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『邪魔だ、どけッ』


走りながら手に馴染む柄を強く握り、エサに集まるアリのように一ヶ所に集まる虚に向けて、剣から霊圧を飛ばす。

自身が作り飛ばした一閃は、虚達が顔を上げる前に彼等を輪廻へ送った。

石田雨竜が言う“抜け殻”だから――…力任せだけの一閃に、体力が持っていかれる。瞬歩と剣圧の繰り返しで呼吸が乱れていた。くらりと立ちくらみもしたが気のせいだと言い聞かせる。


『――チッ。倒しても倒しても集まりやがる』


今頃、一護やルキアもこの町に集う虚をどうにかしよう奮闘しているだろう。自信満々な石田雨竜も。

鼻持ちならない笑みを浮かべる石田の姿が脳内を横切り、カンナは舌打ちした。


『(喜助のヤツ…あいつ結局死神だったっけ?役に立って欲しい時に限っていねぇッ)』


弟は心配。けれど、自分や一護の影響を受け始めている友達の方が、危険なのは解ってる。

然し、死神の力を失っているルキアも心配。嗚呼、猫の手も借りたい。何故、身体は一つしかないんだと自分に意味不明な悪態を吐き、一心不乱に突き進む。取りあえず一番近い場所にいる霊圧を辿って行こうと決めて。





黒崎一護、石田雨竜、越前カンナが、様々な想いを抱えながら力を振るう別の場所で――…。

カンナが懸念していた人物達が、一護が全く想像していなかった人物達に、危険がそして異変が起こっていたなんて。我武者羅だった二人は、気付かなかった。


「(こんな雑魚一匹に…)」


舌打ちしていた朽木ルキアもまた覚醒し始めたクラスメイトの存在を察知していなかったのである。


「(二ヶ月だぞ二ヶ月。なのに全く力が戻ってない)」


達磨のような姿の身体に穴が開いている一匹の虚。

鬼道では倒せなかった。時間稼ぎにもならない。死神の力を譲渡する前だったらこれくらいの虚など容易く倒せるというのに、赤く滲む膝を見て、唇を噛んだ。

一護と共に戦えぬ、何より再び巡り合えた姉様をお守りする事も出来ぬなんて――…目の前の虚から目を逸らさず自嘲したその時だった。後ろから声変り前のような少年独特のやや高めの声が聞こえたのは。


「――ねぇ」

「っ!」


生きた人間の気配に驚き、舌打ちした。

まともに戦えない自分が、戦闘に巻き込んでしまうだろう第三者の少年を傷一つなしに守り切れるとは思えない。ルキアとて死神、いくつもの死線を繰り広げた死神なのだ。勝算があるかどうか冷静に答えを弾き出した。はっきり言って少年の登場は邪魔だった。


「そんなところに座り込んで何してるの。邪魔なんだけど」


正直イラッとしたのは否めない。

明らか邪魔な人物に邪魔にされた。通行の邪魔とか言ってるような平和な場所ではないのだ。と、吐き捨てたらどれだけ楽だろうか。

初夏を過ぎた時期なのに、暑さを感じさせない涼し気な目元、整った顔立ちをしている――それがなんだか腹立たしさを増長させた。さらりと彼の翡翠の髪が風に靡く様が……やけにルキアの瞳に強く印象を与えた。


「死にたくなければ他の道から家に帰れっ」


立ち上がった彼女に荒々しく叱咤されても納得がいかない少年は、不機嫌に眉をひそめた。

口を開いたが、既に彼女の眼中にないようで。合わない視線に、更に少年の機嫌が急降下した。少年は何処か姉様に似た髪を揺らして、ゆったりと喋る。


「アンタに命令される謂れはないんだけど」


ふと、意味が解らない彼女の視線の先に、見知った影が近付いてくるのを目に留め、止めていた足を動かそうとした。が、斜め前にいた彼女が自分よりも先に、「姉様ッ!」と、喜色を帯びた声を出したので、再び眉をひそめるはめになった。


――ゆっくり近寄る彼女は自分の姉なのに、と。



「こんなところにいたか」


流し目で虚を見、「この程度の獲物に梃子摺っているのか」と、鼻で笑れ、ルキアは中身がカンナではないと把握した。

では姉様は?なんて愚問は音にはしない。何も知らない少年を余所に、カンナ――基アルフレッドとルキアは、達磨のようなフォルムの虚を睨む。勿論虚が“視えない”少年は、姉から無視される状況に黙っていられない。


「姉貴、この人知り合い?てか邪魔なんだけど」

「?」

「?………あぁ。兄は弟だったか」


ふむと静かに目を細める姉貴が他人に見えた。

姉と同じ学校の制服に身に着けている高校生の存在への疑問から、姉貴への違和感へ思考が集中する。


「確か、名をリョーマと言ったか」

「…なに言ってんの」

「お、とうと…姉様の弟」


互いに邪魔だと思っていた人の正体の真相にルキアは茫然と呟く。


「これはルキア。カンナの妹だ」

「…はぁ?カンナの姉弟は俺だけなんだけど。なに言ってんの。――てーか、アンタ…誰」


言語を口にしないコイツは、知能が低いと見える――と、油断して。

胡乱気に、テニスバックを下に置いたリョーマを横目に、「どうせ後で記憶をなくすんだ」と喋りながらルキアに振り向いた――…その隙をつかれた。

兄の様な静かな喋りを聞き逃すまいと傾聴していたルキアもまた油断していた。

無抵抗なカンナの弟へ魔の手を広げる虚。ルキアとアルフレッドは極限まで目を見開かせた。――間に合わないッ。二人は同時に険しく顔を歪め、凍り付く空気を動物的本能でキャッチしたリョーマの全身が硬直し下腹が異様に重く感じた。


『っ、』


翡翠色が息を呑む死神と義魂丸の視界を横切る。


「っ、ぁ」

「!カンナッ」

「ぁ、あ姉上ッ!」


丸く太っている虚にしては素早い動きだった。

鈍い音と共に振り落ちる爪を、リョーマに届く前にカンナは斬魄刀で受け止めたが――…攻撃を止めたのは四本ある内の一手だけ。反対側の二本の腕と、残り一つの掌がカンナの腹部に突き刺さった。

もちろん攻撃を見切っていたのに避けなかったのは。避ければ後ろに立っている弟に届いてしまうから。


ぽた、ぽたっと滴り落ちる赤。

思わず出たとばかりのルキアの悲鳴が越前姉弟の耳朶に届く。


『っ、そう…さ、けぶな。聞こえてる』


日々守りたいと、泣かせたくないと強くなる想いに素直に従い、カンナはルキアを安心させる笑みを顔に浮かべて。

そんなカンナの背中に庇われたリョーマは、ぼんやりと黒く見える靄を眺めていた。

蜃気楼のような黒い靄に向かって、カンナと叫ぶどう見ても姉の姿に、リョーマは頭が追い付かない。ただ漠然と、見えそうで視えない黒い影の正体が姉なのだと可笑しくもないのに吐息を零した。

視えないが感じる。今、姉に守られているのだと。

不思議と不安はなく、ルキアの膝の傷に目が留まる程、心に余裕があった。

霊感がある姉貴が化け物に追われているのは、薄々気付いていた。心配させないように、家族にはそういった類の話をしなくなった姉貴だけど、みんな知ってる。毎日登下校していたリョーマは、父や母が知らない化け物に怯える姉貴の姿も知っていた。


――それも古い情報のようだ。

ゾクッとする本能的に近付きたくないと思ってしまう重苦しい空間から、リョーマを守ってくれている黒い靄は、化け物と対峙できる術を持ち得たのだと、リョーマに語っていた。


「(この感じ…気配なんて分からない。陽だまりのような…この匂いは姉貴だ)」


不自然に揺れる風と風。衝突し合う風。


『ルキア、アルフレッド』


危機感を感じさせない包み込むような温かさが、リョーマにも聴こえた。

記憶がなくてもいつだって自分の危機に駆け付けてくれる…嬉しくて。悲しくて。何十年も前の昔の記憶よりも幼い出で立ちが、何よりもルキアを複雑な気持ちにさせていた。


『数分だけでいい。足止め頼めるか?』


敵に向けていた剣先を地面へと突き刺して。呼吸を整えるカンナを一瞥して、ルキアは鬼道を。アルフレッドは、リョーマと座り込むカンナの許へ。

すぐに行動に移してくれた二人にカンナは勝気に笑い、ガクリッと態勢を崩し――…気を失った。

心配などいらない。青白くはない、寧ろ血色がいい貌と徐々に膨れ上がるカンナの霊圧を肌で感じ、負け戦だと歯噛みしていたルキアもアルフレッドもにんまりと口角を吊り上げた。

霊や虚が視えていたカンナに霊圧が感じられなかったのをルキアはずっと引っ掛かっていた。

死神へと無事にお姿を変えても尚感じられない霊圧が今、じわりと姉様の御身体から滲み出している。一護のように制御しなければ、ここにもっと虚が集まるだろうが、無駄な心配だと思えた。二人とも無条件にカンナを信頼していたから。例え手に負えない数の虚が集まっても大丈夫だろうと一考。


「早く御戻りになって下さい、姉様」


どんどん膨らむ強い力が、赤を塞いでいく――…。人知れずそっと胸を撫で下ろした。






――見付けて。


《アタシはあなた》


――探して。


《あなたはアタシ》


――あなたの覚悟をあたしに見せて。


《さぁ、呼んでアタシの名前を。さァ、呼べオレの名前を》





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