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なんだか今日は良く走っているなと、頭の隅でそんなことを考えながら荒い息を吐いていたら――…、


“そうか…アンタ死神だったのか…どうりでウマそうな匂いがするワケだ…、死神か…なつかしいなァ…”


『っ!』


見た事がない虚と、ルキアが対峙しているのが、あたしの視界に映り込んだ。

虚の振り上げた腕が、ルキア目がけて降ろされようとしていると目視した瞬間――…考えるよりも体が動く。


――ルキアをあたしの目の前で傷つけさせるかッ!


“!!…あァ!?”

「っ…ぁっ、姉さま…?」


ルキアの体をヤツの拳の軌道から逸らして、腕で衝撃を受けた。が、やはり相手は虚で、こっちは生身の人間だ。痛みが半端ない。


『ッ!っ、てッ』


腕を交差させてて衝撃に備えたが、ズキンッと言葉に表せない痛みが走る。左腕…ぜったい折れたッ!!


“………アンタもうまそうな匂いが、すんなァ”

「姉…カンナさん…何故ここに」

『ん?一護と同じこと言ってくれるなよ』


殴り飛ばされたあたしの前に、今度はルキアが走って駆け寄って来てくれて、虚から守るように立ちはだかってくれた。

さっきの一護と同じ言葉を口にしたルキアに、腕の痛みを堪えながらもふっと笑う。


『虚の気配がしたから、気になってね』

“…へぇーアンタも俺が見えるんだ?見たとこ人間にしか見えねぇのによ” 

『――チッ。ルキア、インコの霊は成仏させたんじゃないの?この虚はなにっ』

「…魂送は出来なかったんです。そやつは、その霊を追い掛け回してる――…」

“おい。無視してんじゃねーよッ!”

『!ルキアッ!』


あたしが登場するまでずっと一人で戦っていたルキアは、当たり前だがボロボロで、空座高校の制服には土埃がついていて。

駄弁っていたら、庇うように立っていたルキアが虚の攻撃を受けて、彼女もまた腕をやられたようだった。ルキアが怪我を負ったのを見て、カッと頭に血が上る。


『テメェ!ルキアに何してくれてんだッ!』


激怒するあたしと、よろよろっと立ち上がるルキアを交互に見遣って――…虚は、くッくッくッと噛み締めるような笑い声をあげた。

勘に触る笑い声に、怒りがふつふつと湧き上がる。何が可笑しいってんだ。




“俺はな…あのガキを成仏させに来た死神を二人ほど喰ったことがあるんだ…”

『――は、あ?』

“最高にウマかったなァ…”

『死神を…喰った……な、に言ってるの、』


呑気に会話をすることすらも余裕からの表れだと言われているようで、一々勘に触る。

一定の距離を取って、神経を張りつめるカンナとルキアにたいして未だ笑い声をあげていて。ヤツが取って置きの話だと言わんばかりに放ったその言葉は、思考を停止させるには十分な威力だった。

虚が霊を襲うのは既に知っていたが、奴等が死神まで食すとは知らねぇ。と、いうより霊体を食べた虚は強くなったりするのだろうか?

死神を喰ったコイツは、死神を二人も倒す力量を持っているってことで、身体に強い緊張感が押し寄せる。

目の前で不快な笑い声を立てる虚から注意をしつつ、チラリとルキアも視界に入れると、彼女はあたしの言いてぇ事が分かったのか同じく真剣な顔で頷いて見せた。


……死神を喰ったって話は嘘じゃないらしい。

思わず舌打ちした。


『あのガキって…インコに憑りついている霊のことかッ!?』

“そうだ…”

「貴様は、どうやらその餓鬼をしつこく追い回している様だな…なぜだ?」


ああ、だからチャドは大怪我をして、一護の家に運ばれたのか。アイツの家は病院らしいから。ようやく合点がいった。

コイツがチャドとインコの中にいる霊を追い掛けていたんだ。ルキアだけじゃなく、チャドにまで怪我させやがって、許せねー。

カンナは、ごくりと生唾を飲んだ。ぴりッとした空気が肌を覆う。


“さてね…アンタが大人しく俺に喰われるなら教えてやるよ…”

『あん?テメェ如きがッ…ルキアに一本も触れさせねぇよ』


何でかルキアは、弟のリョーマに抱く感情が胸に宿る。

他ならぬあたしが、ルキアを守ってやらねぇとって思う。でないと、あたし自身にもアイツにも顔向け出来ない。

“アイツ”って誰だよッて自分でもツッコミたいが、誰に顔向け出来ないのか判らないのに、あたしの妄想ではなく現実にそんな存在がいるのではないかって――…何故かそんな事を思ってる。

だからぜってぇールキアを、あんなヤツになんかにはやらない。ルキアを標的にされた事で、完全に頭に来てあたしの口は悪くなっていた。


“ああ、アンタもいたな…。ヒャハハハッ、今日は良い日だな〜ウマそうな獲物が二人もいる”

「貴様…!」


ヒャハハと笑う虚に、ルキアはカッと頭に血が上った。

自分だけではなく、姉様まで喰べるつもりなのかッ!ルキアにとって大切な存在を“獲物”だと言った虚に、憎しみが込み上げる。

怒りに任せて攻撃しようとしたルキアよりも早く、虚の巨大な手の平が彼女の首を捉えて、コンクリートの壁に押し付けた。あまりの素早さにルキアもカンナも反応できなかった。


“…あんた弱いなァ…ホントに死神かァ?その人間のカラ、脱いだらどうだ?え?”

「ぐッ!」


首を中心に胸まで圧迫されて、ルキアは、呼吸が出来なくなって視界が白く霞む。


『ルキア!?――テメェッ!』


たった今、ルキアに手を出させねーと決めたばかりなのに、虚の素早さについて行けなくて、まんまとヤツに攻撃を許してしまった。

瞬きをした瞬間にヤツの拳の中にいたルキアを見て、あたしは怒りで拳がふるふると震える。そこからは、何を考えたのか自分でも判らなかった。ただ――…体と唇が自然と動いたと言っても過言じゃない。


『……君臨者よ!血肉の仮面、万象、羽搏き、ヒトの名を冠す者よ、蒼火の壁に双蓮を刻む、大火の淵を遠天にて待つ――…』

「!」


ぶつぶつと詠唱を唱えるカンナにいち早く気付いたのは、限界だったルキアだけ。ルキアは、目を見開かせた。

辺りを覆っていた虚の重苦しい霊圧よりも大きな圧力が押し寄せる。


『――破道の七十三!双蓮蒼火墜ッ!!!』


カンナが唱え終えた途端、彼女の拳から、ルキアが数分前に使った鬼道よりも大きい青くて綺麗な色をした爆炎は、派手な音を立てて、油断していた虚に当たった。


“ぐッ、あアアアッ!!”


派手な音と共に地を滑って行く虚に目もくれず、あたしは咳き込むルキアに駆け寄る。


「っ、かはッかは、」

『ルキアッ!大丈夫っ!?』

「っ、はっはい…、カンナさん…今のは……」


呼吸困難だったルキアの気管支に酸素が入り込み、咳き込むも…気になった事を口にしたルキアに対して、カンナは眉を寄せた。

鬼道はしかるべき場所で学ばないと絶対に使えない技だ。それをいとも簡単に、しかもルキアが唱えた鬼道よりも高度な術を繰り出したカンナに疑念を抱く。


――姉様は、記憶が戻られたのか…?

そう思ったら聞かずにはいられなくて。だけど、ルキアの言葉に意味が判っていない様子を見ると、記憶が戻ったわけではないのだと……少なからず、落胆した。

姉様は、記憶が戻ったわけではなく魂に残っている記憶が、無意識に引き出したのだろうと推測する。

でも記憶が戻らなかったとしても、カンナはルキアにとって大切な人で、死神の力が完璧に戻ってないのなら尚更守るべきだと、新たに誓おう。


“……あんたも死神なのか?え?この俺に大人しく喰われてろよッ”

『ぐっはッ』


ルキアと同じような技を撃てて、安心したところを――…虚の拳に身体を拘束される。コンクリートの壁に背中を押しつけられて、痛みが全身に感じる。

ぎりぎりと圧迫してくる眼下の虚を睨み、こんなヤツに屈するものかと、あたしは目付きを鋭くさせた。

ケンカに慣れてるあたしでも、命を掛け合う戦闘は初めてなので、どうこの状況から脱しようかと一生懸命考えるも良い案が出てこない。だけど、負けず嫌いだから怯えたりしねぇけどな。

呼吸が上手く出来なくて、視界が白く霞む。

これまでか…悔しいな。ああ……でもルキアを残して死にたくない。


《チッ。早く思い出さんか。使えねぇヤツだなッ》


白く霞む面積が増えて、それでも虚には負けたくないと下唇と噛み締めた時、最近頻繁に聞こえるようになった声が頭の中に響いた。

身の危険を感じた時に聞こえて、だけど肝心な部分はノイズがかかったように聞こえなくなるその声。

今、聞こえた言葉は、イライラしてるようで――普段の人を馬鹿にしたような声でもなかった。舌打ちまで聞こえる。あたしだけじゃなく相手も余裕がないらしい。


『っ(…思い出せって言われても、君の名前なんか知らないよ)』

《てめェ死にてぇのかッ》


あたしにしか聞こえない声。

一度、死神になってから鮮明に聞こえるようになった声。



「…ム…」

“ゴァァァァッ!?”

『……っ、ぁ……え、?』


この場にはいなかった低いテノールの声が聞こえたと思った瞬間に、圧迫された身体が解放されて、一気に酸素が肺に届いた。

少しの浮遊感を感じて、地面に尻もちする。ふらりと眩暈がした。


『な、に…、』

「あ…あたった……のか…?」

『……チャド、?』


助かったと安堵するよりも、何故自分が助かったのか知りたくて、虚を殴ったと思われる人物の方向に視線を向ければ、そこにいたのは一護が、逃げたと言っていたチャドだった。

何で、この状況で戻って来たんだ?

いや、待て。チャドのお蔭で、あたしは助かった。待て、待て。チャド…虚が視えるのか?


「えいっ!えい」

『………』


まさかと思ったあたしの視線の先で、転がる虚と正反対の方向に拳を突きつけるチャドを見て、その疑問は消えた。

視えてなかったのか。あれは野性の勘だったのか。

ふんッと鼻息荒く空中を殴っているチャドを見てルキアが唖然と口を開いてるのを、視界の端で捉えた。とりあえず、みんな無事だなと、小さく息を吐く。






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