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「僕は会った事がなかったけど、師匠には信頼していた死神がいた」


脳が反応するよりも心臓が反応する方が早かった。ひやりと縮む。


「厳しい監視をする死神達の中で、唯一師匠を気遣ってくれたらしいその死神の名は――…獅子寺カンナ」



どくんッ



「そうさ。君の事だよ越前さん」

「なに言って――…」


眼を見開いたあたしに、眼鏡越しで石田と驚愕に彩られた一護の瞳が集中した。

あたし以上に、隣で驚く人がいたお陰で、冷静になれた。『そうだろうね』と、冷静を装って、頷いてみせる。寝耳に水な話ではない。誰も言ってこなかったが、心当たりは沢山あった。それこそヒントはそこかしこにね。


「君が獅子寺カンナのままでいてくれたら、僕が死神を憎むことも、師匠が死ぬこともなかった」

『………』

「…お、い…全然話が見えねぇんだけど」


一見、表情が変わってないように見えて。けれど短い付き合いなりに濃い時間を過ごしていた一護には、苦しそうに眉が寄せられたのが良く見えた。

すかさず唇が動き、カンナを庇う行動に出た。それに対し、カンナは大丈夫だと言わんばかりに一度目を閉じて頭を左右に振って。


『あたしが死神になれたのは、輪廻に戻る前が死神だったから、ってことでしょ』


石田自身半信半疑だったのだが――肯定の返答に、目を見開かせた。一護はまさかの展開に息を呑む。咲夜は、その魅力的な紅い瞳を細めるのだった。


「思い出したのかい?」

『いや。思い当たる夢を…時々見るんだ。昔から不思議に思ってたけどね、それも最近頻繁に見る』


誰かが死ぬ夢。

今なら判る。あれは前世の夢。なら、死んだのはあたしの父上とあたし自身だ。


「それが前世の夢だって?んな馬鹿な」

『あたしも最初はそう思ったさ。ルキアが夢に出て来なければ、あたしの妄想で片付けたんだがな』

「急に連絡が取れなかった君の事を師匠は良く心配していたよ」


急な話の展開について来れない一護を放置して、石田は続けた。一度喋り出すととまらないタイプなのか。


「死にゆく時も君を忘れてなかった」

『……』

「高校に入学した時は話に聞いていた名前と同じだったからまさかとは思っていた。それがどうだい?朽木さんが現れたころ君も死神になった。君が獅子寺カンナだということに気付くのに時間はかからなかったよ、耳にタコが出来るほどに君の特徴を師匠から聞いていたから」


石田の独白に静かに耳を傾ける。黙ってないのは知能の低い虚どもだけだった。もちろん話に耳を傾け手を動かす事も忘れない。


「そして思った。君が師匠の死に際に来なかったのは、既にこの世に生まれ変わっていたからなんだ、ってね」


あたしを独りだけ残してこの世界はあたしの知らない情報が回っていた。

それをあたしにほんの少しだけでも良かったから教えてくれれば、頭痛に悩む毎日とサヨナラできただろうに。そしたらこうやって石田に責められることにはならなかった。きっかけがあれば、死神だったくらいは思い出せただろうから。


「君がずっと死神でいてくれたら。師匠が死ぬことはなかったんだ」

『っ』

「っ、それはこじつけだろッ!てめぇのせんせいとやらが死んだのは、カンナのせいじゃねぇ」


「第一カンナだって死んでっ……」と、一護が中途半端に荒げていたソレをごくりと止めた。

途端、気まずい空気が両者の間に流れ、「ゴメン」と、頭を下げられて。沈んでいた心が浮上した。


『いや。石田には悪いけど…死神の時の記憶は、何処か他人事のように思えてね。今のあたしは越前カンナだよ。全て思い出したとしてもそれは変わらない』

「にゃーん」


守りたいと思う者も、家族も環境もきっとまるで違うから、一護が気にするようなことは何一つない。

あたしを現在進行中で悩ませているのは、石田の師匠を思い出せないという自分への憤りと、死なせたという事実だ。罪悪感で胸がいっぱい。


『でも…そうだね。もしも全てを思い出したら、石田に師匠さんの事を謝りに行くよ』


カンナは知らない。

最後の滅却師である師匠の監視を行っていたのは、護廷十三隊の平隊士だった為、仮に現世に滞在していたとしても彼等の実力では、間に合わなかったことを。

獅子寺カンナが偶然、四十年ほど前に石田雨竜の師匠と出逢い、彼の考えに賛同して尺魂界に語り掛けていたということを。

監視は疲れるだろうと、たまにカンナが彼の友達として、現世に遊びに来ていたということを。彼等の仲を死神達は知らなかった故に、石田雨竜の師匠にカンナの死は伝えられず、石田に師匠が裏切られたのだと誤解を与える結果となったのだ。


「越前さんがそのままでも僕のする事は変わらない。分かるかい?」


自分が死ぬ未来を予想してなかったカンナの未来予想として、監視や護衛はカンナの隊が行うつもりだったのだ。

それさえも、記憶を取り戻していない彼女は知らない。唯一知っている“紅い瞳の彼”は、彼女を元気づける為に、にゃんと可愛らしく鳴いた。彼女はふっと笑みを溢し咲夜の喉を撫でた。


「僕は死神(君達)の目の前で絶対に滅却師の力を証明しなければならないんだ!」


またも背を向ける石田の頑なな姿勢を前に、


「この戦い、君達の手助けなど欲しくはない」


あたしと一護は顔を顰めた。


「僕と君達は滅却師と死神。考えが正反対であることはわかっている。僕の考えが間違っていると思うなら、どうぞそこで見物しているといい」

『………』

「僕は僕の力をただ証明するだけだ」

「………」


はっと隣から乾いた笑い声が届く。


「話が長げぇッ!!!」


石田の後頭部に一護の蹴りが綺麗に決まった。

すかした石田が頭ごとちょうど向かってきていた虚にぶつかったのを遠目から見て、口角が上がる。取り乱す石田と、うるせぇと一刀両断する一護のやり取りに笑わせてもらった。


「納得いかねンだよ!話長すぎて最初の方とか忘れちまったけどよ!要するにオメーのセンセイの一番の望みってのは…死神に滅却師の力を認めさせることじゃなくて!」

『あたし達(死神)と力合わせて戦うこと』

「そうだそれ!」

『多分、前のあたしも石田のセンセイに共感して接触してたんだと思うんだ』

「だよな!カンナだったらそうするだろうもんな!」


黒崎に胸倉を捕まれた態勢で石田は瞠目した。勝気に笑う二人に目を奪われる。


「だったら今ソレやんねーでいつやるんだよ!生まれ変わってるらしいカンナだっているんだ」

『一護もいるでしょ』

「死神と滅却師は正反対!結構じゃねぇか!!――大人数相手のケンカなんてのは…背中合わせの方が上手くやれるモンだぜ。な、カンナ」

『だね』


メンバーは違うが、三人で共闘するのには慣れている。一護と笑い合って、武器を持つ手に力を入れた。

死角になっている場所からの攻撃も、背中や隣に任せればいい。自分は見える敵を片すだけ。実にシンプルで、心強い戦い方だと思う。


「“背中合わせ”…?何だ。それは?」


否定している声音は僅かに震えていて。

駄弁っている間にまたも集まった虚の集団を三人で背中を合わせて一睨み。


「無茶を言うな。滅却師と死神が力を合わせるなんて…」

「まだそんなこと言ってんのかよ!?」

「…な!?」


更に否定しようとした石田の背中から迫った虚を一護が石田を乗り越え一撃。

大振りの攻撃に脇が隙だらけになっているのを別の虚が飛び込み、襲おうとした。隙を狙われた一護に攻撃が当たるかと思われたが――…助けられたと理解した石田がすかさずその虚を倒して。

弓矢を放った石田に、またも迫る別の虚を――…


『――水斬』


カンナが水を刀に纏わせ、相手を一刀両断する。

瞬間的に身体が動いたと言っても過言じゃない。まだ完璧な覚醒ではない為、繰り出した技の影響で、がくりと体力が消耗した。


「そうだよ!」

『なんだかんだ言って出来てんじゃん、共闘』

「今のは撃たなければ僕がやられていたからだ!君達に協力したわけじゃ…」

『……はぁ。素直じゃない、…まだまだだね』

「それでいいんだよ!」


すぐにでも横になりたいのを押し込めて、後ろにいる二人に負けないように気丈に振る舞う。


「…何!?」

「やらなきゃやられる。でも一人じゃキツい。だから仕方ねぇ、力を合わせる!」

『実にシンプルでわかりやすいんじゃない?何も死神を信じてとは言ってないって』

「そうそう。そんなもんでいいんじゃねえのか?力合わせる理由なんてのはよ!」


一護と交互に言って、不敵ににんまりと。

一護の実力は身に染みている。石田とは一護ほど知らない間柄で戸惑うかと思いきや、弓を構える姿は様になっていて今日一日で何度も虚を消すのを目撃しているから、実力に申し分ない。背中を向けても安心して戦える。


「俺は元々人間だ。正直、死神のことなんてまだ良くわかってねぇし。この仕事に誇りとか持ってやってるワケでもねぇ。ただ俺は虚を倒したいだけなんだ」

「………なぜ?」


しんみりとした一護の語り出しに影響されたのか、間を置いて慎重な反応をみせた石田。


――おいおい、なに。シリアスなシーン突入ですか。

あたし心を丸裸にするシーンって気心知れた間柄であればあるほど恥ずかしいんだけど。






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