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『そんな事より織姫はッ!?』


ぼんやりとした頭で、床に横たわっている織姫を目にしてハッとする。

周りを見ても、織姫の魂魄はない。――あたしが寝ている間に成仏しちゃった?結局何も出来なかった自分に、悔しくて下唇を噛み締める。


『っ、あ、あたしのせいで…』


起きたと思った途端、項垂れたカンナを見て、一護とルキアは顔を見合わせた。


「姉さ……いえ、カンナさん。井上は無事です、生きてます」

『……ぇ』


ルキアの意外な言葉に、目を丸くして顔を上げて、ルキアを見、ピクリともしない織姫の体をカンナは、力なく目に映した。虚ろだったカンナの瞳に光が灯る。


――どーいうこと?


「魂魄の胸には鎖があるのはご存知ですよね?」


コクリと頭を縦に動かす。――だから、あたしは織姫が死んでしまったと思った。


「あれは因果の鎖と言いまして。死んでしまった霊の鎖は途中で切れているのですが……井上はまだ生きていたので、肉体と魂魄が鎖で繋がっていたのです」


確かに、魂魄の状態だった織姫の胸の鎖は肉体と繋がっていた。


「さきほど、魂魄を肉体に戻したので、明日には問題なく目を覚ますでしょう」

『…そっか。……良かった〜』


――また失うかと思った。

安堵してそう零したあたしに、ルキアは目を見開いてあたしを見て来たけど、あたしは一護と笑い合っていたので、ルキアの様子には気づかなかった。


「では、帰るとしよう」

「あ、あぁ」

『…ぇ、戦闘の後はこのままにする気?織姫とたつきには何て説明すればいいの。あたしもこの場にいた当事者なんだけど』

「あーそれは、コイツが――…」

「ご安心ください、姉さ…カンナさん!!この記憶置換で、こやつらの記憶は消して違う記憶に書き換えたので心配いりません!」


……記憶置換? なんだその怪しいブツは。

目をキラキラさせながら、褒めて褒めて〜とこちらを見る彼女からそっと視線を外し、詳しく知っていそうな一護に目を向ける。


『…大丈夫なの?』

「わからねーが…。それ、俺の家族にも使ってたみたいで、確かに記憶はなかったんだよな…」

『なんの記憶に書き換えられるのか、分からないの?』

「みたいだな」


二人でそっとルキアから目を外して――…遠い目をして、壊れた壁を見た。

織姫…これから何処で寝泊まりするんだろうか。てか、この壁が…どうやって壊れた事になるのか、すっごく気になる。


「明日には、わかりますよ!」

『あっ!!』

「「――??」」


突如、大きな声を上げたカンナにルキアと一護の視線が集まる。

見られている間にもカンナの顔はみるみる青ざめていて、一護はどうしたのかと眉間の皺を深くさせた。不安になったルキアが口を開けた瞬間―――…




「にゃーん」


と、何処からともなく一匹の黒い猫が、室内に姿を現した。



「!!!!」

「…猫?」


音もなく気配もださずに、突如として現れた黒い猫の姿は――…異質な存在に感じる。

僅かな月の光を浴びて、紅の瞳が暗い闇から浮彫になり、黒猫はその紅の瞳でカンナの姿を目にとめると――その瞳を細めた。

薄ら寒い何かを感じていた一護の横で、黒猫が現れてから固まったままのルキアが、はっと我に返った。


「――さく…」

『ん、咲夜。来てくれてたの』

「……ぇ」

「にゃ〜ん」


カンナが黒猫を見て、名を呼んだことで、ルキアはまたも固まったが――その猫…と、震える声でカンナに声をかけた。

黒猫はこの場に、ルキアがいた事を知っていたかのように、彼女に見られても動じず、ルキアを一瞥して――…未だ死覇装のままのカンナにすり寄っていた。


「なんだ…カンナの猫だったのか」

『うん。可愛いでしょ。頭がいいみたいでね。多分、遅いあたしを心配して迎えに来てくれたみたい』

「へぇ〜」

「姉さ……カンナさん、その――…」

『あっ!!そうだよっ!ルキア、あたしどうなったんだろ?死んだのかな?なんか一護と同じ格好になってるけど…あたしの胸に鎖はないし……』


ルキアの言葉を遮って疑問を口にしたカンナの言葉に、一護もそうだったと、ルキアを見つめる。

二人と一匹に見つめられたルキアは一瞬うっと怯んだが、カンナから視線を外して、カンナの肉体を映した後、咲夜に視線を戻し口を開いた。


「カンナさんのその姿は…死神化したお姿です。死んではいません。…――肉体の上から被さる様に乗れば、肉体の中に入れるはずです」


死んでなかった。その答えに、カンナはホッとして、咲夜の頭を撫でた。

霊体の状態のカンナの姿を問題なく紅の瞳に映した猫の存在に――…誰も疑問を抱く事無く。



無事体に戻れて、遅くなったからと咲夜を腕に抱いて、急いで一護とルキアと別れて帰って行くカンナの姿を、二人で見つめた。


「……なぁ」

「なんだ」

「人間が死神になるには、死神からの力を貰わねーとなれねぇんじゃねえのか?」

「………」


一護の最もな疑問に――…ルキアは何も答えず、カンナの背中をひたすら見つめていた。


「(出来れば思い出して欲しい。でも…姉様は人間。人間が死神になるのは――…。それに、あの黒猫…)」

「なあ…ルキアがカンナの事を姉様とか言ったり、あいつにだけ敬語使ってんのと、何か関係あんのか?」

「――!!」


鋭い一護に、ルキアはひゅうッと息を呑んだ。


「そ、れは…」

「言いたくねーならいいけど……カンナが危険な目にあってるわけじゃねぇんだな?」

「……ああ。それは断言できる」


――ならいい。

ルキアと一護が会話していたなんて――…カンナは知らなかった。気づいたのは彼女に抱かれながら、背後に目を向けていた黒猫だけ。




暗闇に、にゃーんと咲夜の鳴き声が、不気味に響いた。






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