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――パチリ。


『……おいおい…嘘でしょー…』


昨日のインコが気になって、一護の所に助太刀に行こうかどうかうだうだ悩みつつ、そのまま寝てしまって……夜更かししちゃったから、寝覚まし時計をかけるのを忘れてた。

ぱちッと目を開けて、今日時計鳴ったかなーなんて欠伸をしつつ、時間を確認したら、我が目を疑う数字が。


『やばッ、また寝坊したっ!!』

「にゃーおん」


間延びした咲夜の鳴き声に、返事をする暇もなく、急いで顔を洗って制服に着替えて、ドタバタと二階と一階を行き来して、準備が出来たから、慌ててリビングに顔を出したんだけど――…何故かそこに、リョーマがいた。

いや、弟であるリョーマが家にいても何ら不思議な光景ではないが、時間に問題があるのである。

全国大会へと向けて、まずは地区大会に進むために、リョーマが所属している青春学園のテニス部は、今日も朝早くから朝練があるはずなのだ。

あたしが何故こんなに焦ってるかっていうと、リョーマを迎えに行ったあの時に、すみれちゃんが、


「テニス部に入ってないなら、こいつらのコーチを付けてくれないかい?」


と提案してくれたからだ。

言われた時は、もちろんテニスは続けるつもりだったが…最近自身に起こる奇妙な出来事が頭を過ぎって、コーチを引き受けることを渋った。数日間悩んだ末に、あたしもテニスが出来るし、後輩も鍛えられて一石二鳥だからと――…前向きにお誘いを引き受けたのだ。

引き受けたからには、コーチとしての責任がある。そう、だから、あたしも彼らの朝練に行かなければと、寝坊に焦っているのだが……。


――何故、リョーマがのんびりと朝食を食べてるの。


「あ、姉貴」

『……あ、姉貴、じゃないでしょ!何のんびりしてんの!!朝練遅刻じゃん!』


一応、指導する立場のあたしが遅刻したら、テニス部に示しがつかねぇ。弟であるリョーマまで遅刻したら、シャレにならない。只でさえ、一年であるリョーマがレギュラーになって、先輩からやっかみを買っているみたいなのに。

そう思って、早く行くぞって促すカンナに、リョーマは口の端をふっと吊り上げた。余裕なその笑みに、カンナは怪訝な顔して、リョーマを見遣る。


「大丈夫。遅刻してないから」

『…は?』

「オレ、昨日姉貴の部屋の時計早めておいたから、ほら」

『……は?』


ほらと言われてて、リョーマが指を差す背後の壁かけ時計に目を向けると、時刻は六時半で…六時半ッ!?部屋の時計は、九時近くで朝練どころか朝礼にも間に合わない時間帯だったのに……。

チラッと左手につけた腕時計を見たら、リビングの時計と同じく六時半を指していて、本当の時間を知ったあたしは、はぁーっと脱力した。何か今ので色んなものが口から抜けた気がする。

遅刻しないで済んだとホッとしたが…慌てて準備してたのにっと複雑な気分。って、それよりも――…あたしは、のんびりしている弟を半目でじっとり見つめる。


『リョーマ』


死ぬほど焦った分、リョーマに素直に感謝したくない気分がむくりと頭がもたげる。


「朝練間に合うから、ウェアとか用意したら?」

『…はぁー。わかったよ』


日本に来たからカンナがテニスを止めたのを、ずっと気にしていたリョーマは、コーチという形でも姉貴がラケットに手にするのを嬉しく思っている。

リョーマもカンナも寝坊しがちだけど、テニスの情熱は誰にも負けない。だから、姉貴が指導してくれるならモチベーションも上がると、寝坊しないように気を付けていたのだ。


『あれだ、寝坊しなかった点では、ありがとね』


弟のその想いを少なからず感じ取っていたあたしは、文句を言いつつ礼を口にする。


「ん」


――だけど、一応女のあたしの部屋に勝手に入るなんて…。

と、ブツブツ零しながら、二階に向かうカンナの背中を一瞥して、リョーマはくすっと微笑した。





 □■□■□■□



『ふぁ〜…ねむ』

「寝不足?」


朝の空気を吸いながら、リョーマと徒歩で通学路を歩む。

ジョギングする人や、犬の散歩をしている近所の人達が、ぽつりぽつりとすれ違いながら、欠伸をした。あ、もちろん近所の人にはちゃんと挨拶をして。


『んーうん』

「大丈夫なの、そんなんで」

『はっ、ジョギングで体は起きるもんなんだよ』

「ふ〜ん」


生意気にも、猫目をこちらに向けるリョーマに、あたしは鼻で笑ってやった。


――体を動かしたら頭も冴えるって!!


『寝坊すけなリョーマが早起きなんて珍しい』

「……姉貴に言われたくないけどね」


リョーマも寝坊なんて日常茶飯事で、あたしも人の事言えないけど、リョーマだってあたしの事言えないと思う。

どっちもどっちなんだけど、リョーマもカンナも相手の方が寝坊すけだと言い合った。

今日から、朝練に参加するわけで、奈々子さんに悪いから、お昼の弁当は暫く菓子パンだ。購買でパンを買うのは、ある意味戦争。どのパンを買うか決めて、購買に望んだ方が良い。

くだらない事のように思えるだろうけど……学生にとってこれは戦争なのだ!買い損ねる事だってある。そんな時は、午後の授業は悲惨なものへとなる。空腹との戦いになるんだ!午後に体育があれば、もっと悲惨だ。

リョーマは給食だから良いなー…と思っていた、その時だった。


「カンナサン」


見るからに怪しげな男性に、名を呼ばれた。リョーマと一緒に斜め前に顔を上げる。


「おはようございます。いや〜朝早いっすねー」


そう言った男性は、緑と白のストライプの帽子を被って、甚平姿に、左手に杖を持っていて、何とも独特な格好をしている。って言うか全てが胡散臭く見える。

何故か馴れ馴れしく話しかけて来たので、あたしは眉間に皺を寄せた。リョーマも隣で、不機嫌そうに男性を見ていて、二人の不躾な視線が男性に集まる。


「……姉貴の知り合い?」

『いや、知らないよ』

「え、何言ってるんスか!カンナサン、この前自己紹介した仲じゃないですか!もうアタシのこと忘れたんッスか!?」

「……って、言ってるけど」


こんな怪しげな男と知り合いなわけがないとは思うが、リョーマにそう訊かれて、記憶を掘り起こす。

自己紹介した仲って…名乗り合っただけなら、そこまで仲が良いわけじゃないんだよねー…?と推測しながら、頬をぽりぽり掻いた。

期待の眼差しで、見られても、やはり記憶にない。自慢じゃないが、あたしもリョーマも感心のないものには目が向かない性格で、人の名前や顔なんて、あまり脳味噌に入って来ない。


『いや…記憶にないんだけど…』


脳味噌をフル回転させても、思い出せないので、コイツの勘違いなんじゃ…とか、怪しげな男のせいにしようかと思ったら、あたしの思考を読んだかのように、眼の前の男は慌て始めた。


「えっ、ちょっと待って!アタシですって、アタシ」

『何?それ、新しい詐欺かなんかですかー。不審者かと思った』

「詐欺じゃないっすから!!不審者でもないっスよー」


――アタシって言われたって判るかッ!!あー…でも、なんか薄ら思い出して来た。

確かにこんな風に会話した覚えがある………気がする。悪まで気がする。


『え、マジでオッサン誰?』

「…オ、オッサン」


オッサンと発言したあたしに、男はショックを受けたのか、哀愁漂わせ始めた。あ、何か思い出せそう。


『あ、虚の時の――…』

「…ほろう?」

「思い出してくれたんスねっ!?」

『――ストーカー!!』


びしぃッと指を差したら、男はがっくり肩を落とした。

うん、思い出した。ルキアと出会う数分前に出会ったストーカーなオッサンだ。何故か、あたしの名前を知ってたから、かなり不思議に思ったんだった。あの時は、咲夜に似た黒猫がいたが…今日は連れていないみたい。

思い出して、スッキリしたあたしは、『じゃっ』と、ストーカーに手を振って、リョーマと学校へ歩き出した。

大して仲良くないオッサンだし、用もないから、早く学校に行きたいし、変な人と関わりたくない。リョーマは、あたしがストーカーだと言ったからか、不機嫌そうにムッとした表情で、オッサンを一瞥して、足を動かした。


「酷い……って、あ!待って下さい!!」

『……』

「……」

「何か最近変わった事とか、あったんじゃないかな〜と思いまして、ね……」


立ち去ろうとしたけど、話を訊くだけ訊いてみようと、顔を向けたら――…オッサンは、真剣な表情へと変え目をスッと細めた。途端、空気がオッサンに優位に変わる。


『何かって…』


――そう言えば、このオッサンは虚が見えてた…。って事は、オッサンは一護とあたしと同じく霊力が高いとか?

そこまで思考して、ルキアの知り合いだったと思い出して、死神の知り合いならば、霊力があって不思議じゃねぇかと思い直す。そこでふと、“死神”の単語が引っかかる。

自分の身体に何か異変があったとすれば、織姫の家で起こったあの出来事で、魂が死神化した事くらいだ。


「お困りなら力になりたいと思いましてね〜、…朽木サンの事ご存じなんでしょう?」

『!!』


くつりと口角を上げて、真っ直ぐ見据えて来るオッサンに、あたしは目を見開いて凝視した。ごくりと生唾を呑む。

案にそれは、ルキアが死神だと言っているようなもんで。その言葉だけで、このオッサンが、あたしの知らない事も全て知っているのだと――…突きつけられたと悟る。


――だけど、あたしは何も困ってる事なんて…。

最近は謎の声は聞こえるけど、頭痛はそんなに酷くねぇし。謎の声は…今ここで、口にしたら、リョーマに頭大丈夫かって言われるかもしれんから、下手に言えない。死神なんて持っての他だ。口に出来ない。


『…特にないよ』

「――ねぇ、ほろうって何?」


カンナとオッサンの会話に只ならぬ何かを感じ取ったリョーマは、カンナではなく、目の前の男に問いかけた。

猫目が男の一挙一動を見逃さない様に、じいっとオッサンに集まる。リョーマの澄んだ瞳に、オッサンは目を丸くしたのちわざとらしく目を細めた。


「おや?そちらは弟サンっすか」

『ん?うん、弟のリョーマ』

「ねぇ、ほろうって……」

『用はそれだけ?あたし達先を急いでるから』


何もかも見透かされる感覚から抜け出したくて、リョーマをこれ以上死神云々の話に引き込みたくなくて、あたしはリョーマの背中を押しながら、オッサンに向かってそう言葉を投げた。

それさえも見透かしているような余裕のある笑みを浮かべたオッサンは、ゆったりと微笑んで、


「困ったことがあったら、アタシを訪ねて来て下さいね〜」


と、あたしの背に、間延びした声で言い放ったのだ。






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