4-3 [3/11]
「えーゴホンッ、越前さんもいたのなら話は早い!」
『……なに。あたしに何の用』
やっと話が進むとほっと肩の力を抜けた――大島の様子に、あたしは怪訝にヤツを見た。
お弁当も食べ終わったので、少し時間に余裕があるから、大島を殴ったってお釣りが来る。そう頭の中で時間の計算をした。
物騒な計算を頭で行っているとは知らず、大島は、カンナをチラチラ見て、怒りで真っ赤だった頬を別の意味で朱くさせたのだった。
「越前さんに、次に会った時に言いたいことがあったんだ。黒崎なんか放っといて俺と…、お、おれと…」
『次って…あたし君に会ったことあったかい?ゴメン、記憶にないんだけど…、』
大島の言葉に、あたしは小首を傾げた。確かに見覚えはあるような…ないような……曖昧な気がするが、はっきりと憶えていない。
それよりも、啓吾にも大島にも、あたしの存在に気付かれなかったので、そっちのショックの方が大きい。自分は影が薄いのかと頭の半分がそれで埋まっているせいもあって、大島の顔をこれでもかッてくらいに凝視しても、思い出せない。
『……初対面じゃないかな?』
「越前さん、越前さん」
『んあ?』
「入学式で一護と絡まれてたでしょ?あの時のリーダーだよ」
どうにも思い出せなくて唸るあたしに、水色が丁寧に教えてくれて――…あたしの脳裏に、ポンッと入学式での騒動が甦った。
クラスの張り出された紙を見ようとして突っ立ってたら、いきなり不良数人に囲まれて、騒動の中心にいたのが一護とチャドで、あたしと同じく巻き込まれたのが水色だったんだっけ。
その頃にはもう既にテニスを辞めててむしゃくしゃしてたから、数日前に共にケンカした一護とチャドと一緒に、アホ面を殴って――…。アホ面…。
そこまで思考して、あたしはポンッと手を叩いた。
『あの時の!』
「思い出して…」
思い出したみたいで、すかさず大島は顔を輝かせた、のだけれど。
『かなり弱かったアホ面の一人!!』
続けて言われた言葉に、がっくりと肩を落としたのだった。流石に彼が何を言いたかったのか察した水色は、大島を心底同情したのである。
意気消沈して何やら落ち込んだ不良のリーダーに、あたしも一護もルキアも揃って顔を右に傾ける。
――何か勝手に落ち込んでるけど…このまま去ってくれないかな。
なんて思ってしまったあたしだけど、頭が弱そうな…否、訂正。頭も弱そうな大島は、直ぐに立ち直って、拳を一護に向けた。
「越前さんが、俺を見てくれねーのも――黒崎、テメーのせいだ!覚悟し――…」
『あ、』
気合を入れて、一護とやり合うべく拳を今一度構えた大島……哀しいかな、彼が構える前に、屋上の扉を開けてやって来た人物によって、大島は戦線開始の前に――…見事、遠くに殴り飛ばされたのだった。
「おぶッ!おべべべべべ、ぱふ!!」
「レイちゃん!!だからヤメようって言ったのに…レイちゃーん!!」
ヤツは、悲鳴すら三流だった。てか、笑える。
子分の今の今まで安全地帯へ逃げていた男が大島に駆け寄ってるのを余所に、あたしは無理やり笑いを噛み殺したので、口元が僅かに痙攣した。
脱兎のごとく屋上から逃げ去る大島の姿を視界から消して、あたしはザコを蹴散らしてくれたガタイの良い人物を見上げる。
「…チャ…チャド…!」
「ム…」
「あんまムチャすんなよ。大島死ぬぞ?まあ助かったけどさ」
「ム…」
あんまり喋らないこの男は、茶渡泰虎って名前で、あたし達と同じクラスで一護のケンカ仲間だ。あだ名がチャド。
見覚えがないこの人物の登場に、ルキアが首を捻っていたけど、あたしはルキアを気にする余裕はなく、現われたチャドの全身をくまなく見つめる。
チャドはガタイが良くレスラーのように肉体が仕上がっているんだけど、彼は事故やケンカに巻き込まれて怪我をしたりするほど何処か抜けている。
――それがチャドの良い所でもあるんだけど……今回は怪我が多すぎやしないかい?
カンナも一護も同時にそう思い、眉間に皺を寄せてチャドを見上げた。
チャドの前髪は長くて判りにくいが、チャドの頭には包帯が巻かれているし、頬や手などにも治療された跡がある。肌が見える場所には、包帯が巻かれてあって、見ていて痛々しい。
『チャド…君、その怪我どうしたの』
「…頭のは昨日…鉄骨が上から落ちてきて…」
「てっ…鉄骨!?」
啓吾の驚きようにも動じず、チャドは静かに頭を縦に動かして肯定した。
「手とかのは、さっきパン買いに出た時に……オートバイと正面衝突した」
「何してんだ!テメーは!?」
『君ね、いろいろ巻き込まれすぎでしょ!』
「で…バイクの人が重傷だったから…病院までおぶって行ってた…」
『…君、その怪我ですんだの?大丈夫なのかい?』
オートバイと正面衝突って、普通タダで済むはずないのに。
本人よりも痛々しそうに顔を歪めるカンナを見て、チャドは口角を小さく上げて、大丈夫だという意味を込め「ム」と頷いて見せた。
「そ…それで遅かったのか…」
「ていうか相変わらずなんつーカラダしてんだよ。アイアンボディーめ」
『おぶって行く余裕があったんだね』
正面衝突したあげく、救急車を呼ぶのではなく被害者であるチャドが病院におぶって行くなんて……そんな無茶をするヤツ、チャドくらいだ。
でも、おぶる余裕があるくらいの怪我だったのか…と、あたしはほっと安心して、息を吐き出した。
ほっと緩んだ空気が流れて、チャドは肩にかけていた荷物を地面に降ろして自身も腰を下ろした。学生鞄かと思っていたら、彼が地面に置いた荷物は鳥籠で、中に鳥もいる。
「お?何だその鳥?インコか?」
〈コンニチハ!ボクノ、ナマエハ、シバタ ユウイチ!オニイチャン、ノ、ナマエハ?〉
「!」
『――!』
白いその鳥に何かを感じて、じっと見つめていたが――…流暢にインコが喋って、あたしは思わず息を呑んだ。
「おおーっ!スゲェ!メチャメチャ達者に喋るなあコイツ!俺の名前はアサノケイゴ!言ってみ?アサノ!」
啓吾も水色も驚きで目を見開いていたけど、あたしは別の理由でインコを凝視した。今の今まで何も感じなかったのに、それを眼にした途端、言い知れない違和感を抱いたのだ。
虚と対面した感じに似てなくはないけど…これは違う。そんな悪いモノじゃない。インコは生きているのに、死んでいる霊の気配が、インコの中から感じる。
ルキアと出会う前までだって、霊を視えたり触れたり感謝したくもない霊媒体質だったけど、数日前に一度だけ死神みたいになってしまってからは、異様に感覚が鋭くなっている気がする。今までだったら見逃していただろう僅かな違和感にも、こうやって気付いてしまう。
『ん、それ…』
「チャド…あのインコはどこで…?」
「…昨日…」
――何だか嫌な予感がする…。あたしはゴクリと生唾を飲みこんだ。
「………」
思い出しているのか途中で言葉を切ったチャドに、一護もカンナも、チャドを見つめる。
もしかしたらそのインコと虚が関係している可能性だってあるし、それに友達であるチャドがそのインコを飼っているのにも心配で、どうチャドがそれに関わっているのか知りたくて、心臓が早鐘を打った。
問題のインコは啓吾と水色と話をしている。
「…もらった」
『……』
――誰にだよッ!
「コラァ!!オマエ今、途中メンドイからハショッたろ!!悪いクセだ!ちゃんと言え、ちゃんと!」
「ハ…ハショッてない…!」
「いーや、ハショッたね!」
あたしよりも早く、啓吾が突っ込んだので、あたしはインコに視線を戻す。
インコはパチパチっと瞬きして、何度も首を傾げる仕草をしていた。鳥独特の仕草なんだけど…だけど、違和感を強く感じて、普段なら可愛いと思うその仕草も異様に見える。
「案ずるな」
同じように注意深くインコを見ていた一護に、我関せずだったルキアがそう言ったので、あたしもルキアに目を向ける。
ルキアには、あれがなんなのか判っているのかもしれないと思って。そう思ったら、知らずの内に力が入っていた肩から力が抜けた。
「確かに何か入ってはいるが、悪いものではない。寂しがっているだけの霊だろう」
『……』
――憑りついていただけ…か。
なんだかそれだけじゃないような気がする。ルキアがそう言うならそうなんだろうけど、言い知れぬ気持ち悪さが胸の内に駆け巡る。
インコの中からは、確かに害のなさそうな霊の気配がする。それはあたしにも判る。だけどその霊――魂魄から、虚と出会った時に感じる重く気味の悪い空気を感じ取れるのは、なんでなんだ。
「ただこのまま放っておいては、いつ虚になるやも知れん。今夜あたり、魂葬に向かった方が良いだろうな」
――インコに憑りついた霊が虚になりかけている…?
一護にそう助言するルキアの言ってることは最もで、確かにそう考えると、この気持ち悪さの説明にも納得が出来る。
「…りょーかい…」
「…まーた睡眠時間ケズられるのか…」
「文句を言うな!」
「へーへー」
ルキアは、最初は死神の仕事を手伝うのに渋っていたのに、霊の気配を感じとって他人の心配をした一護を見て、ようやく死神としての自覚が備わったかと、一護を見つめる。
インコとチャドを見る一護の横顔は、頼れる表情に見え――ルキアはひっそりと頬を緩めた。
「姉さ…カンナさんも、今夜――…」
『………』
ルキアの説明に納得はしたんだけど、何故だか目がインコから外せなくて。あたしの本能が警戒しろと緊急発信している。
小難しい顔してインコをひたすら見つめるあたしに――…
「…姉様……?」
インコに憑りついた霊の魂葬にカンナも誘おうとしたルキアは、“昔”良く目にしていた、危険を察する時にしていた険しいカンナの表情に、息を呑んだ。
『……』
《友が大切なら――…“あれ”から目を離すなよー》
――あの夜耳にした、年若い男性の声が何処からか聞こえた気がした。
正体不明な声なのに――…不思議とあたしはその声をイヤだとは思えなくて、何故聞こえるのか疑問も抱かずに、ひたすらインコを見つめるのだった――…それをルキアがあたしの一挙一動を見ていたなんて、知るよしもなく。
そしてまた事件に巻き込まれるのである。
→
- 28 -