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身動きが取れなくなったあたしを置いて。


『ちょっとなにすんだッ!』


一護と石田は、亀裂から完全に姿を現せた大きな虚――大虚へと走り去っていった。

アレに近寄る二人の影が豆粒に見えてしまう程、大虚の身体は大きかった。いきり立つ一護の豆粒な背中を、ただ眺めるしかない状況に舌打して、身動きを取れなくさせてくれたヤツ――喜助を睨んだ。


「カンナさんも。大人しくしていて下さい」


“カンナさんも”と口にした喜助の足元には、あたしと同じく動きを封じられたルキアがいる。

鬼道により動けなくなった義妹を改めて目に留め、喜助を睨む目つきを強めた。ルキアの言う通りあの大虚は、まだ一護には早い。

大虚――メノスグランデ。

その名は耳に強く残っている。奥に沈む記憶が揺さぶられる感覚がして、薄ら寒い思いをした途端、喜助に鬼道で拘束されたのだ。アレはダメだ。あたしの中にいるあたしが叫んでいた。

メノスグランデを通常の死神は相手にしない。すぐに死んでしまうからだ。

アレを相手にするのは護廷十三隊ではなく、別の部隊だ。何故そんな知識があたしにあるのかは、もう愚問だろう。いちいち疑問に思うのも面倒だ。


喜助はルキアとあたしに、必要な戦いだと言った。

喜助は、メノスグランデに立ち向かう二人になにを見ているのだろうか。あたしには分からない。喜助の読めない双眸は、彼等を見ているようで、見ていない。一護や石田の遥か未来を見ている――…そんな気がした。

ジン太やウルル、テッサイの働きのお陰で、ここら一帯の虚の数が減っていて、安心して喜助を威嚇できる。

帽子の影で目付きが暗い喜助と見つめ合って数秒。「…カンナサン」と、聞くのを躊躇っているような声音で名を紡がれ、急に気が逸れた。頭上で咲夜と喜助がお互いに目を細めていたなんて、あたしは知らない。


「さっきアナタの霊圧が強くなってましたが…なにがあったんです」

『――ぇ、』


いつも優位に立っているような余裕ある眼をする男が今浮かべているのは心配の色で。

当然、あたしは困惑したのだが。彼のそんな情けない目元を見るのは初めてじゃないそんな既視感にまた困惑して、返答が遅れた。


「アタシはアナタには…」


ぶつぶつと呟く喜助を安心させたい、自然とそう思ったあたしの唇が勝手に動く。


『大丈夫だよ、喜助兄』


喜助は、瞠目した。

記憶が戻ったのかと茫然と呟く程に。

彼女が“喜助兄”と、子供のような純粋な目で慕ってくれていたのは、現在の彼女よりも幼い姿をしていた頃。成長するにつれて兄と言ってれる回数は減り、彼女が隊長という役職に就いてからなくなった。

それを現在の彼女は知らない、憶えていないわけで。

久しく耳にしてなかった呼び方に、繕っても口端の震えが止まらなかった。


『始解をしただけ。なにも心配することはなかったよ』


一護の霊力の影響を受け大きく変化した弓を抱える石田と、それに驚く一護。彼等を見守るルキアの息遣いを耳ざとく拾う。

四苦八苦している二人を眼界に入れつつ、喜助を見上げる。喜助の縛道によりあたしは地に膝をつけてる状態だから。……まあ力を使いすぎて膝に力が入らないせいでもあるが。認めたくないので喜助のせいにする。

大虚をどう倒すか思案する一護と石田に近寄る一体の虚。

どう見ても小物の虚だが、二人はソイツの存在に気付いてない。叫んで知らせる方法よりも、


『――水火』


睡蓮鳥を使った。だって二人には大虚を倒すことに専念して欲しかったから。

カンナが使用したその派手な技は――…死神が所属している護廷十三隊を纏める一番隊の隊長の技を参考にかつての彼女が完成させたもの。

遠くにいる敵に冷気を放ち、身体に空洞を開ける。見事命中した虚の身体にも空洞が。お見事…と、喜助は独りごちた。


「それ以上はお止めなさい」

『き、すけ』


どっと身体を襲った疲労が、蓄積されていた疲労と合流して。

手に力が入らなくなって、かくんと下がったあたしから、喜助がはっきりとした口調で斬魄刀を奪った。


「“あちら”に気付かれてしまう」



一つ、技を解放する度に。


『喜助兄〜』


あたしの奥から忘れていた大事な思い出が揺すぶられ。


『あたし始解できた!』

「!」



鮮やかに脳内に呼び覚まされるのだ。


『へへん。褒めてもいいよ〜』

「――よく出来ました。えらい、偉い」



小学生くらいの幼い姿のあたしが、同じく若い姿の喜助に向かってソワソワしてる。自分でもガラじゃないその姿に思わず苦笑。

怪しげな喜助しか知らないあたしは――…トレードマークの帽子を被ってない喜助が優しい貌して、前のあたしの頭を撫でているコトに驚きを隠せない。



「……そうですよ、姉さ…カンナさん」


ルキアの絞り出したような声量にハッとした。

どうやら白昼夢のように記憶の映像に意識が奪われていたのか。内心、焦りながらも。


『姉呼びでいいよ、ルキア』


そう頭を振って、柔らかい笑みを浮かべて。

やっぱりあたしと喜助は知り合いだったのかと、音もなく呟く。喜助を兄として慕っていたとは。


『あたしの弱点はあたしが一番解ってるつもり』


徐々に目を見開かせるルキアを前に笑みを深めた。

ちらばる記憶のかけら。ルキアは、聞き覚えがある“弱点”を、楽しそうに口にした姉様を凝視した。ルキアの唇もまた歓喜から震える。


『“あちら”って…?』


不意にメノスグランドの霊圧が多くなったのを肌で感じて、言葉が途切れた

義妹から一護達に目線をずらした先で――…メノスグランドが口から何かを吐き出そうとしていた。本能的に、あたしも石田もアレを受けると死ぬと察知。

顔色を変えたあたしとルキアを一瞥した喜助の「なるほど」声が、遠くで聞こえた。


「全てを思い出してはないんスね。だから咲夜サンはその御姿のまま…」

「……にゃーん」


アレは“虚閃”

メノスグランデが放った虚閃に負け時と一護の霊圧が膨れ上がった。

始解時のあたしの斬魄刀よりも巨大な刀を盾にして、虚閃をはじく。一護の霊圧も乗ったソレが虚閃へと返されて。ごくりと生唾を呑む。

上乗せしたその攻撃でも倒れなかったメノスグランデだったが。


「…メノスが…」


痛かったのか、それとも一護の一撃に怯んだのか、定かではない。まだ戦えるだろうに、大空に作られた亀裂へと帰っていくのを見上げ、詰めていた息を吐き出した。

安堵から全身の力が抜ける。石田の茫然としている様子と一護の勝利の雄たけびを、急に出来た影にびっくりしながら視界に留めた。

勝利を噛みしめながら、喜助を見上げる。いきなり出来た影は、緑と白のストライプの帽子。見上げた先にいた喜助の頭にはトレードマークの帽子がなかった。


「アタシはあちらに気付かれて欲しくないっスからね〜」


――だからあちらって、どちら。

意味深な言辞と細められた双眸にあたしの頭上に大量の疑問符が浮かぶ。あたしだけが呑み込めてないらしい。


「…メノスが現れ……それを撃退した…」


えっ…と周りを見遣れば、喜助に同意するように咲夜があたしの膝の上で鳴くし。……いつの間に膝に移ったの。ルキアもルキアで、顔色を青くさせてぶつぶつと呟いている。なに、なんなの、


「この情報は…恐らくじき尺魂界へと伝わる…」


顔を上げようとするカンナの頭を喜助が押さえ、


「テッサイ空のヒビ割れの補修よろしく」


ハエを武器で潰そうと躍起になっているジン太を横目に、どうしましょうかねぇと、カンナ曰く読めない面差しでぽつりと口内で転がした。

暴れるカンナの頭の上に喜助を助けるように、咲夜が乗って。彼女に感じる重みが増した。

テッサイに呼ばれて修復に向かうジン太によって潰されたハエは。


『なに、なんなのさ』


“あちら”の機械だった。

顔面蒼白のルキア、神妙にしている喜助、普段は大人しいのに頭上で暴れる咲夜――…カンナだけ取り残して。日常が変わる匂いをそれぞれが感じていた。





(確実に動き出した)
(彼女の真の姿を知るのは――…)
(時間の問題なのかもしれない)

to be continued...

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