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「困ったことがあったら、アタシを訪ねて来て下さいね〜」


っと、あのオッサンが口にしたその言葉の後、ボソっと呟かれた声が頭から離れない。


――死神になれる道具もあるんスよ。

あいつは…不気味なほど低い声で、そう呟いたのだ。かろうじて聞き取れたその声は、リョーマには届かなかったみたいで、あたしだけが耳ざとく拾ってしまった。あたしに向けたあの言葉…。


『……』


やっぱりあのオッサンは全てを知っている。あたしの身に何が起こっているのかも、何もかも。じゃなかったら、あんな言葉…。

死神になれる道具って…ルキアが持っていたグローブみたいな物か?仮に、それを手に入れたとしても、あたしはそれで自分の額を殴らないといけないって事…?それはそれで嫌だ。


「カンナ先輩、戻って来たみたいですよ」


いつも無理やり体から引き離される一護の姿を脳裏に思い浮かべて、あたしは眉間に皺を寄せた。


『…』

「カンナ先輩?」

『ん?あぁ…』


下駄のオッサンの言葉にぐるぐる考えていたから、隣に立つ後輩の声を聞き流す所だった。

隣に立っているメガネの後輩は――乾貞治と言って、今回レギュラー落ちしたリョーマの先輩。この中学の三年だから、あたしにとっては後輩。

乾は、あたしと同じくレギュラーのコーチに回るらしく、走り込みをするレギュラーを一緒に見ていたのだ。そのレギュラーが全員戻って来たので、乾に用意させていたものを、手にする。


『よーし、走り込み終わったみたいだね。じゃあ、各自これを両足につけて』

「パワーアングル?」

「250グラムの鉛の板を二枚さし込んである。両足に一キロの負荷がかかるよ」


体力をつける為のおもり。重さに慣れたら、早い球にも反応出来るようになる。初歩的な事だけど、何事も基礎が大事なのだ。

疑問符を飛ばした乾と同じ三年の菊丸英二に、乾が丁寧に説明しているのを横目に、あたしは素直に足に付けるレギュラーの面々を見渡す。

菊丸と黄金コンビと呼ばれている彼のパートナーである大石秀一郎――…因みに、卵みたいな頭をしている。同じく三年の河村隆、天才と名高い不二周助、それから二年の桃城武、そして目付きの悪い同じく二年の海常薫。

桃城には、あの生意気なリョーマが懐いているみたいだ。最後に、彼らを纏める部長の手塚国光。レギュラーは弟のリョーマを入れて全員で八人だ。

余談だが、手塚国光は良く夢に出て来る女性が最期に会いに行く男性の声にそっくりだから、慣れるのに苦労した。


『全員つけたね』


誰かが死ぬ……あの夢に出て来る男性の声と瓜二つの手塚を、チラッと一瞥して、あたしは思考からオッサンを追い出した。

全員がパワーアングルを付けたのを確認して、次の指示を飛ばす。


『赤、青、黄のカラーコーンをコートに設置しているのが見えるかい?そして球の溝に、同じように赤、青、黄に塗りつぶした三種類のボールを沢山用意させた』


あたしが何をしたいのか気付いている者もいるが、疑問を飛ばしている菊丸が視界に映ったので、説明を続ける。


『これから順番にコートに入ってもらう。この三種類のボールを飛ばすから、瞬時に色を判別して、球と同じ色のカラーコーンに当てて』


動体視力がどれほどあるのか、あたしは知らないから、このやり方が丁度いい。判断力と、コントロールも見極められる上に、鍛えられるだろう。

なるほど〜と納得した後輩たちの反応を見て、あたしは口角を吊り上げた。

乾もいるから、二面のコートにわけて、あたしも準備すべくパワーアングルを両足に付ける。テニスは辞めてたけど、体力を落としたくなくて、ジョギングはかかさずしていた。だから、パワーアングルを付けても、筋肉はびっくりしないだろうと判断して。


『海常、大石、不二、河村はこっちねー。まず、海常から』

「……っす」


五球ずつ球をあげて、順にコートに入ってもらう。十五分それを続けて、頃合いかと乾の方を見て作業を止める。

パワーアングルもあってか、最初は的確にカラーコーンに当てていたが、疲れからコーンには当たるが色を間違えたりしていた。きっと乾の方もそうだろう。

肩で息をしている面々を尻目に、乾とデータを話し合う。


「菊丸は、インパクト時に、グリップがずれる傾向がある。前椀筋を鍛えれば、もっとショットが安定するよ」

『大石、海常は前後に、河村、不二は――…』


各弱い所を話す乾に続いて、あたしも口を開いたが、途中でチラッと不二を見る。視線が合った不二は、小首を傾げつつふわっと笑みを零したが……あたしは言葉を続けた。


『…左右へのダッシュが甘かった』


そう左右のダッシュが甘いように見えたが、不二はわざとそう見せている様に見えなくもなかった。あたしに、左右が弱いと見せつけるような…。疑念を抱いた事にも気づいているんだろう。あの余裕の笑みを見て、悟る。


――弱みを他人に見せるのが嫌いなタイプか。

ギンみたいなヤツ…と、そこまで一考して、カンナは自身に起こっている妙な現象に、はッと思考を停止させた。


『(ギンって…誰ッ)』

「それなら…大腿四頭筋と下腿三頭筋を強化する必要がある」

「「「「…どこだよ…それは」」」」


あたしの言葉を引き継いだ乾に向かって、大石と海常、河村と不二からのツッコミが入った。

息をするのも大変そうなのに、声が揃った面々に、あたしは『おー』と、感嘆した。仲が良いんだな。


「桃城は、ショットを70%くらいの力で、抑えて打った方が確実性が増す」

「へーい」


――ゾクッ


『ッ!』


乾の隣で、大人しく訊いていたら、ぞくりと背筋に悪寒が走った。


『(これは…)』


重苦しい霊圧を感じ取った。

――これは虚の霊圧…。しかも覚えがある霊圧だ。カンナの脳裏に、昨日のインコの姿が過ぎる。

一護とルキアは昨夜、あの霊を尺魂界へと送りに行ったはず。そうは思うが、インコの姿が頭から離れてくれねー。嫌な予感がする。インコに憑りついた霊の魂送に失敗して、虚へと変わったのだとしたら――…。

カンナは知らなかった――昨日の放課後、一護の家にチャドが怪我して運び込まれた事も、インコに憑りついた霊を魂葬していない事も。

危険だと頭が鳴り響いていて、行かなければと焦る。


『(チャドがあぶないッ!!!)』


友の危険に冷や汗が流れる。

だが、おちつけと、あたしは自分に言い聞かせた。あたしが異変に気付いたくらいだ、ルキアと一護も気づいて、助けに行っているはずだ。

目の前では、あたしの様子に誰も気づかず、話を進めている。


「そして越前、……毎日、二本ずついこう」


乾の“越前”と言った声に、あたしの意識が浮上する。


「…いくら牛乳飲んだって、10日間で、デカくなるわけ……」

「「「「飲めよ」」」」

「……」


先輩に囲まれて牛乳を差し出されて、やや拗ねているリョーマを見て、頬を緩めた。

リョーマは、背が小さい。成長期前だから、小さくて当たりまえだけど、飲むのに越したことはないだろう。


『大丈夫。家であたしが責任を持って飲ませるから』

「…姉貴」


ぷうっと拗ねるリョーマに笑みを零して、あたしはすみれちゃんを振り返った。


『すみれちゃん、あたし学校に間に合わなくなるから、先に抜ける』

「ん?もうそんな時間かい?」

『チャリが壊れて…歩きなの。乾、後は任せた。放課後も顔を出せると思うから』

「あ、はい」


疲れ果てているレギュラーに声を掛けずに、乾とすみれちゃんに声を掛けて、控室に足を向ける。

突然、慌て始めたカンナに、レギュラー陣は小首を傾げて、リョーマが怪訝な視線で見ていて――それらの視線を背中で感じながらも、あたしは足を速めた。

急いで、ウェアから制服に着替えて、控室を後にする。




『チャドッ!!』


どこにアイツがいるか分からねぇが――…あの気味の悪い感じがする方向に行けば、チャドに会えるだろう。妙な確信を持って、あたしは学校ではなく、学校からやや離れた場所へと急いだ。

チャドの危険に頭がいっぱいで、だからリョーマがまたもあたしの変化に訝しんでいたとは微塵も思わなかった。


「姉貴…」

「どうしたー越前?姉さんが恋し〜ってか?」

「そんなんじゃないっすよ!」


リョーマは、からかってくる桃城を流しながら、視線を校門へと投げた。もうカンナの姿は目視出来ず。

血相を変えた姉の姿を思い出して、一抹の不安がリョーマを襲う。姉にしか視えない存在に向かって走って行ったのではないかと、このまま放っておいたら姉貴は消えてしまうのではないかと――…リョーマは漠然と感じていた。

口にしてしまったら、肯定の返事が返って来そうで、リョーマは未だカンナに何が起こっているのか、自分がどう不安に感じているのか言えなかった。

訊いておけば良かったと後悔するのはもう少し後のこと――…。





『っ』


リョーマの胸中を全く察していないカンナは、必死に走っていた。

自身と同じ制服に包む団体から外れて、人が少ない道をくねくねと走っていた。


『はっ、はぁはぁはっ』


――あのオッサンは、この街の異常さに気付いてるのかな?

あたしは走りながら、朝早くに会った浦原喜助を思い出していた。あのオッサン、霊圧を感じられるなら、この心臓を押しつぶされるような重い空気を感じ取れるだろう。

しかしオッサンが仮にルキアが死神だと知っていたとして、あたしに何の用があったのだろうか。親切であたしに何かをしてくれるとは思えない風貌だったし、信頼できそうにない格好だった。


でも、なんでだろう。

見るからに怪しいオッサンだったのに、頼っても大丈夫だと思ってしまうのは。何故、あのオッサンを話をしていて安心してしまうのか――…。

今のあたしには答えは出せそうになかった。


『っ、はっ、はぁ』


吐く息を荒くしながら、あたしは急に足を止める。

漠然とこっちの方角だと思って高校がある道から逸れて走っていたが、今足を止めた位置から何処に行けばいいのか判らなくなってしまった。重い空気のする方向に走っていただけだったから、突然虚の気配を感じられなくなったのだ。

霊圧を探るなんて芸当あたしに出来るはずないのに、考えるよりも体が動いて瞼を降ろし一護の霊圧を探る。死神化した一護と何度も会っているから、彼の霊圧は肌で感じられると考え探った。


『……』


眼を閉じて集中すれば、ほどなくして一護がいる位置が判った。微弱だけどルキアの霊圧も感じられて、やはり二人は一緒にいるらしい。

集中しているカンナの周りには、常人には視えない沢山のリボンのような物が漂っていた。リボンのようなものの正体は霊気を視覚化した“霊絡”だ。

それをカンナが知る由はないのだが――…ごく自然に生き物が呼吸を当たり前の様にする感覚で、背後に霊絡を出す事が出来た。身体が憶えていると言えばしっくりする感じ。

霊絡を出すことにより、霊圧を持つ存在が今どこにいるのか探ることが可能になるのだ。

この方法は死神は死神でも、上位の死神しか出来ぬ技術で、今この場にルキアがいたらさぞ驚いたことだろう。カンナに死神の力が覚醒し始めていると――…そうルキアにも当の本人も知らないところで着々と、カンナの身に異変が起こっていた。







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