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「おーす。いっしょしてイイっスかー?」
「おーケイゴ」
水色の友達の浅野啓吾の間延びした声が、屋上に響いて、一同は顔を上げた。
あたしも啓吾を一瞥して、お弁当に視線を戻す。今日は、従兄弟の奈々子さんがお弁当を作ってくれたのだ。あたしは、うきうきでお弁当を広げる。
「あれ?チャド来てねーの?」
「イヤ?」
「そう言えば見てないね」
「おっかしーな。ドコ行ったんだ、あいつ?」
一護と水色は、やって来た啓吾とチャドが何処にいるか話しているみたいで、ルキアは小豆パンを頬張っていた。
『そう言えばルキア…夕飯とかどうしてるだい?まさか夕飯もそんな菓子パンばっかり食べてるとか言わないよね?』
「いやー食べたり食べなかったりですね。最近は一護のヤツに、差し入れ貰ってます」
『んーそっか、そっか。ならいいんだ』
――お、鮭が入ってる。
あたしはお弁当のメニューに目を輝かせて、ルキアにそう返す。あたしも、お昼に菓子パン食べたりするけど、ルキアと違ってあたしは実家暮らしで、栄養のあるものを食べている。
ルキアは尺魂界から、任務でこっちに来ていると言っていて、今は一護の押し入れの中で暮らしていると訊いた。
余談だが、ルキアが死神のくせに、こうやって学校に来ているのは、一護に死神の力を奪われたとかで尺魂界へと帰れないからだ。だから義骸とか……人間に見えるように、仮の体に入っているのだとか。なので、霊力のない水色達とも会話出来る。
義骸の中で力が戻るのを待っている彼女を、他人事のように大変だねーとは思っているあたしだけど……力が戻るのを待ってるにしろ、戦いに身を置いているルキアの体調管理は気になるのだ。
「カンナさん、私の心配をして下さったのですかっ!?」
いきなりカンナに食生活を訊かれて、戸惑ったルキアだったけど、はッと顔を上げた。
『ん、まぁ』
興奮気味に鼻息が荒くなったルキアを見て、思わず後退する。どうしたルキア。
「ややっ!そこにあるは美少女転入生の朽木さん!!どうしてここに!?」
あー…五月蠅い啓吾がこっちに目を向けたので、あたしは片眉を上げた。
ムードメーカーの啓吾は嫌いじゃないけど、ご飯は静かに食べたい派のあたしには、ちと辛い。テンションの高い啓吾を見て、ルキアは目を瞬かせている。大方…誰か判っておらんな。
「一護が口説き落として、連れて来たんだよ」
「バッ…ちが…」
「私のことでしょうか…」
『うん』
含みある水色に対して、一護は頬を朱くさせて動揺しているのを見て、あたしは複雑な気分になった。
織姫の友人としては、他の人に赤面して欲しくないんだけど…。でも、一護とルキアは切っても切れない縁で結ばれちゃってる上に、あたしはルキアも好きだから複雑。
最近こうやってルキアを挟んで、織姫を差し置いて一護と昼を一緒に取っているから、罪悪感もあるのだ。ゴメン…織姫。機会があったら、一護に織姫の事薦めておくからッ!!
「なにィ!?一護てめぇ!!――グッジョブ!!」
『ぶッ』
「お…おう…泣くほどうれしいか…」
啓吾は、一護に向かって、嬉し涙を流しながら親指を立てた。
一護は頬を引き攣らせて引いていたけど、本人は気付かない。カンナは、啓吾の面白い顔に思わず吹き出した。
「こんにちは。えっと…」
「はじめまして。浅野ッス!!このムサ苦しい男の園へようこそ!!」
『あたしもいるんだけど』
あたしは、興奮で鼻息を荒くする啓吾を半目で見遣る。
ルキアが可愛いのは判る。だが、あたしも一応女なんだけど。あたしがいるのに、ムサ苦しい男の園って言いやがったな。
カンナは少し低い声で、刺々しくぼそりと呟いた。
「おおぉっ!越前さんも、いらしたなんてっ!!」
「コイツは最初からここにいたぜ」
『なんか今その反応されるとイラッとする』
あたしに、やっと気づいた啓吾は大げさだとツッコミたくなるくらい後ろに仰け反って、感激していて。またそのリアクションに眉がぴくりと反応した。
一護がフォローしてくれたけど、あたしも隣にいたルキアも、白い眼で啓吾を一瞥して、いそいそと食事を再開した。
それでもあのテンションのまま舞い上がる所が、啓吾の良い所。
「さあっ!!今日の昼メシはパーティーだぞ!!」
「コーヒー牛乳とやきそばパンで?」
全員から、愛のある苦笑を頂いて、水色からもツッコミを貰った啓吾だったけど、持ち前の明るさで
「うるせィ!!」
と、はしゃいでいたんだけど――…背後に人がいると知らずに、背中からぶつかってしまった。
「っ痛ーな!!なにす…る……」
あたしは、背後にいた人物の顔を見て、あっちゃーと頭に手をやる。相手は見るからに不良のような風貌だ。
――啓吾…痛いって怒ってるけど、お前がぶつかったんだから、今のはお前が悪いんだよー!
後ろを振り返って、可哀相なくらいに顔を青褪める啓吾に、届かないだろうけど、心の中でそう言ってみる。一護もいるから助けるつもりは毛頭ない。って事で、皆がやって来た不良と、その子分らしき男に目を向けているのを横目に、ルキアと仲良く食事を再開する。
昼休みは時間が限られてるんだから、ご飯を食べてゆっくりしたい。ここでケンカなんかしてみな、ご飯を食べる時間がなくなってしまう。
カンナの頭の中には午後の授業をサボると言う選択はなかった。意外に真面目なカンナ。
「よー―――黒崎」
「お…ッ大島…!停学とけたのか…」
『(へぇーアイツ大島って言うのかー)』
あたしはタコさんウィンナーを頬張りながら、人相の悪いいかにも不良ですって顔をした男に視線を向ける。
自分のこの色素の薄い髪質のせいで、入学早々、先輩や先生にあまり良い目を向けられた事はなかったから、あたしも人を外見で判断したりはしないんだけど……一護を見て、ニヤニヤと笑みを浮かべる男は不良だ、絶対不良だ。――不良だと断定!
「オメーにゃ話してねーよ。黒崎テメーいつになったら頭ソメて来ンだよ!髪ソメててタレ目って、俺とキャラ、モロカブリなんだよテメー」
「ウルセーな。コレは地毛だって何回言わせんだよ。ていうか、キャラもカブってねー」
一護に突っかかる大島と呼ばれた不良の男の頭は、アフロみたいに膨らんだ髪で、痛んだその髪はオレンジ色だ。見るからに、故意的に染めていると窺える。子分の男は、地味めの男だった。
二人とも何処かで見た事があるような気がするのは…あたしの気のせいなの?あたしは、自問自答して小首を傾げた。
「テメーの方こそどうにかしろ、このヒヨコヘッド!オスメス調べられてーか」
「ヒヨ…っ!!てめぇ…」
「まーまーまー。やめよ?ケンカは!な!!」
次は卵焼きを頬張って、あたしは、大島が怖い癖に一護の前に体を滑り込ませてケンカの仲裁をしている啓吾に、尊敬の眼差しを向ける。
恐怖よりも一護――友達が大切なんだなー。勇気を振り絞る啓吾は凄いと、感心する。中々、出来る事じゃない。水色も啓吾も、友達想いのいい奴ってか。
隣で同じく菓子パンを食べているルキアが軽く唸ったので、視線を大島と啓吾から視線を外す。背後に一護がいるから、啓吾が怪我する事はないだろう。
「確かにヒヨコのように見えるな」
『えー…ヒヨコの方が断然可愛い。ヒヨコに失礼だよ』
見えなくはないけどねー…と、呑気に会話する二人を、水色はチラリと見て、吹き出しそうになったのを懸命に堪えた。
良くこの状況でご飯を食べれるよね。感覚がずれているのか、一護が負けると露ほども思っていないのか。多分後者だろうなと水色は、嬉しそうに苦笑した。
「どけ、浅野!!そのボケ、ブッ殺してやる!」
「イヤマジ、カンベンしてくれって!大島が強えーの知ってるからさ!俺ら大島にゃ、勝てねーよ!な!」
「バカ言うな。そんなヒヨコより、俺のが1000倍強えー!!」
『あ』
一護のヤツ、啓吾の努力を無駄に…。
「てめぇ!!」
「一護ぉっ!!止めようとしんのにィ!!」
案の定額に青筋を立てた大島は、啓吾の両肩を強く掴んで、一護に襲いかかろうとした。啓吾は、内心ひいぃーとしながらも、大島を止めようと頑張る。
啓吾が頑張っているのを尻目に、あたしは弁当を突きながら、ぼんやり思考した。
そう言えば、さっき啓吾が停学がどうのこうのって言ってたが、大島のヤツなんか仕出かしてたのかな?この時期に停学が解けるって、結構前にケンカでもしたのか。
『(ケンカ弱そうなのに)』
湧いた疑問に首を捻って、失礼なことを思った。
「フ…やっぱりな…。テメーとは、いつか決着をつけなきゃなんねーとは思ってたんだ…」
完璧にキレて目が据わっている大島から、腰ぎんちゃくの身長の小さい男は、距離を取って安全地帯の――屋上の入り口のドア付近に逃げている。
ああいう奴って逃げ足だけは早いのだ。
――あー…なんだか面倒な流れになって来たな。
「ちょうどいい…今ここでハッキリと…」
大島は自身の懐をごそごそと探って、鉄で出来た武器を取り出したのだった――…。
日光に照らされて、その武器はキラッと光った。
『(やるなら素手で戦いなよ!)』
「白黒つけてやるれ!!」
「メ…メリケンサック…!まてよ大島!そんなキレなくても…」
格好よくメンチ切ったのに、途中で噛んでしまって、内心焦った大島だけど、仲裁を諦めない啓吾が武器を見て、予想通りのリアクションをしてくれたので、ほっと胸を撫で下ろす。
だけど、大島には悪いけど…、
「(ていうか今“やるれ!!”って言った…)」
「(“やるれ”…なんで誰もツッコまないんだろう…。気になる…)」
一見、大島が手に嵌めた武器を凝視しているように見えて、実は一護も水色も心の中でそんな事を考えていた。二人の生ぬるい眼差しが大島に注がれる。
啓吾だけがこの屋上で、冷や汗をダラダラと垂らし――…思考の矢印の方向が、皆一様に違っていた。
唯一、傍観していたカンナとルキアの思考も、少し皆とずれていて。
『アイツ、今…やるれって言ったね。やるれって何…。噛んだの?ここは笑っていいの?』
「(いや、笑ってやるなよ…。あれ噛んだんだって)」
「(あ、越前さんが…ツッコんだ)」
一護と水色は、チラリとルキアに問いかけるカンナを一瞥して、大島を盗み見ると――…大島は、カンナの顔を目にして、「えっ、ええ越前さんんッ!!」と魚のように口をぱくぱく動かしているのが視界に映った。
実はこの場に女性が、しかもカンナがいる事に全く気付いていなかった大島。大島の顔がみるみる赤くなる。
恥ずかしさから赤面する大島に見向きもせず、ルキアも小首を傾げた。カンナは忘れていた、ルキアが死神でこの世の常識に疎い事を。
「え、さあ……今流行ってる言葉なのかもしれません」
「(ルキアっ、何言ってるんだッ!あれは噛んだんだって!もう弄ってやるなよ)」
「(くっ朽木さんって天然なの!?それ本気で言ってるのッ!?)」
『えーそんなの訊いたことないよ!』
「「(当たり前だー!!!そんな言葉流行ってないってー!)」」
一護と水色は心の中で絶叫した。啓吾は未だ大島の近くで、オロオロしている。
羞恥心から、お湯が沸かせるんじゃ…と思えるほど真っ赤になった大島を、一護と水色は憐みの眼差しを送った。…敵ながら可哀相。
「えーゴホンッ、越前さんもいたのなら話は早い!」
『えー君もあたしに気付かなかったのー。あたしって存在感、皆無なのか…』
「いえ!そんなことはありませんっ!この世はカンナさん中心に回っていると言っても過言ではありませんッ!!」
さっきも啓吾に気付かれなかったし…と言葉を続けるカンナに、すかさずルキアが否定の言葉をかけた。
「(回ってねーからっ!そんでヒヨコの話きいたれよ…なんか可哀相なことになってるぜ)」
「(朽木さんって、越前さんのことかなり好きなんだね)」
なんだか話が一向に自分の思ってる方向に流れてくれなくて、大島の体は怒りでぷるぷる震えて――…あ、余計にヒヨコに見えた…と、一護は黄色いヒヨコを脳裏に浮かべた。
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