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四【鬼ごっこ】
死神になれたから一護と一緒に戦えるー!と意気込んで早数日。あたしが、あれから死神になることはなかった。
一護の家の、しかも押し入れに住みこんでいるルキアがいる一護と違って、あたしは虚が出たとしても、肉体から魂だけを取り出す方法がないからだ。
今までと同じく、現場に鉢合わせた時に、襲われた霊を戦闘から避難させるだけ。
あたしは、そん時に一護と同じようにブローグみたいな物で死神にしてくれたらいいのに。と、ルキアにぼやいても、彼女は渋るだけだったから、未だに死神化はしていない。今では、死神になったのは夢ではないかと思ってしまうくらい。
『(ルキアは、あたしが死神になるのは反対なのかな?)』
「しっかし、まー…」
――昼休み。
今日は一緒に食べようとルキアに誘われ、訪れた屋上で、あたしは隣に座る一護の声に思考から浮上する。
「キレイに傷がふさがるモンだよなー」
一護は鏡に映る自分の額を覗いて、感嘆の声を上げている。
自分も、一護もかなりの怪我をしたというのに、ルキアの治療で、怪我をしたのかと疑いたくなるくらい、跡形なく綺麗に傷口が塞がった。死神って何でも有りなのか。
『ん。あたしの腹も傷跡なんて残ってないよ』
一護に同意しながら、あたしはフェンスに寄り掛かって、自身の腹を撫でた。数日前のあの夜には、大量の赤い血が流れたのに。
ま、しばらくは、血が足らなくて大変だったけど……あの後、ルキアになんか飲まされて、病院送りは免れた。何を飲まされたのかは…怖くて未だに詳しく訊いていない。
「今更、驚いたか。当然だ。私の鬼道の成績はトップクラスだったのだからな!その程度の傷の治療など、朝飯前だ」
「…成績?何だ?死神って学校があるのか?」
『へぇー死神も大変なんだね』
感激する二人に対して、ふふんと威張るルキアに、カンナも一護も揃って小首を傾げた。
その存在自体が生まれ落ちた瞬間から、死神なのかと思っていたから、ちょっと拍子抜け。学校なんて機関があるなら、死神って努力次第で誰でもなれるもんなのー…?
「ん?ん、まあーそんなところ…。それより一護…」
カンナに、ルキアって凄いんだなと、褒められたルキアは頬を僅かに朱くさせて、はにかんだ。
照れたのを隠すように、手にあった飲み物を一護の前へと付きだした。一護の前へと差し出されたのは、苺牛乳で、ルキアは紙に入るその飲み物をどうやったら飲めるのか知らなかったのだ。
「これはどうやって飲むのだ?」
「あ?」
『…ぇ、』
「どうってストローさしてにきまってんだろ」
あたし達にとって当たり前の事を訊いてきた死神に、一護はさらっと流して、あたしはルキアってば知らないのと笑った。
だけど、返ってきた言葉を「ストロー?」と、復唱するルキアに、あー…あの世には、こういった飲み物はないのかと、あたしは人知れず納得する。
――そうだよね。あの世にこんな飲み物があるわけないよね。
カンナは、苺牛乳を前に悪戦苦闘する――少女にしか見えない死神をチラッと見て、笑みを浮かべた。
「あれぇ!?」
ルキアにストローをこうやってさして飲むんだと、自分の緑茶の紙パックを見せようとしたら、座り込む三人の上からのんびりとした声が聞こえた。
「また、いっしょにいる。キミたち、ずいぶん仲いいんだねぇ」
「水色」
同じクラスの小島水色だった。
隣に座るルキアから、これがストローとぶつぶつ呟く声が耳に届く。ルキアってば、水色に眼もくれずに苺牛乳に夢中みたいだ。
人間の常識を知らないルキアは、小さい子供のような反応をするので、どう見ても何百年も生きているようには見えない。
「アホ。これが仲いいように見えるか?」
「ちがうの?まあ、キミが否定するなら…別にいいけどさ。なんていうか一護、もうちょっと周りの目とか気にした方がいいよ?」
ホントそういうのウトいんだから…と、小さく零しながら、一護の傍に腰を下ろす水色。
「アホか。俺がそんなもん気にしてたら、とっくに髪の毛黒く染めてんだろ」
「それもそうだね」
しれっと一護の近くに座るちゃっかりものの水色と視線がかち合った。
「越前さん」
『んあ?』
「越前さんも気をつけた方がいいよ?良く一護といるみたいだけど…」
そういやー最近はルキアがいるから学校でも良く一護といるねーと思いつつ、水色に相槌を打つ。水色が何を言いたいのか、さっぱりわからない。
あたしと水色が話している間も、ルキアはストローと戦っていた。
「女の子なのにケンカしてるし…。それに、越前さん何気にモテるから…良からぬ噂が流れちゃうよ?」
……。
「はあ?」
『はあ?』
あ、一護と声が被ってしまった。
一瞬、水色が何を言ったのか判らなくて、瞬きしたけど、一護と共に眉間に皺を寄せる。何を言ってるんだ、水色よ!
「(一護も、越前さんも、自分の事になると鈍感なんだから)」
何バカな事言ってるんだよッ!て顔した二人に、水色は苦笑した。
染めてるわけじゃないのに地毛がオレンジ頭の一護は、良くも悪くも注目を集める。
カンナもまた日本人にはあり得ない透き通る翡翠色の髪をしていて、入学早々、先生に何か言われてたのを水色は今でも鮮明に思い出せる――それほど彼女は印象的だった。
肩につかないくらいの翡翠色の髪を靡かせながら、堂々としていて、その場にいた生徒達の注目を集めていた。ぼくもその一人だと水色は思う。
「(まあ、次の瞬間には流暢な英語で、教師をあしらってたから二重の意味で目立ったんだよね)」
注意されたカンナは、アメリカで培った英語で、“地毛なんだけど”と、鼻で笑ったのだ。流暢すぎて、誰にも伝わってなかったけど。
『そんな下らない事をいちいち気にしてたら、水色ハゲるよ。細かい所に気付くのは長所だけどね』
「ああ、お前は自分の心配でもしてろ」
本人達にはそんなつもりはないんだろうけど、さり気なく水色の長所だと褒めた一護とカンナに、水色は口元に弧を描いた。
飾った自分じゃなくて、ちゃんと自分を見てくれている二人に、水色は頬を緩める。この二人は、初めて会った入学式のあの出来事でも、自分に嬉しい事を言ってくれたのを覚えている。
相変わらず男好きで息子の事を蔑ろにする母親に、水色は辟易していて、自分を見失っていた時だった――彼女達に出会ったのは。
あの日、朝から電話越しに母親と会話して憂鬱だった水色と、その友達――浅野啓吾と、二人で入学式に向かったんだ。そこで、チャドと一護のケンカに巻き込まれて。
『…あれ?君達…この前の土手で会った奴じゃないかい?』
「ム?」
「お?おお!あん時の…」
ちょうどその場にいたカンナは、ケンカする一護とチャドと顔見知りだったみたいで、呑気に二人に声を掛けたせいで、カンナも不良とのケンカに巻き込まれていた。
女の子なのに…と心配する水色を余所に、カンナは一護と同じく悪どい笑みを浮かべた。
『一護と、チャドって名前だったよね?しかし、お前等よくケンカしてるんだねー』
「ム」
「したくてしてんじゃねー!」
ぐるりと相手の不良に囲まれて、挨拶を交わした三人は、水色に目を向けた。
水色と一緒に巻き込まれた啓吾は、一人の不良に詰め寄られていて、遠目から彼の事も水色が自己紹介したのだったが――…一護とカンナは揃って目を瞬かせた。
『…凄いね、君』
「ああ」
「え?」
「トモダチのこと訊かれて、そんだけいいとこばっか答える奴も、めずらしいなと思ってさ」
『良く見てんだね。それとも日本人は、皆そんな感じなのかな?』
カンナも日本人の癖に、弟と全然違うとボソっと呟いていて、水色は一護とカンナに対して言葉を失った。
太陽のような笑みを浮かべた一護と口角を上げたカンナの姿に、虚を突かれた水色を横目に――大量の不良に向かって走って行く――…。
その後ろ姿から中心に、視界に映るもの全てが鮮やかになっていって、新しい学校で新しい出会いが、水色の心を軽くした。水色の瞼と耳には、あの時の二人の笑顔と言葉が焼き付いている。
『ここに、このストローをさして、吸って飲むんだよ』
ふと、聞こえたカンナの声に、水色は回想から戻ってきた。
一護とカンナはルキアに何か説明している。ふわっと、あの時のような風が流れたような気がして――…水色はひっそり笑みを浮かべた。
期待していなかった学校生活は、お蔭で楽しいものになったよ。
『――ん、ね?』
「おお!」
ルキアの苺牛乳にストローをさしてやって見せたら、ルキアは子供のように目をキラキラさせて喜んでいて、あたしは目元を和らげる。
あたしよりも遥かに年上なのに…ルキアが妹に見えて、可愛いと思ってしまう。友達に思うソレじゃない感情が、自然と胸に植え付けられたのに、あたしは気付いていた。
苺牛乳をおそるおそる口にして、また「おお!」と、感激するルキアに、ぶッと吹き出した。
「姉さ――…」
「こんにちは、朽木さん!」
教えて下さってありがとうございます!とお礼を口にしようとしたルキアだったが、男の子に名前を呼ばれたので、最後まで言えなかった。
「こんにちは。えっと…小島くん…?」
「あったり!まだちゃんと、自己紹介してないのに、覚えてくれてたんだね」
『同じクラスだからねー』
不安そうにするルキアに、合ってるよと小声で教える。
「小島水色、15歳!よろしくね。趣味は――…」
「女あさりだ」
意気揚々とルキアに自己紹介する水色を遮って、一護がそんな事を口走った。水色はすかさず反論しようとしているけど、あたしも一護に同意見。
街中で見かける水色は必ずと言っていいほど、美人な女性に囲まれているし、たまに持ってくる弁当は女性に作らせているみたいだし。
それで付き合ってるわけじゃないって言い切るくらいだから、あたしはいつか水色が刺されるのではないかと、心配している。天然じゃなくて計算している節があるし…余計にタチが悪い。
『近付いたら妊娠するかもしれねぇぞ』
「ええッ!?ちっ…違うよ、二人ともひどいなぁ!!」
「こんな顔してもンのすごいタラシだぞ。気をつけろ」
「やめてよ。イメージ悪くなるじゃないかー。ぼくは、年上の女性にしか興味ないの!」
頬を膨らます我がクラスメイトに、あたしも一護も半目で見つめる。
短い付き合いだが、水色の性格と好みは知っている方だと、思っている。あたしも、ポカーンとしているルキアに気を付けなよと注意をした。
「同年代の女の子にとっては安全な子なんだからね!」
「だから気をつけろって言ったんだろ」
『あー…』
今、一瞬だけ水色の言葉に安心したけど、そうだった。
「え?」
「イヤ、なんでもねー」
――ルキアって……あたし達よりも数倍も生きてるんだよね…。
「カンナさん、一護のヤツ、今失礼なこと言いませんでした?」
きょとんと瞬きするルキアをチラッと見て、頬を引き攣らせた。死神なんて…非現実的な存在が身近に溶け込み過ぎて、彼女が死者だと時々忘れてしまう。
遥かに年上だとは判ってるんだがな、こうやって考えてみると……非現実的すぎて、たまに第三者と話してそうだよな非現実的だよなと、頭の中で確認する。
「言ってましたよね!?」
『……気のせいじゃない?』
はぁと息を零して、見上げた空は――見事に晴れていて、飛行機雲が見えた。
あー…平和だ。
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