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ゆらゆら。

ゆったりと時が流れているかのような。ちゃぷんと揺れて、流れて。他に何も音が聞こえない空間。二度目ましてな空間。


――探して。


《アタシを、オレを。早く探して》


水の中にいるのにね。


――早く。探して。


二度目だから。息が出来るのには驚かない。


――見付けて。早く、早く。


試されているんだろう。嫌な気分どころか、安心できる空間。

空を飛んでるかのような感覚って表現すればいいのか、水圧は全く感じなくて。ゆらゆら重力も自分の重みも感じなく、自由に動けた。少し驚く。前はこんなには軽やかに動けなかった。

キラキラと頭上から日の光が差し込んで――…前回来たときよりも白い花弁の花が舞うように浮いている。白の花びらの中心には黄色が見えた。頭上には沢山の花のカーテン。


『これは…そうだ睡蓮』


――そう。

――そうだ。だがオレ達の名前は睡蓮ではない。

――考えて。見付けて。呼んで。


すれ違う沢山の花たちに、笑みが零れる。

あたしが花を愛でるなんてガラじゃないのは解ってる。ガラじゃないあたしでも、この光景は神秘的で、心を穏やかにさせた。

喜助のアドバイス通り、早く斬魄刀の名前を手に入れて、この精神世界から現実世界へと戻らなければいけないというのに。穏やかにさせる可愛らしい存在達に、焦る気持ちはいい意味で吹き飛んだ。


『(女の子の声…)』


毎回あたしに語り掛けていたのは男性――青い翼の彼だけだった。増えてる?

疑問に思うも、すんなりと受け入れられた。寧ろ、彼と彼女二人いないとダメって感じがする。二人で一人みたいな感じかな。彼等はあたし。あたしの世界で生まれた力。


――同一人物よりも“相棒”がしっくり来るね。

いろいろと考察しながら、優雅に泳ぐ彼女達を見送って。前方でキラリと一瞬だけ光ったのを見逃さなかった。


『(あれだ)』


――そう、ソレ。

――そうだ、ソレがアイツでお前だ。


真っ直ぐ歩いて右手を伸ばす。

他の花よりも大きな彼女も、白を波に遊ばせて、此方に歩み寄ってくれている。


ゆるやかに波打って、瞬きして気付く。

ふわりふわふわとあたしの後ろから覆うように水中を泳いでる青い彼がいた。絡まる藍の瞳が優し気に垂れて。一緒に手を伸ばそうと言われているような気がして、言葉なくとも自然と頷いた。

母親のようなぬくもりに包まれて、心地いい。


《さァ、ゆっくりと》


――手を繋いで。鼓動を感じて。


《呼吸を合わせて》


透き通る綺麗な花びらに手が触れた瞬間、飛び込んできたのは小学生低学年くらいの女の子。鈴を転がしたような可愛らしい声の持ち主。

頭の上には帽子のように、睡蓮の花が咲いていて。髪も綺麗な白色。身に着けているワンピースも靴も白。唯一違ったのは瞳の色、鳥と同じ藍色だった。

色がついた瞳とあたしの栗色の瞳が合わさって――…。




どくんッ


心臓が二つに増えたような大きな音が重なり、ひと際派手に脈を打った。


《初めまして、そして久しぶり。アタシの唯一の人》


《ここまで来るのにどれだけの時間をかけたの。ホントまだまだね》と。

あたしとリョーマの口癖を呆れた声音で紡いだ彼女は、あたしの中に溶け込む――…そんな錯覚に襲われた。ゆらりと青の翼が波紋を作る。


《さァ、目覚めの時間だ》

《まだまだ第一段階だけどね》


同時に奏でられた旋律は、重なる事なく耳の奥へ更に脳の奥まで響いた。さぁ、さァと言われ。



《あなたらしい甘美な花を咲かせ、優雅に魅せて――…》


揺りかごのように心地よい揺れに身を委ね、瞼を閉じた。



《最後は真っ直ぐと誇って、潔く散らせろ。そしてまた咲かせるのサ》

《アタシと一緒に、》

《オレも一緒に、》




 □■□■□■□



例えるなら、喉の奥に小骨が引っ掛かっていたような。

すれ違った人間に見覚えがあって、けれど誰だか明確に思い出せず気にしないようにした時のような。

風邪を引いて久しぶりに登校した際、運悪く席替えされてて、仲が良かった友達と離れた孤独感や疎外感を一方的に抱き、自分だけが周りと違う気になった時のような。

深く考えれば、誰かに喋れば簡単に解決出来る問題が、意図せず解決された――…そんな清涼感が全身を駆け巡った。


《清純な心で》


精神世界にいた時と同じく、身近に女の子と背中付近に鳥の気配を感じる。

どくんッと生きてるかの如く浅打が呼吸したのが手の平に伝わった。


《汚れることなど決してあってはならない》


あたしは、やけにゆっくりと両目を開けた。





『――甘美に咲乱れ水鳥羽搏き散り魅せる、“睡蓮鳥”』


中段に構えていた斬魄刀――睡蓮鳥が、脇差の大きさから、見事な大太刀へと変貌を遂げる。重さは不思議と感じない。羽みたいに軽い。

死神になりたてほやほやのあたしには、喜助から教わった知識を以てしても、斬魄刀は使えこなせる自信がない。技なんて知らない。


――彼等とシンクロして名前を掴んだまでは、良かったんだけどねー。

と、頭の中にいる冷静なあたしが頬を掻きながら呟いていた。シンクロ状態のあたしの身体は、意思だけを置いて、勝手に動く。

精神世界へと飛んでいる数分の間に、虚が随分と増えていて。円を描くように、あたし達の周りに構えてる。チラリと眼球を動かせば、あたしの肉体も、ルキアも、怪我を覆っているではないか。ひんやりと感じていた清涼感が、冷気に変わる。


『まずは一匹――…“羽水槍”』


始解したことにより、刀身は綺麗な藍色に輝く。

手始めに、ルキアが梃子摺っていた憎い達磨姿の虚へ向けて、始解の前にしていた要領で。剣先から霊圧を飛ばすと――…斬魄刀と同じ大きさの水の羽が五つほど飛び交い、視角では捉えられない速さで、深く串刺しに。

ごくりと誰かの息を呑む音がした。もしかしたら、怯んだ虚だったのかもしれない。

鋭利な刃となって飛んだ水の羽を受けた虚はあっけなく消え、残りの虚の数は七体になる。まだ油断は出来ない。

ルキアとアルフレッドは攻撃が当たらない場所へリョーマを連れて、下がってくれた。ルキアはいつでも鬼道を施せるように両手を構えている。張り詰める空気に、ぶわりと霊圧が溶け込んだ。


『ああ、めんどくさいな』


リョーマの瞳の先にある黒い靄が、ぶれて黒い着物を身に着けた姉の姿を瞬間的に映し出して。瞠目した。

目を凝らしてもそれ以上は鮮明に視えなくて、もどかしい。

冷気が刀から…否――姉貴から漂ってくる。ひんやりと真夏に堪えた肌に気持ちいい。自分と違ってこの冷気は、きっと対峙している化け物にとって生きた心地がしない気持ちの悪いものに違いない。


『睡蓮鳥。一気に片を付けようか』


透き通る水と吹き抜ける風を宿した斬魄刀を手に、ひんやりとした空気を纏う姉様の御姿に見惚れ、ルキアの頬に興奮から赤みが差した。


――昔と同じ、姉様だ!

まるで恋する乙女。構えたままの態勢で、もじもじとしているルキアに誰も気付かない。



『――花手裏剣』


最初の一撃によって、ここら一帯の水蒸気は多い。それを上手く利用する。

睡蓮鳥を右手で地面から平行に横にし、左手を添えた。あたし達を囲む虚へ飛ばす為に、くるりと身体を回転させて、平行に剣を振ってみせた。

虚一体につき一輪の水の花を模った手裏剣が回転し――虚が動きを見せても問題ない。奴等の頭上で花びらのように大きな手裏剣が細かく更に鋭く分裂して――…上や下から、横や後ろからも、細長い形に変形した花弁が地面へと突き刺し、同時に七体の虚の仮面が割れて消えた。


『っ、』


なんだかあっけなかった?

そう笑えたのは、一秒にも満たない間だけ。がくりと膝が笑って立ってられなくなった時にようやく力を使いすぎたのだと知った。


「姉様ッ!」

「力の調節がなってなかったからだ、カンナ。……大丈夫か」


膝をつく姿が、はっきりと視えて。

青白い姉を初めて見たからか、ガラにもなく背筋がぞッとした。姉貴に駆け寄るルキアと呼ばれた女子高校生と姉貴の姿をした制服姿のナニカの背中越しに、茫然自失に自身の姉を見つめた。恐らく普段は視えない黒い姿の姉貴を。

蜃気楼のように、まだ見つめていたかった消え行く着物姿の姉貴を見届ける前に。振り向いたルキアの拳にある記換神機により、リョーマの意識は強制的に夢へと落ちる。


会話の節々から想像がついた。次に目を覚ました時には恐らく記憶はないのだろうと――…怪我をした姉貴が放っておけなくて。

何より自分の姉貴なのに遠くへと消えそうな恐怖に苛まれ、引き留めようとした手の平が力なく宙を切った。






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