりとしか覚えてない。忘れてしまう。幸せそうな弾んだ過去のあたしの音声が胸を苦しくさせる。
『…まぁそんなトコが可愛らしいんだけど』
「……可愛いとか言われても嬉しくない。それに私は天然ではない。ボケてもない」
緊急事態でも無表情を保つ常に冷静な彼の頬が、僅かに赤くなっているのを目に留めて。過去のあたしはふっと笑った。
『六番隊の人が――の美的センスを知ったら、あたしと同じ感想を抱くと思うよ』
「兄は、この私の美的感覚が変だと申しているのか」
“彼”は、“あたし”が、死ぬ前に会いに行った人物。彼がルキアの兄?
ふっと答えを誤魔化すように笑った彼女に対して、彼は納得がいかなかったが溜息を一つ落とすだけで、深く追及はしなかった。彼女が笑っていてくれるなら、それでいいかと。
視線を庭にある立派な桜の木に逸らした彼の心情は、彼女には伝わってないのだった。
「――カンナ」
『…、?』
「兄はいつ私の求婚を受け入れる」
『それは、ね』
過去のあたしは、またかと苦笑している。
傍から見たら、二人は恋人同士で。今のあたしから見ても、甘い空気を纏っているというのに。過去のあたしはどんな考えを持っていたのだろう。今のあたしには到底知りえない。
『まだ時期じゃない…というか、その』
「ではいつ私の想いは報われるのだ」
『……』
「私ばかり恋い焦がれているのようで面白くないのだが」
前よりも顔にかかる靄は薄くなっていて、彼がどんな人なのか詳しくは見えないが、恐ろしく整っている容姿の持ち主なのは――了知していた。
「この私のどこに文句がある」
そんな容姿端麗な彼に射抜かれて、過去のあたしと傍観していたあたしの呼吸が乱れた。
すっと細められた冷淡な瞳の奥で熱を発している。
冷たい印象を受ける彼だが、貴族で生まれ育った彼だからこそ傲慢な態度も厳しさも整った顔立ちに似合っていて様になっている。そんな恋人からまたも熱情が込められた想いを投げられ気持ちも視線も揺らぐ。
――文句なんてない。
“あたし”は同時に否定した。
自分の魅力を知っていて自身に溢れている彼が優良物件なのは周知の事実。貴族でカッコよくて隊長で、すべての死神の注目の的。
『桜って――みたいね』
「カンナ。話を逸らすな」
『…文句なんてない。あたし――のコト好きだもの』
「アレのことが気がかりなら――…、」
言ってはならない事を紡ごうとしていた彼を、名を呼んで遮る。
こうやって、夢を通して、一つ一つと思い出しても――…肝心な彼の名前が聴こえない。
『そうじゃない』
「……」
『もう少しだから、もう少し待ってて』
「…兄はいつも私を焦らす」
そんなつもりは…と否定しようとしたあたしを、今度は彼が遮った。彼の口元は、楽し気に口角が上がっている。
こんな楽しそうな様子の彼を、ルキアや部下達が見たら、二度見するだろうこと間違いなし。無表情が崩れる様なんてホント滅多にないから。それがあたしの前だと、いろんな感情を見せてくれるのが優越感で。
「無事にカンナが私の妻となった暁には」
『暁には?』
「たっぷりと私の我儘を訊いてもらう。覚悟しておけ」
熱が宿った瞳でそっと頬を撫でられ宣戦布告されて。あたしの全てを持っていかれた。
――駄目なんだ。
あなたが彼女の療養の為、家に引き入れたのも。
静かに息を引き取った彼女の妹を、義妹として引き取ったのも。全てあたしの為。身動きが取れなかったあたしの代わりに、規則に厳しい家柄なのに無理してくれた。
そんなあなただから、あたしも――…。でもダメなの。
あたしのせいでルキアとあなたがギスギスした関係なのは。ルキアの心が本当の意味で救われて、ルキアが死神として自信を持つまでは、と。
あなたとルキアの間にあたしが妻として本格的に入ってしまったら、更に悪化しそうで、怖かった。
『どうして』
苦痛に歪む“あたし”に、白を羽織った男性も苦しそうに、そうか…と呟く声が辺りに溶け込む。
いつのまにか彼の姿が靄から消えて、今度は別の男性の姿がぼんやりと現れた。女のように伸ばされた長髪の男が、辛そうに眉を寄せていた。彼にその表情は似合わない。
『どうしてっ』
「彼と君は…友だったな」
『……あたしはルキアの心を守って欲しくて君に託したんだけどなッ』
“あたし”と同じくらい……否、それ以上の苦しい声が目の前から放たれる。
「あれはっ誇りを守るための戦いだったんだッ」→
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