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「俺のおふくろは虚に殺された」

「それが理由で虚を倒したいのか?」

「そう訊かれりゃそりゃもちろんそうだ。だけどそれだけじゃねぇ。なんて言うか俺は…俺の同類を作りたくねぇんだ」


あたしがルキアから話を又聞きしたと知られているらしい。

死神の力を得て、何を思って虚を相手にするのか喋り出した一護の目線が、石田にしか向けられていないのを横目に、一人でなるほどと頷く。直接、言われての反応は困る為、それはそれで良かった。


「虚におふくろが殺されてウチの親父も妹達もキツい目に遭った。そんなのはもういらねえって思うんだ」


隙を見付けようとじりじりと距離をはかる敵に、霊圧を上げて威嚇。


「そんなのはもう見たくねぇ。そう思うんだよ」


「悲しい顔を見るのはわしゃ辛い」


目の前にいるのはクラスメイトなのに。師匠――祖父のしわくちゃな貌が重なって見えた。


「俺はスーパーマンじゃねぇから。世界中の人を守るなんてデケーことは言えねぇけど、両手で抱えられるだけの人を守ればそれでいい、なんて言えるほと控え目な人間でもねぇんだ」


真っ直ぐな想いにあたしまで熱くなる。

あたしだって控え目な人間じゃない。けどね。初めて死神の力を手にした時、あたしはそうは思わなかった。守りたいものを守れるだけの力が欲しいと願ったのだ。過ぎる力はいらないと考えた。


「俺は山ほどの人を守りてぇんだ」


そりゃああたしだって、目の前で困っている魂魄がいたら何がなんでも助けるさ。

けど、こうしている間に遠くで死を前にしている魂魄がいると言われても助けに行くかと問われれば――…返答に困る。一護と違って即答はできない。自分とは違う一護の真っ直ぐな姿勢に善望の眼差しを送る。

こんなヤツだからこそ、出逢って三ヶ月もしないケンカ仲間だけど、何かあったら命と引き換えにでも助けたいと思ってしまう。


「石田。どんな理由があってもてめーの持ちかけたこの勝負は、その山ほどの人間を巻き込むやり方だ。ふざけんじゃねぇ」


あたしは、力強いメロディーを耳にふっと息を零した。


「俺はてめーを許さねぇ」


石田が息を呑む音もやけに鮮明に聴こえた。


「カンナはどうなんだ」

『――ぇ』


まさか話をふられるとは思わなんだ。

石田からも視線を向けられ、腹を割って話さなきゃいけない雰囲気に覚悟を決めて致し方なく口を開く。『全部思い出したわけじゃないんだけどね、』と、前置きして。


『あたしは父上を目の前で虚に殺された』


二人が硬直したのが揺れた空気で伝わる。


『他は思い出せないけど、父上が死ぬ夢は物心ついた時から嫌という程見てた。もうあんな想いはしたくない』


前のあたしが大事に思っていた父上の死に際は、客観的に見ていても気分のいい記憶じゃない。


「いいか、カンナ…お前は逃げろ!逃げて生きて、生きて、俺の分まで生き延びろッ!」


見た目年齢四十代くらいの、娘から見ても整った顔立ちの人。

翡翠色の髪に栗色の瞳は、あたしと一緒。精悍な顔つきな父上、あたしはきっと母親似。それでも今世の父と比べると前世の父の方が共通点が多かった。瞼と脳裏に焼き付いて離れない彼は、紛れもなくあたしの父親。


『ぜんぶ思い出したら、今よりも苦しむことになりそうだけどね……思い出が苦しみだけってイヤでしょ』

「それが越前さんの戦う理由?」

『沢山ある内の一つだよ。死神の誇りってのは…あたしもまだ解らないから』


ひっそりと苦笑する。


『あたしはあたしに余る力はいらない。あたしが守りたいと思った者を守るために必要な力は欲しい……とは言え、あたしって欲張りだから。どんどん守りたい人が増えていく』


口を開く度に、咲夜がぴくりと反応してたなんて、誰もあたしも気付かなかった。


『日本に来て右も左も分からないあたしに優しくしてくれた一護やチャド、織姫やたつき。それからルキア。ルキアはね、あたしの義妹なんだ、そのルキアさえも危険に晒す石田はあたしだって許せない』

「……それでも僕は、」


義妹などだと知り、石田の勢いがなくなった。

一護はというと、自分の名前が上がっていたのと知らなかった事実に、複雑な表情をその顔に浮かべていた。


『聖人君子ではないから、あたし。どんどん欲張りになって、戦う理由も増えていく』


一護が頷いてくれたのが、肯定してくれたのだと、恥ずかしい吐露だったがカンナは嬉しく感じて顔を綻ばせた。

今度は、カンナから石田に目を向けて。


「やらなきゃやられる。だから仕方ねえ、てめーと組みたくもねぇ手を組む!てめー殴んのはその後だ!てめーはどうだ?」

「やれやれ…。君もいい加減話が長いね。でもよく解ったよ。要するにお互いここで生き残らなけりゃ…殴る相手がいなくなるってことだ!」

「上等ォ!てめーは絶対あとで泣かす!!」

「どうぞ。君が生き残れたらね!」

『……ねぇ、それってあたしも殴ったり殴られたりしなきゃいけないの?イヤなんだけど』


突然息の合った掛け合い。


「越前さんは女性だから、そんな…」

「ンだよ。つれねーな、一緒に石田を殴ろうぜ」


格好付けてお互いの死角にいる虚を倒す彼等を、男って…わけわかんない生き物だ……と生温く見つめて。あたしも負けじと剣を振るった。

後はもう倒すだけだと虚の軍勢に飛び込もうとしたが――…、


「待て」

「?どうしたよ石田?」


同じく派手にやろうとしていた一護もまた石田の静止の声に、ぴくりと腕を宙で止めた。


「虚共の様子がおかしい…みんなが天を仰いで…まるで何かに祈っているような…」


石田の視線を辿った先には。


「な…何だよあれ…!?」

『――ッ!』


空に出来たヒビが一ヶ所に集まって、亀裂が出来て――…今まで視たことがないような大きな仮面の虚がのっそりと現れた。ひゅうッと三人の呼吸音が揃う。

まるで虚の王のような堂々たる威圧感。あたし達を囲んでいた虚達がソイツに群がる。


『か、なりデカい』

「…デカいなんてもんじゃねぇぞ!あれも虚か!?」

「どうするんだ!?周りの虚を相手にしながらあんなのと戦えるのか!?」


冷静沈着に見える石田まで取り乱して大声で一護に詰め寄ってる。あたしは、あまりのデカさの虚に言葉が出なかった。空のヒビから顔を出すソイツが気持ち悪くて吐き気を催す。

感じたことも、視たこともない存在の出現に、らしくもなく拳が震える。未知の恐怖。本能が、アレは今までの虚とは別格だと警報を鳴らしている。まだ顔の部分しか見せてないのだけが救いか。全身がこちらに来る前に追い返してしまいたい。


「うるせぇな!とにかくやるしかねえだろ!」

「なんだそれは!?さっき戦い方を考えろと言ったのは君だろ!!」

「意外と根に持つヤツだなオマエ!さっきはさっき、今は今だ!悩んでる暇なんてあるか?!」

『仲良く言い合っている場合かッ!』


仲良くないッと、一護と石田に怒鳴られて思う。仲良しじゃん。真似するなといがみ合ってもさ、仲良しにしか見えん。


「くそッ!!カンナっ一網打尽にする技とかねぇのかよ」

『んなこと言ったって……あたしもう限界なんだって!』

「限界を超えろよ!」

『無茶いうなッ!』

「……君達こそ仲良く言い合ってる場合か」


聞き覚えのあるフレーズは、数秒前にあたしが口にしたもので。出戻りしたフレーズにぐっと言葉に詰まる。一護も同じだったようだ。

認識できるだけでも数十体の虚が一斉にあたし達に飛びかかる――…言い合っていたあたし達は、反応に遅れた。力の入らない腕から全身へにぞわりと血液が駆け巡った。


――絶体絶命。

頭の仲に浮かんだ四文字。四文字でこの状況が説明可能。冷や汗しか出てこない。

ごくりと誰かが生唾を呑んだ。

飛び上がる虚共がスローモーションに映って。死へのカウントダウンを数えようかとしたその時、


「!」

「!!」

『っ』

「……こ、こんにちは……」


派手な音と共に、虚達が吹き飛んだ。

危機的状況を救ってくれた闖入者の登場と、耳を撫でた声が思いの外可愛らしい静穏だった為、三人は半ば放心状態でその方向を見遣る。


『ウ、ウルル…』


命の恩人は蒲原商店に住んでいるウルルだった。彼女は体に似合わない大きなバズーカのような武器を持っていて。

ウルルの後ろから、喜助やウルルと同じ年頃の少年――ジン太と、筋肉質な男――テッサイが歩いてくる。ゆったりとした歩みは彼等に軍配が上がっているのだと物語っていた。蒲原商店全員出動、遅いよ。


「カンナサーン、黒崎サーン!助けに来てあげましたよーン」

「てめえは…ルキアの知り合いのゲタ帽子」

『蒲原喜助だよ』


彼を知らない石田を含め、怪しげな男の名を告げた。溜息と共に。

喜助とテッサイが、あたしの頭上…咲夜を見て驚きの表情を見せたので、あたしの貌は怪訝なものへと変化した。






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