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どうしてこうなったんだと、叫びたい。
この危機的状況を作り上げた白装束メガネをぶん殴りたい。ああ駄目だ、そんな事はあとからでも出来る今は“ヤツ”に、見つかる前に、一刻も早く見付けなければ――…。
どこだ。
どこにいるッ。
たつきも織姫もチャドも、もちろん一護もルキアも。
高校入学と共に仲良くなった、決して長い付き合いではないけれど濃い時間を過ごしていると思っているあたしは、たつきと織姫を親友だと思っているし、チャドと一護はケンカ仲間、ルキアは妹のように思ってる。
そんな彼等が心配じゃないのかと聞かれると、心配だと答える。
でもね。それ以上にあたしは彼等がそれくらいで倒れるような弱い人間だと思ってないから。だから、あたしは友達より家族を一番に探した。特に弟を。嫌な予感がしてるんだ。警報を鳴らすように弟の顔が脳裏から消えてくれねぇ。
『っ、は、』
――リョーマッ。
時は無常にもあたしを独りだけ残して進んだ。
□■□■□■□
そもそもの事の発端は、ルキアや織姫と話した数日後の――今現在から数週間前に遡る。
一護の一件の後、ぶら霊の生放送を空座町でするとかでルキアと織姫が楽しみにしていたから別段興味のなかったあたしも参加して……いやいやこの話は関係なかった。アレは忘れよう。
で、その後だ。
未だルキアがあたしが死神になるのを快く思ってない様子で。どことなく不機嫌というか、どこか怯えたように瞳を揺らす妹分の彼女を前にしたら文句は言えなくて。せっかく手に入れたアルフレッドの活躍する場は全くなかった。
それなのに。ルキアはあたしを除け者にはせず、虚の出現通知が届けば一護と共に授業を抜け出して、三人で街を駆け巡る日々だった。
ここ数日は、虚が出るとされる場所に駆け付けても、虚の姿はなく現れる気配もなかった。
虚は去った後だったのかはたまたルキアの持つ伝令神器が故障したのかは分からないが、嵐の前の静けさのような言い知れぬ何かをあたしは感じていた。
「その程度のことも分からないで…君達はそれでも死神か?」突然、困惑するあたし達の前へと現れ、虚を倒した白装束に身を包むメガネ――その名も石田雨竜。
「僕は死神を憎む」挨拶程度の交流しかなかったクラスメイトのソイツは、普段よりも冷たい眼差しをあたしと一護に突き刺した。
敵意の籠った瞳、死神が嫌いだとその口が紡ぐ。挑発されているのはあきらかだった。
そう残して颯爽と去った彼を知らなかったのか、一護に引っ張られ、翌日の放課後…つまり数時間前、クラスメイトである石田雨竜を尾行し、見つかった。ルキアは蒲原商店に向かった為、ここにはいない。
「僕は滅却師。虚を滅却する力を持つ者」ギロリと睨まれ、覚えのない敵意と殺気に硬直するカンナと一護。
「勝負をしないか。君達死神と僕とどちらが優れているか」どちらが優れているかなんてどうでもいい。
謂れのないやっかみや嫉妬で吹っ掛けられるケンカとは違い、憎しみが宿る双眸。ソレがどうしても引っ掛かって、胸がもやもや。
「解らせてあげるよ。死神なんてこの世に必要ないってことをさ」――どうやってだよ。
そう問おうとしたあたしの唇は、吐息しか出さなかった。少しだけ手の平が震えた。唇も震えていたと思う。恐怖からなのか自分でも分からない。
「…意外だね。逃げるのかい?」
「挑発にゃ乗んねーよ!俺とお前じゃ勝負になんねぇって話さ」
「…ああそうか。思い出したよ」
「君は朽木さんに力を与えて貰った死神……つまりは“仮の死神”だったね…彼女の許可がなければ指一本動かすこともできないってわけだ」お願いだ一護。
「……何だと?」挑発には乗らないでくれ。嫌な予感を感じてあたしの中の誰かが警報を鳴らしてるんだ。
「越前さんも逃げるつもりかい?」
『逃げるもなにも、どうだっていいよ』
「……」ぴきりと青筋を立てた黒崎一護の表情の変化に満足した石田雨竜の次の標的は、越前カンナへと移る。彼女の栗色の瞳が細められた。
『どちらが優れているかなんて、どうでもいいね。興味ないもの』死神になれて力を得られたのなら、人の役に立ちたい。
虚が見えるのなら、虚から逃げる霊達の助けをしたい。ルキアと一護の手助けをしたい。あたしの死神としての力は、誰にも負けないといったプライドの為には使わない。
石田がどれだけ滅却師として誇りを持っていたとしても、あたしには関係ない。彼は彼で、人を守ればいい。縄張り意識からのケンカでもないようだし、ホント放っておいて欲しい。
「越前さんもか」
『……なにが』
「黒崎一護は、仮の死神。そして君は、本来の役目を忘れた“府抜けた死神”なんだね。――だから二人とも僕との勝負で負けるのが怖くて出来ない」あァん?と、低く唸る声が一護と重なった。その勝負受けて立ってやんよ――二人の気持ちも一致した。え?数秒前と言ってる事が違うって?事情が変わったってやつだ。
さっと可愛くない骸骨のフォルムをポケットから取り出し、肉体をコンに任せた一護を横目にあたしも義魂丸を飲み込み、死神の姿へ。
久しぶりの死神の姿は、三度目なのにやはりしっくり来る。心なしか、体が軽い。
「……」
『アルフレッドは――…』
「カンナ姐さーん!お久しぶりでっ、――…ぶふぇ」一護の身体に入ったコンに抱き着かれそうになったのを助けてくれたのは、カンナの身体に入ったアルフレッドだった。
無表情で、コンを踏みつぶしている。事情を知らない人が見たら、カンナが一護の背中を踏みつけていると思うだろう。
「――で?私はコレを始末すればいいのか」
「やめろッ俺の身体だって!おいカンナ!飼い主なんだから躾くらいしとけ!」
『アルフレッドは――…』アルフレッドに、ルキアの元へ行ってくれないかと頼もうとしたのに。またも遮られた。
「茶番は止めてくれないか」眼鏡を上げ溜息を吐いた石田雨竜によって。
「チッ。とっとと説明しろよ。勝負のルールを!」そこでやめておけば良かったんだ。
馬鹿にされても、鼻で笑う余裕を持っておけば良かったんだ。そうすればあんな事にはならなかった。
「これで勝負しよう」コインの大きさのものを一つ取り出した石田の手元を見て、ガンガンと嫌な予感が強くなった。
「対虚用の撒き餌だよ。これを砕いて撒けば虚がこの町に集まってくる」
『っ、やめろッ』ひゅうッと喉が鳴る。
石田の狂言ではないだろう。ヤツの眼は本気だった。ならば、その餌が撒かれれば、ただのケンカではなくなる。空座町の人達の命や、彷徨う魂魄の命が危ない。
「集まってきた虚を二十四時間以内に多く倒した方の勝ち…ってのはどうだい?わかりやすくていいルールだろ?」
「何だそりゃ!?ふざけんな!!」
『てめェ正気かよ!街の人達の命をなんだと思ってんだッ!』
「何様だよてめぇ!!」吠える二人を、石田は冷めた眼力で黙らせた。
「うるさいんだよ、御託がさ!」
『っ、ぁあ』目の前でわざと撒き餌を砕き――…二人の双眸が大きく見開かれた。
カンナの栗色が動揺に揺れた。絶望の色をも見とめ、石田は満足げに口角を上げたのだった。流れは滅却師石田にあった。
「他の人間の心配なんて必要ない!集まった虚は一匹残らず僕が滅却するんだから!」カンナも一護も、茫然自失したように、声高らかに演説するクラスメイトを凝視する。
「君達も……虚から人々を守り切れる自信があるなら――…この勝負受けれる筈だろう?」目線は言い合う彼等に。
ふるふると震えながら拳を握り締めた。
「賽は投げられたというやつさ。時期に撒き餌につられた虚でこの町は埋め尽くされる」日常の変化に逃げていたあたしは、石田の襟元を掴み叫んでいる一護達の光景をどこか他人事のように眺め、逃げるのを辞める時が来たのだと悟った。
中途半端に得た力は使えない。
絡み合う謎を解き放てば、あたしがあたしではなくなる。その恐怖を乗り越えなくてはならないのか。ぐだぐだと考えるよりも先に、覚悟を決めて変化を受け止めなければ。
「僕に掴みかかるより先に、走った方がいいと思うよ。君が少しでも多くの人を虚から守りたいと願うならね」迷いの消えたカンナと、石田の好戦的な視線が絡む。負けじと睨み返した。インテリ眼鏡め。
「そして気を付けた方がいい。知ってるだろうが虚は霊力が高い人間を好んで襲う習性がある」
「!くそッ」
『一護っ!待て!』血相を変えて踵を返した背中を引き留めたが、黒装束はあっという間に視界から消えた。
オロオロとしているコンに、一護をお願いして。慌ててコンが追いかけてくれた。考えるまでもない。一護は妹を大事にしている。前に一度会った時にそう感じたから。一護は霊力が高い黒崎夏梨の元へ向かったのだろう。
だが、もっと心配なのは――…最近霊力が上がっているたつきや織姫やチャドの三人だ。
霊力が高い人間を襲う虚が真っ先に目を付けるのなら彼等ではないだろうか。一護の妹は、霊の類に慣れている。他の三人が虚を見たら、正気でいられるか。無事に逃げてくれるか。とても心配だ。
一護が妹の元へ行ったのなら、あたしは三人の無事を確認して、それから――…。
「やっぱり気付いてないか…。越前さんは気付いていたみたいだね」
『一護の妹は霊力が高けぇんだ。一護が焦るのは当たり前だろうがッ』
「…口調が荒くなって来たね、イライラしてるのかな?」普段は素っ気ない喋り口調なのにねと笑う石田を、睨む。
沸点が低いあたしがキレたら口が荒くなるのは周知の事実だ。クラスメイトなら、より知られている。ヤツの余裕の笑みが腹立たしくて、内心舌打ちした。あたしも早く走り出したいのに。
「気付かない方が僕としても面白い展開になる。黒崎一護がそれに気づかない限り必ず僕に敗れ、自らに対する失望に殺される。そして君は自分の能力の低さを思い知るんだ」
『てめぇこそ普段のクールキャラの殻は脱いだのか?ぺちゃくちゃと良く喋る』不機嫌さを隠しもせずに吐き出したもう一人の標的に、石田は眉をひそめたが、それも一瞬のこと。
「いいのかい?他人事のようにしてるけど。周りに影響を与えているのは何も黒崎一護だけじゃない。越前さん君もだ」瞬きした次の瞬間には、皮肉気な笑みを浮かべて見せた。
「君も死神の姿で彼等に接触した。普段は霊力をコントロールしているようだけど?いつも一緒にいる家族はどうだろうね。少なからず影響を――…」
『黙れッ』最後まで放てなかった。
黒崎一護のように殴り掛かるわけでもなく、かといって怒気がないわけでもない。殺気から彼女の怒りが伝わる。ぶるりと震えそうになるのを堪えて、喋るのをやめない。
「なんだ。やっぱり君も家族が大事なんだ、我を失う程」
『あたしが怒ってンのはそんな事じゃねぇし!家族はテメェに言われるまでもない、あたしが守るさ。――あたしが怒ってんのは、テメェが救いようのない馬鹿だからだ』
「…なに?」
『死神が気にくわないのか何なのか知らねーが、テメェの私情に、関係のない人間や魂魄を巻き込んでんじゃねぇよッ!!理解できねぇのなら、テメェは救いようのない馬鹿だってことだ』
「まだ分からないのかい?僕が虚を滅却し、君達もまた虚を倒せば何も問題はないだろう。それとも何かい?覚醒してない抜け殻の君には手に余る、つまり守れないから怒っているのか」彼が口にした“抜け殻”とは。“府抜けた死神”とも言っていた。
彼はあたしが知りたい情報を持っていると見える。本音を言えばこの場で殴ってでも吐かせたい。しかし…と、頭の中の冷静なあたしが自分を律した。優先すべきモノはソレじゃない。
『………石田雨竜。お前は救いようのない馬鹿だな』湧き上がるソレ等を腹の底へ沈めて。一言だけ、低く石田に送った。
反論しようとした石田を無視して、あたしは『アルフレッドは、ルキアの元へお願い』と言いたかった事を頼み、頷いたあたしの身体を見て、数分前に一護が消えた方向へ瞬歩で消えた。
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