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 六【覚醒】




一護には母がいない。

それを知ったのは、一護がルキアと休んだ日。織姫と一緒に、たつきから教わった。

その日の朝、ルキアに待ち伏せされ、一緒にと誘われていたが、断っていてよかったと――…後で思った。

ケンカ仲間のような友達だけれど、知り合ってそんなに経っていない。母親を亡くしたなど、踏み込んだ話は出来ないし、相手が一護だからこそ…どんな顔をしていいのか分からなかったから。


「傷心のあやつの心まで考えず、私はっ、告げてしまった」

『……』


でも、と思う。


「霊力のあるあやつをっ、狙った虚のっ、せいやもしれぬ…と、」


妹のように思えてならない、このルキアが泣くほどの事件があると知っていたなら――…。


『っ、は』


あたしは、無理やりにでも家族水入らずで行くべきお墓参りについて行っただろう。

リズム良くお互いのラケットを行き来していたテニスボールが、動きを止めたルキアの足元でコロコロ転がった。

外は風もなく、ゆっくりと止まったソレは、今のルキアの心を現しているような気がして。あたしも無言で構えを解いた。

今日は日曜で体を動かしたかったから、朝から自主練に励んでいたところ、あたしの家族に遠慮して普段は家に寄らないルキアがチャイムを鳴らしたのだ。辛気臭い表情のルキア。

そして先日たつきに訊いていた話を照らし合わせて、何用で来訪したのか答えを出すのに時間は掛からなかった。出たのは、重い溜息だけ。深い吐息がルキアと重なったのは、多分一時間くらい前。

中々話し始めないルキアを誘って、お遊び程度のラリーをしていたら、やっと悩みを打ち明けてくれたのである。想像していたよりもずっと重い内容の悩みを。


「言ってしまって後悔した」

『……』

「傷つけてしまった、追い詰めてしまった」


両手首につけているパワーリストが、ズンッと存在を主張した。

耳の裏で数日前に交わしたたつきとのやり取りが蘇る。同時に、脳裏の隅でいつもの違和感が引っかかっていた。

一護の母が亡くなったのは、一護が小学生の頃だったらしい。

当時は、へらへらと笑う子だったらしく、弱弱しい印象だったとたつきは言っていた。

あたしにはそんな一護は想像できない。トレードマークの眉間の皺は、そんな過去から出来上がったのかもしれないなと感想を心内に零すくらい。親を目の前で亡くしたと聞いて、心臓の脈が速くなった。

ルキアの話は、たつき側よりも一語の内側に触れるもので。

話を訊いていくうちに、たつきの話の時もそうだったが――…一護に親近感を抱くあたしがいるなんて意味が分からない。

母のお墓参りの為に学校を休んだらしいその日、虚に遭ったらしい。それも……一護の母親を食べた…虚。

なんの因果なの、ルキアが現れて一護が虚の存在を知って。ただでさえ、自分のせいで母を亡くしたと責めていた彼に、真実が突き刺さる。


ルキアが喋らなくったって、こうなるべくしてなったのだという気がしてならない。

しかし、そんな言葉を彼女に投げたところで、きっと嬉しくはないのだろう。あたしは、ただ耳を傾けるだけに徹するしかなくて。


「それよりもっ、なによりも許せないのは、」

『ん』

「一護が死神として成長したことを、嬉しく…誇らしく思ってしまった自分自身ですッ」

『……』


後悔したと、真っ直ぐなルキアが言ってるくらいだ。死ぬほど後悔してるのだ、今も尚。当事者ではないあたしが何を言っても慰めにはならないけど。

結局、一護の母親の仇は取れなかったのだとか。

余談だが、昨日の夕方に一護からルキアが来るかもしれないからよろしくと、それと詳しくルキアから聞いてくれとか言われていたりする。一護も一護で不器用な奴だね、まったく。遠回しにルキアの事を慰めてやれと言われたのだと、あたしは受け取る。

一護がわざわざ言いにこなくても、ライオンのぬいぐるみに入った改造魂魄――改め、コンが騒がしく教えに来てくれたので。ホントのところ粗方なにが起こっていたのか知っていた。


『それは…』


一護は死神になったばかりで成長途中だから。

力がある奴を喰って虚を相手に、力尽きて生きている方が奇跡で。一護の戦いなのだと手を出せなかったことも気掛かりで。

一護が守りたがっている家族までも危険に晒した、だというのに喜んでしまった――、と。

死神としてはルキアが一護の師に…いや先輩か?に当たる。故に、ルキアが彼の成長を喜ぶのは自然な流れだろう。あたしもリョーマのテニスの腕が上がるのは、見ていて嬉しいもの。


『思って当然なんじゃない?』

「――ぇ」


顔をやっと上げたルキアの方のコートに向かう。

あたしの実家は神社なのに、裏手にテニスコートがある。あたしとリョーマは良くここで、互いに技を磨き合っている。あたしにとって親しんだ場所で現在ルキアと二人。なまぬるい風に、ふわりと口角を上げた。


『一護に力を与えたのはルキアなんだし、成長を喜んで当然だと思うけど?』

「ですが、やはり不謹慎な気も…」

『それならルキアが早く力を取り戻せばいい話でしょ?それと、一護を傷つけた事に関しては、一言謝った方がいいかもしれないね。でもきっと一護は気にすんなって言うと思うよ』


力なく垂れる彼女の両手を包み込む。

さっきまでラリーを続けてたから、お互いに手の平はじっとりとしていたけど気にならなかった。ルキアの丸い目が更に丸くなるのを近くで見つめる。


『周りを危険に晒したのを後悔するなら、ルキアが早く力を取り戻せばいい。それが無理なら、今よりももっと一護を鍛えて強くすればいい』

「それでは私に都合がいいことばかりです」

『いいんだよ、ルキア前に進んで。反省してもいいけど、後悔してばかりなのはダメ。後ろばかり見て前へと進めない』

「……」

『今度はあたしもいるから。ね?一緒に、一護と強くなろう』

「姉さま……」


『ルキア良く頑張ったね』と、彼女の頭を優しく撫でると、手の下から「姉様は変わりませんね」と、くすくすと笑い声と共に褒めてるのか分からないお言葉が返ってきた。

悪い気はしない。むしろ、こうやってくすぐったそうに笑うルキアと時間を過ごすのが、自分の中では当たり前で。遠い昔にルキアと知り合いだったのではないかと思うくらい、懐かしい気持ちになる。

「はいっ」と輝かしい笑顔になったルキアの頭を今度は強く撫でまわした。


『(ルキアに尋ねたいのに聞けないことがある)』

「ね、姉さまっ!髪が乱れますっ」


あたしを慕ってくれるルキアが可愛くて。いつまでも側にいたくて。

誰かの代わりにあたしが守らなくちゃと思わせる、一護やチャド、たつきと織姫達とはまた種類の違う大切な人。


――ねぇ。あたしと何処かで会ったコトあるんでしょ?



『(だから姉様って言ってくれてるんでしょ)』


目に見えて変わっていく“何か”が怖くて、あたしは唇をぎゅっと引き締めた。




焦るあたしの脳が、ここ数日の出来事を急速に映像として再生していく――…。ルキアの懺悔を訊いた日よりも数日前、


「あたしね、たつきちゃんに黒崎君のコト聞いて、なるほどなーって思ったの」

『?』

「どうして黒崎君にどうしようもなく惹かれるのか…あたし分かった」



たつきに一護の事情を教えてもらった日。あたしは織姫の心に触れた。

織姫は虚となってしまった兄の事件から、あたしの家に住んでいる。身寄りのない彼女を野宿させるなんて出来ないし、家の壁を崩壊させたのはあたしと一護だ。織姫が覚えていなくても罪悪感は胸に残る。

もちろん女好きの親父は、二つ返事で了承してくれたから、織姫と一緒に帰路についていた際の会話の一部が。焦るあたしを嘲笑うかの如く、ぐるぐると頭の中で鳴っていた。


「あたしと黒崎君が同じだったから」


一護は、母親を。織姫は兄貴を。


「ううんきっとそれだけじゃない。あたしと同じで、あたしと違って優しくてそんな黒崎君だったから」

『……そっか』

「黒崎君のことを思うと悲しいって感じるのに、あたしってば黒崎君のことが一つ知れて嬉しいと思ってる」



苦しそうに一護を想って笑みを浮かべた彼女はとても綺麗で――知らない人間に見えた。

恋とは、愛とは。

恋をした経験がないあたしには、彼女が遠くに感じ、息を呑む。

置いて行かれたような気分になってるあたしの栗色と織姫の瞳が重なる。射抜くような強い眼差しに、呼吸の仕方を忘れた。


「不思議なの。どうしてかな」

『……』

「あたし、カンナちゃんにも」



どくんッと嫌に大きく心臓が脈を打った。



「黒崎君と同じように親近感を抱いてるの」





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