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“ナンだよ…へへ…ビビらせやがってマグレ当たりかよ……俺が見えてんのかと思ったじゃね…”

『…あ、』

“ぇぷ”

「…よし、あたった…」

『無茶苦茶すぎでしょ』


チャドが視えてないと油断した虚に、拳を当てたチャドに笑いが込み上げる。

全く視えてないくせに、チャドよりも大きな体をした虚に攻撃を当てるなんて。無茶苦茶ぶりがチャドらしい。

視えてないから彼は、あたしやルキアよりも危険な状況なのに、あたしは通常運転なチャドを心強く感じた。ふっと口角が吊り上る。


「(こいつには…恐怖心というものがないのか…?)」

『(チャドはこうでなくっちゃ!怪我したって訊いてたけど……元気そうで良かった)』


“く…くそ…ッ”


「な……ッ」

『!』


“ヒャハハハハハ!!”


チャドの攻撃を受けていた虚から、翼がはえてばさりと広がって。空へと飛びあがったのを見て、目を見開いた。


“これなら手も足も出ねーだろ!!えぇ!?どうするよ、出来損ないの死神サンよォ!!”

『虚は空も飛べるのか…』


驚きで思わず出た言葉に、ルキアがいろんな虚がいますからと応えてくれた。

空高く飛び上がられると、飛べねぇあたし達は不利になってしまう。ただでさえ押されていたのに、どうやって戦えばいいんだ。あたしだって一護みたいに死神になれたら…。


『ね、ルキア……あたしも死神にしてくれないかい』

「っそれは、」


小声で話しかけられたルキアは、言葉に詰まった。

彼女に記憶が戻って欲しいと思ってるルキアだけれど、カンナを危険に遭わせたいとは思ってない為、追及されても曖昧に言葉を濁して来たが――…この状況では、一人でも戦える人間がいた方がいい。

カンナのためにも、あのインコの為にも。後、そこでキョロキョロしている大きな体をした男の身の安全の為にも。

そう思考して自分に言い聞かせてみたが、やはりカンナを死神にしたくないという思いの方が強くて、視線が彷徨う。懇願するような視線には気付きたくなかった。


「ボーッとするな!逃げろ!!奴は飛んだ!!」

『っ!チャドッ!斜め上ッ!』


ルキアの視線があたしから逸らされて。

戦いたいのに戦えない現状にもどかしい気持ちでいっぱいになってるのに、合わない視線に彼女の名前を呼ぼうと口を開いたが、逸らした彼女の瞳が極限まで開かれるのを目視して、あたしも上空を見上げた。

虚がチャドに向かって、急降下しようと翼をばたつかせている。


「…転入生…カンナも……ユウレイが見えるのか…?」

「そんなことは今どうでもいい!とにかくあの距離ではこちらの攻撃は届か――…」

「…どこだ?」

「……何?」

「…飛んでるんだろ……どっちの方向だ…?」

『右斜め上だッ!!』


ぶんッと空気を切る音がして、チャドに鋭く声を上げた。

隣りでは、ルキアがチャドの質問に怪訝な表情を浮かべていたが、あたしはチャドが何か仕出かすのだろうと想像がついていたので、考えるよりも口が動いたのだ。

言葉だけじゃなく分かりやすく、ヤツがいる方向に指をさす。


「そ…そんなこと聞いてどうす…」

「――こうする」

“ヒャハハハハハ!!”


チャドが視えない人間だと油断しきっている虚は、未だに耳障りな笑い声を立てていて、素手で殴りたくなる。

訝しむ転校生に、チャドは口角を上げて、端に立っていた電柱を――…力任せに引っこ抜いてみせた。

我が目を疑う転校生と、半眼になったカンナのリアクションが、チャドの瞳に映る。が、彼女達に視えてる不穏な存在は視えなかった。

この時、カンナは、電柱が木で出来てるヤツで良かったなと思って。そして、馬鹿力なチャドに、半眼になっていたのだとチャドが知る由もなかった。


“さァ〜〜!!どうしようかなァ!!ここからヒット&アウェイでハヤブサみたく仕留めてやっか…”


ふんッと鼻息を荒くして、カンナが指差す方角向かって振り下ろす―――……。


“……あ?”

「おおおおおおおお」

“なんだと〜〜〜!!?”


チャドの雄叫びと、虚の間抜けな悲鳴が、鼓膜を震わす。

あたしは、ごくりと生唾を呑んだ。


“イ、イイイイイヤアアア!!”


戦闘なのに気が抜ける悲鳴が、住宅地に木霊する。

ちょうど人間でいう首のあたりに電柱で攻撃された虚は、地面にたたき落とされた。鈍い音がした後、静寂が訪れる。

仕留めたか否かを確認したいが、土埃でヤツに息があるのか視えなくて。チャドもルキアもあたしも無言で一点を見つめた。

斬魄刀で攻撃してねぇからヤツが消滅してないってのは、頭では理解していたが、少しでも一護が来るまでに弱らせる事が出来たらと願って見つめた。一護をただ待つだけな自分の無力さに辟易して。


《人任せにしたままでいいのかね》

『………』


先程よりも幾分落ち着いた声が、またも頭の中で聞こえた。

自分の無力さは誰よりも自分が知っているから、聞こえた声に応える言葉はなく。クリアになった視界に飛び込んだのは、ぐったりと無様に横たわる虚だった。

あたしにしか聞こえない声が何処から聞こえて、声の主が誰なのか、声の主は何故あたしに名前を呼んで欲しいのか。

疑問は常にあったが、それよりも目先で弱っている虚を片付ける方が、優先順位が高いと、謎の声は頭の隅に追いやった。


「さぁ、観念しろ。じき貴様を片付ける奴がここへ来る。それまで大人しくしているんだな」

“…へへへ…”

「…何が可笑しい」

『…何笑ってるの』


無様に地面に転がる虚に近寄って眉をひそめたルキアとカンナに、話のみえないチャドは小首を傾げた。

チャドには、虚の姿はおろか声すら聞こえないのだ。二人の様子で状況を判断するしかない。

チャドは昨晩、二人が今対峙しているだろう化け物に襲われて、一護の家に運ばれたが、朝方インコを連れて逃げて来た。話を訊くと、インコは化け物から逃げているらしくて、力になりたかったから。


“…へへ…イヤ…”


けれど逃げてる途中で、一護と転校生に会って、巻き込むまいと更に逃げたが聞こえた物騒な音に引き返して、今に至る。

戻って来た先で見たのはカンナが地面から浮いて苦しそうに喘ぐ姿だった。

考えるよりも先に拳が出たが――…そう言えば、危ないからと引き返す前に道端に、化け物に狙われていたインコを置いて来たが、大人しくしているだろうか?


“考えてねーのかのなーと思ってよ…”

『チッ。何が言いたいの?』

“どうして俺がいままで…二体も死神を倒して喰うことができたのか、ってことをよ…”


嘲笑が含まれたヤツの言葉に、苛立ちが募る。


“まったく…そんなコトだからアンタら死神は…”


そこで不自然に言葉を止めた虚を訝しむ暇もなく、ぞくりと身の危険を感じた。

梅雨前のこの時期は、そこまで寒くないのに。寒さから鳥肌が立つ。同時に額に冷や汗が流れた。背後を振り返る余裕もない。


“どいつもこいつも俺達にヤられちまうんだぜェ!?”

『っ!』


劣性だった筈の虚が下品な笑みを浮かべるのをただ見つめる。隣りに立つルキアもただただ見つめていた。

きっとルキアもあたしと同じく感じているのだろう。

目の前で優位に立っているのだと思わせるような笑みを浮かべて、転がったままの虚と同じ霊圧が――…あたし達三人の背後にいる、と。それも一匹じゃねぇ。何匹もいやがる。振り向かなくても肌で感じた。


『――うッ』


衝撃が来ると感じて身体に力を入れたが、些細な抵抗も呆気なく、地面に俯せで押さえつけられた。

背中から圧迫されて、息苦しく、口から酸素が漏れる。

蠢く霊圧の数から、あたしの背中には十匹の虚が乗ってるのだろう。眼球だけ動かして、チャドを見ると彼の背中には、両手サイズの小さな虚が沢山乗っかっていた。

顔が動かないので確認できないが、たぶんルキアの背中にもあの虚が乗っているのだろう。

僅かに開いた唇から、砂利の味がした。


“へへへへへ…形成逆転ってヤツだなァオイ?”

「…ム…」

『チッ』

“まったく死神ってのは単純だねェ…ちょっと俺が一人で相手すりゃどいつもこいつもスグ俺が一人だと思い込みやがる…”


形勢逆転、まさにその通りだ。

目の前にいたと思っていた虚の声は、斜め後ろから聞こえて。ヤツの位置を把握する。


“俺が一回でも「俺には仲間なんていません」なんて言ったかァ!?へへへへへ!!”

「く…ッ」


姿は見えないが、ルキアの苦しそうな声が耳に届いた。


《チッ。どうすんだよ、いい加減にしねェかッ!》

“さァ〜て。どっちから喰ってやろうかなァっと!!やっぱマズそーな男は…”

「…ムォ…」


――やられてばかりなのは性に合わねえ。

と言うか、やられてばかりなのは悔しい。こう見えて?否、見たまんま、か?あたしは負けず嫌いなんでね。

チャドがどうにか立ち上がろうとしているのをただ眺めるのも、なんか嫌だ。

圧し掛かる力に抗おうと、あたしも腕に力を込めた。が、圧し掛かる力が半端なく、立ち上がれない。


『ん、?(…あぁ、そうだった)』


力を込めた自分の右手が、ずっと何かを握りしめていたのをすっかりと忘れていた。一瞬、なんだと思ってしまった。

プロのテニスプレイヤーだった父親の影響で始めたテニス。

あたしも弟のリョーマもテニスが大好きで。愛用のラケットは、命の次に大切なもの。宝物と言っても過言ではない。今日の朝から、リョーマの部活で指導していたのを思い出す。

今、あたしが手放さずに持っているのはテニスラケットだ。

衝撃からか、ラケットケースから一本だけ飛び出てるらしい。ぞんざいな扱いはしたくねぇが、そうも言ってられねー状況だ。仕方ねぇ――…と、中からラケットを取り出して、グリップを強く握りしめた。


「……姉様…?」


虚とは違う霊圧を感じて、ルキアは生唾を呑んでカンナの背中を見つめた。

姉様の力が一箇所に集まってる。今は、人間の肉体のままで死神の御姿ではないのに、感じるのは死神の力。懐かしいお姉様の力強い力。


『っ、ふんッ!』


ルキアの視線に気付かないあたしは、感じるままに力をラケットに込める。

一回、死神になってから、自分の“霊力”というものを理解した。筋肉に力を込める感覚で、腹の中心からじわりと力が外へ放出出来るのだ。感覚的に学んだ。

あの夜みたいに刀は出ねぇが、刀の代わりにラケットを使おうと。横向きに身体を傾けて、上に乗ってる小人サイズの虚達を見遣る。

一睨みして――…奴等が怯んだすきに、霊力を込めたラケットを一心不乱に振った。テニスボールに見立てて虚を蹴散らす。


『数がっ、多いッ!』

「ムオォォォォォォあッ!!!!!」

“く……ッくそッ!!なんつーカンの鋭いヤツだ!!見えてねェくせに!!”


わらわらと四方八方に逃げていく小さい虚達を威嚇するようにラケットを振るって。

焦った敵の声の方では、チャドが力任せに拳を振るっていた。


――いつの間に立ち上がったんだ……馬鹿力なヤツだな。

チャドはもう安心だなと、ルキアに近寄る。ラスボスの虚は、チャドに意識が向いているので今の内に。やっぱりルキアの背中にも、沢山の小人サイズの虚が乗っかっていた。

仲間とかほざいていたが、この小人サイズの虚達は、分裂して出来たのだろうか?また別の魂から出来た虚?サイズ的に…人間の魂……じゃないのかな?動物の魂が虚化したのか?

ラスボスの虚を倒せば、こいつらも倒れるのだろうか。


『ルキア!――ふんッ』


地面に這いつくばるルキアに大丈夫?と声をかけて、手を差し出した。

起き上がったルキアの制服は土まみれで汚れていた。……あたしの制服もボロボロ。学校についたら、学校指定のジャージに着替えよう。


「姉様は、大丈夫ですか?」


霊圧でコーティングされてるお陰か、ガットは切れなかった。緩んですらないのを確認して、ほっと胸を撫で下ろす。

学生だから、ガットを張り直すのに簡単にお金をかけられないのだ。

女好きな父親に頼めば、お金くれそうだけど……その代わりに何を要求されるのか考えるだけで、嫌気がさす。面倒なおつかいとか頼まれそうだしね。ヤツは面倒事を持ってくるのは目に見えているので、母の家事の手伝いの方がよっぽどマシだ。

おっと、思考が逸れてしまった。


『んあ?うん…大丈夫だ。良かった、ガットは無事だった』

「?ガット??」

『それよりルキア。一護を待つだけなのは性に合わない。あたしを死神に出来るんでしょ?一護みたいに体から出してくれない?お願い』


チャドに聞こえないようにそう言ったが、黙り込むルキアに、やはっぱり彼女は、あたしが死神になるのを良く思ってないのだと確信する。


「姉様…ここは私めに任せてはくれませんか」


揺るぎない視線で見つめられると――…嫌とは言えない。頷くほかなかった。

だってあたしは知ってんだ。ルキアのその体に宿る霊圧がとても微弱なものだという事を。

力が戻れるまでは現世にいると説明してくれた彼女だけれど……ルキアに力が戻るどころか日々弱まってるのを――…あたしは知ってる。なのに、あたしはルキアに頼るしかなくて。力になりたいのに、なれないもどかしさに、胸がざわつく。

あたしだって死神になれるらしいのに、自分自身では、あの姿にはなれなくて。ルキアや、一護に頼るしかない現実が酷く情けなかった。



「死神になれる道具もあるんスよ」


呪文のように脳裏にこびりついたオッサンの言葉。

もしもこの場を無事に乗り越えられたら、あのオッサン――浦原喜助とか言ってたな。あの男を探してみよう。知りたい事が沢山あるから丁度いい。

ルキアに尋ねてもいいのだが、ルキアは姉に似ているあたしを慕ってくれているから、下手に訊けない。







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