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力尽きたカンナと入れ替わるように、コン、石田、最後に一護が集まり、関係者が全員集合した。

カンナが気絶したことにより、ルキア達を守る者がいなくなったかと思われた為、駆け付けたコンがほっと息を零して。アルフレッドは、元凶を冷ややかに見つめた。

ルキアの危険に駆け付けてくれた様子を見ると、石田は思ったよりも優しい性格の持ち主かもしれん――そうひっそりとアルフレッドは彼に対する印象を改めたというのに。


「止せ、石田!あれだけの数だ!!戦いを考えてから……」

「何だ。怖いのか黒崎!」

「あァ!?てめ…」


空にヒビが入り、異様なそのヒビに向かって虚の群れが集まっていくではないか。

やみくもに攻撃するよりも、ここは協力した方がいい。虚は霊力が高い人間を好むのだ。カンナが気絶しているから、実質戦えるのは石田と一護の二人のみ。


――だというのに…。

一目散に攻撃して、我々の存在を彼等に明かした石田の行動は褒められたものではなく。なんだ若気の至りか、生理中のおなごか貴様は。


「この勝負は僕の勝ちだ!!――こっちだ虚ども!最後のクインシー…石田雨竜が相手をする!」


人命が関わってなければ、ヒステリック気味なヤツなんて放っておくのだが。主であるカンナが起きないから無視も出来まい。

走り去る彼を一護は叫んで止めたが、それさえも石田は聞く耳持たずで。

どうしようもない、餌が撒かれた時よりも危険な状況下で、ぽつりと一護の質問が溶け込むように放たれた。その際、彼の頭の中で、カンナのヤツ…他人の危機に駆け付けては良く気絶してねぇか?と、呆れた声がしたのは彼だけの秘密だ。


「最後の滅却師?あいつ何言って…」


一護の疑問に答えたのは、蒲原喜助から情報を得たルキア。


「滅亡したのだ。二百年前に」

「な…!?」

『……』

「全ての滅却師の生き残りは死神を憎んでいる。その憎しみの源はその二百年前の滅亡にある」

『……』

「二百年前、滅却師は――…死神達の手によって滅亡したのだ…!」


それは死神達にとっても苦渋の選択。

死神達は滅却師を滅ぼさなければならなかった。この世界の崩壊を防ぐために。


「死神が…滅却師を…滅ぼした…?」

「そうだ。それ以外に選択肢は無かったのだ。……この世界の崩壊を防ぐためには」


茫然とした返事をルキアはしっかりと受け止めた。


「尺魂界では死神の位階にある者達を俗にバランサーと呼ぶことがある。尺魂界と現世にある魂魄の量は、常に均等に保たれている。何故だか分かるか?」


わかるか?と尋ねておきながら、説明を重ねる。


「そうしなければ二つの世界のバランスが崩れ、双方の崩壊を招くからだ!」


熱が籠った彼女の音が一護の耳朶を強く訴えた。


「その両世界の魂魄の寮を調整するのが我々死神の仕事だ。尺魂界から放たれた魂は死神に見守られて、現世に生物として生まれ、現世で死した魂は死神の手によって尺魂界へと還ってゆく。それは虚とて例外ではない」


彼女の言い分は理解出来た。でも…と、思う。


「そうして魂魄の運行のすべてを死神にゆだねることにより尺魂界は魂魄の量を把握し、現世との調整を計ることができていたのだ。――しかしそこに現れたのが滅却師だ。滅却師は虚を完全に消滅させてしまう」


脳裏を敵意むき出しの石田の姿が過った。


「それはつまり現世に出て行った魂が尺魂界に帰ってこないということ!現世の側ばかり魂魄が増えるということ!」

『……』

「それはつまり現世の側に世界が傾き、現世に尺魂界が流れ込んでしまうことを意味する!生と死の入り混じる混沌――…即ち、世界の崩壊だ」

「――…!」


こちらとあちらを守っている死神と、


「初めて滅却師の存在が確認されてから数年に渡り、尺魂界は滅却師に対して訴えかけを続けた。“虚の対処を全て死神に任せるように”と。…しかし滅却師達は頑としてそれを受け入れようとはしなかった」


こちら側を守っていた滅却師。

正論なのは死神側。けれど…と一護は思った。理解していても心が追い付かない。

こちら側で生きている人間には、こちら側にしか守るべきものがなくて。あちら側の言い分だけを呑み込むなんて、できなかっただろう。


「その間にも滅却師は増え続け、魂魄の運行は乱れ続け、世界の崩壊は予断を許さぬところまで進んでしまっていた。そして滅却師殲滅の決定は下された」


ぐっと重く、息苦しい空気の下で、


「貴様はこれを死神の傲慢だと断ずるか?」

「そんなの…よくわかんねー…よ」


弱弱しく本音を吐き出した一護を見ていたルキアは、横たわるカンナの瞼が震えたことに気付かなかった。

一護が一度目を伏せて、顔を上げた時にはすっきりとした表情を見せたから。

板挟みになっている彼がどんな答えを出したのか知ることはなく――…一護は、横たわるカンナを無理やり起こして、抱えた。そして石田が去った方向へと走り去るではないか。いきなりの行動に、ルキアは反応が遅れた。


『ぇ、』


横に抱えられたのだと理解したのは、突然の浮遊感の後のとんとんと体が揺れた時で。間抜けな声が、口から出た。


『え、なに』

「狸寝入りなんてしてんじゃねーよ」

『だからってあたしを抱える?あきらか足手まといでしょー』

「立てなくても技くらいは出せるだろ」


一護はまだ瞬歩を取得してないらしく、遅くはないが速くもない走りで、石田を追う。風と共に大量の虚の気配を感じ、辟易した。


「ルキアから聞いた。お前まだ力が安定してないからすぐに気絶してしまうってな。けど、俺が抱えてやってんだから気絶しないくらいの技でなんとかしろよ」


うんざりと先ほど見た夢を振り返る。ルキアと会話したのは覚えているのに、ぼんやりとしか思い出せないなんて。やっぱりかと自分を罵る。

心配してくれているルキアに、ただいまと言えてない事だけは記憶にある。

ただいまと告げたい。でも言えない。

全てを思い出してもない“今”のあたしが、安易に口にしていいものじゃない。


『無茶言うね』

「人手が足らねぇんだ、仕方ねェだろ」

『仕方ないね…なんだか最悪な感じになってきてるしね』


揺れながらも、一護に当たらないように睡蓮鳥を振りかざす。

一護の歩を邪魔する虚数体が、あたしが放った攻撃により消える。消しても消しても頭上のヒビ一点に集うので霧がない。数で負けてるのにコイツ等よりも強い虚が出てきたらどーすんだ。

一護もまた我武者羅に斬魄刀で虚を倒している。が、減らねえ。

倒して、倒しまくった先に、弓を構える石田が見えた。数分前に見たのに戦闘の疲労のせいか石田を久しぶりに見たような気にさせた。

到着と同時に、あたしの頭がずしりと重みを増した。頭の上で、にゃーんと鳴き声がしたので、犯人は咲夜だ。



「うおおおおおおお!!」

「(く、黒崎…か?な…なんてムチャクチャな倒し方だ!それが僕に戦い方を考えろとか言った人間の戦い方か!!)」


虚に囲まれ苦戦していた石田は、次々と出来上がる虚の屍に思わず弓を持つ手を止めてしまった。

「石田ァー!!!」と虚の頂上から黒崎一護の声が。彼の姿は辛うじて視界に飛び込む。彼の脇に抱えられ尚且つ頭に黒猫を乗せた越前カンナを見て、何をしてる…と呆れた自分に寄越された聞き逃せない叫びに、意識がカンナから逸れた。


「聞いたぜ!てめーの“戦う理由”!!」

「!」

「死神側が正しいとか滅却師側が正しいとか、そんなこと俺にはわかんねーし言うつもりもねぇ!だけどいっこだけわかる事がある!!石田!てめーのやり方は…」

「――昔話だよ」


止めていた手を動かし、蠢く敵を攻撃して。ぽつりと呟く。

訝しむ黒崎一護の横で、越前カンナが自力で立ち、近寄る虚を斬っていく。三人による屍が辺りに転がって、視える人からしたら異様な光景が広がっていた。


「二百年前の滅却師の滅亡なんて興味ないよ。そんなの師匠の話でしか聞いたことない。僕にとっちゃ、ただの昔話さ」


意識は目の前の敵に。


「悪いけど僕はそんな理由で……きみ達に敵対できるほど感傷的な人間じゃない。その滅亡話にしたって死神側の方が正しいと感じてたぐらいさ」


耳の機能は、淡々と紡がれる過去に働いていた。途中で言葉が切れて、段々と低くなる音に、あたしの胸がざわついた。


「僕の目の前で師匠が死ぬまでは」



――沢山の人が死んだんじゃよ。

人が死んだ以上どちらが良くてどちらが悪かったなどと考えることに意味はない。考えなければならんのはどうしたら二度とそういう事態を起こさずに済むか、それだけじゃ。

人でも死神でも悲しい顔を見るのはわしゃ辛い。


「師匠はいつもそう言っていた。僕は師匠から人を憎むとか嫌うとかそういった類のことを一度も教わったことがない」


語られる内容に、あたしだけじゃなく一護の表情も険しくなる。あたし達はどちらかと言えば死神側だから。


「師匠は滅却師の最後の生き残りの一人として死神達から厳しい監視を受けていた」


攻撃の合間に寄越される石田の視線は、


「だけど師匠はその死神達に対して滅却師の必要性を訴え続けた。力を合わせて戦う術を模索していた」


確実にあたしを捉えていて。


「平時、尺魂界にいる死神達はどうしても現世での虚への対処が遅れる。常時、現世で虚に目を光らせ俊敏に対処する我々のような存在が必要なのだ、と」


その冷ややかな視線が、


「だけどそれに対する死神達の返答はいつも同じ。“我々の仕事に手を出すな”」


激情が込められた双眸が、


「そして師匠は死んだ」


あたしのせいだと責めているようだった。

否、実際そう思っているのかもしれない。一護にも話しかけているように見えて、彼の眼はあたしにしか向けられてないから。ツキンッと感じた痛みは、腹の怪我の痛みのせいにした。


「その日の敵は巨大な虚が五体。死神の援護なくして戦える相手ではないことは明白だった。そしてやはり死神の対処は遅かった」


――どうしてかな。

彼の師匠は知らないはずなのに、優し気なおじいさんの姿が瞼の裏に浮かぶんだ。


「彼等が虚を倒しに現れたのは師匠が戦い始めてから二時間後――…師匠が死んでから一時間が経っていた」


胸が痛い。


「結局、最後まで師匠の考えは死神に届くことはなかった。もし、死神達が師匠の考えを認めていたなら、滅却師の力を認めていたなら……もっと早くに助けに来ていただろう」


虚から受けた痛みよりも、石田から放たれる言葉の刃の方が、身を裂いた。


「師匠は死なずに済んだだろう」


技を繰り出したせいで力が入らない脚を叱咤して。石田の嘆きと憎しみを胸に受け止める。

幸か不幸か、虚達はここへ集まってくるから、話しながらでも数を減らせることは可能だった。



誰かを亡くす痛みは、なぜか理解できた。

それ以上に――…なぜか石田の嘆きと憎しみは他でもないあたしが受け止めなきゃいけないと、あたしの中のあたしが囁く。






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