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とある日、何気なく訊いてしまった事がある。
――織姫、そのヘアピンいつも大事にしてるよな。大切な人からの贈り物か?
何もしらなかったあたしは、ホントに何気なく尋ねてしまった。
あたしの質問に、織姫は悲しそうに笑って、だけど愛おしそうに髪につけていたヘアピンを撫でて、答えてくれたんだ。
「これね、あたしのお兄ちゃんがくれたものなの」
織姫にはもういない、亡くなってしまった兄がいると教えてもらっていたので、あたしは目を見開いて固まった。
悲しい事を訊いてしまったと、謝れば、それは織姫を傷つけてしまう。所為同情になってしまう。
織姫の兄は、不甲斐ない親から逃げ出して、織姫を兄として、時には親として育ててくれたらしい。懐かしむようにそう言っていた思い出す。
『そっか。大事にしてるんだね』
腫れ物に扱うように接するんじゃなくて、彼女が大切ならば彼女の好きだったと言う兄貴の事も知りたいと思う。
ふんわり笑ってそう言ったあたしに――…今度は織姫が目を見開いた、そしてその大きな瞳に涙を溜めた。
『――!!っ』
その涙に焦るあたし。
「このヘアピンね、お兄ちゃんから貰ったとき、何故かあたし、この子供っぽいデザインが気に入らなくてね、お兄ちゃんとケンカしたんだ」
『……』
涙を堪えるように、話し出した織姫に、あたしは静かに彼女を見た。
髪につけていた花をかたどったヘアピンを、わざわざ外して、手の平で包み込んで見せてくれる。
「初めて夕飯も寝る時も目を合わせないで、一言も話しなんかしなくて、お兄ちゃんもあたしのこと気にして何度か見て来るんだけど…あたし、絶対謝るもんかッて意地になってて…。次の日も、初めて出勤するお兄ちゃんに“行ってらっしゃい”って、見送らなかったの……。…――そしたら…その日に交通事故で、お兄ちゃん……二度と帰らない人になっちゃった…」
『…織姫…』
「あたしね、あの日ケンカしたことも、その次の朝、お兄ちゃんにちゃんと“行ってらっしゃい”って、声をかけなかったことも…後悔してる。 もしかしたら…あたしがあの時“行ってらっしゃい”って、言ってたら、お兄ちゃんもちゃんと帰ってきたかもしれないって」
『それは』
「わかってるの…、だけど」
『織姫、それは君のせいじゃないよ。君の話を訊く限り、兄貴は優しいヤツだったんでしょ?』
「……うん」
『なら、ちゃんと織姫のところに帰って来て、天国から織姫のことを見守ってると、あたしは思うよ。そんな事で怒る兄貴でもないんでしょ?』
「……うん」
『お盆とかにさ、ひょっとしたら会えるかもしれないし。その時に言いたかった“行ってらっしゃい”て言えばいいんじゃない?それか、織姫がおばあちゃんになるまで、しっかり生きて、それから天国で再会した時に、あの時はゴメンねって言うとか』
「!うんっ!!」
あたしの言葉に――…織姫は目を丸くして、それからふわりと笑った。うん、やっぱり織姫は笑顔が似合う。
その後は、あたしにも弟がいるとか、兄弟話に花を咲かせたりなんかして。 □■□■□■□
織姫はあんなに、兄貴のことを想っているのに――…その優しかった筈の兄貴が虚となって、織姫の命を狙うなんて。何に怒りを向けていいのか。
今日のさっきまで虚は化け物だと思っていたが…霊が虚になってしまうのではないだろうか。
あたしがもし死んで、その後にリョーマや奈々子さんを虚として、襲っていたらなんて考えたら……ゾッとした。
どうして。
どうして、大事だった織姫を狙うんだ。…――理性まで失ってしまうのか。
虚になったら理性を失って、生前愛していた人を喰らうと、カンナは知らなかった。
「虚を斬る≠ニいうことは、殺す≠ニいうことではない。 罪を洗い流してやるということだ」
ふわふわと浮上する意識の上で、ルキアの優しげな声が耳に届く。
――ああ…。
「斬魄刀で斬ることで罪を洗い流し…ソウル・ソサエティへと、行けるようにしてやるのだ。――そのために、我々死神がいるのだからな」
――そうだったのか。なら、織姫の兄貴も…魂が消滅するわけじゃないんだな。良かった。
“…それじゃ……さよならだ、織姫…”〈…お兄ちゃん………いってらっしゃい……〉
『(良かったね織姫…行ってらっしゃいって言えて)』
今まで感じていた虚特有の重い空気が、なくなって――…その場の空気がふうっと軽くなった。
軽くなった空気が気持ちよくて、ふわふわとまどろみながら、カンナは微笑んだのだが――…
《早く起きろッ!バカ者め》
何の脈略もなく、男性の声が脳裏に響いて――眉間に皺を寄せた。
《――、で…――、》
そして、またもノイズがかって、詳しく訊き取れなくなる。
《バカがッ》
『(……)』
なんだろう。悪口だけ鮮明に聞こえるのは――…わざとなのか。
《救いようのないバカ!バカだ。悔しかったら、オレの名前思い出せ》
イラッ
『うっせぇっつうのッ!!なんなんだよ、テメぇはッ!!!』
し〜ん
「……カンナ?」
「……姉様?」
男性の声に、怒鳴りながら、目を開けたら――…たつきと織姫が倒れている横で、ルキアと一護がいきなり怒鳴りながら起きたカンナに、ぎょっとして、カンナを見つめた。
感情が荒ぶる時にだけ口調が悪くなる彼女をルキアも一護も知っているだけに、怒りながら起きたカンナを見て焦ったのだ。
そんな二人の胸中を知らないカンナは、周りに謎の男性がいないのを確認して、虚もいなくなってて、安堵の息を洩らしていた。
『…いや、なんでもない。耳障りな男の声が、聞こえたと思ったんだけど……気のせいだったみたい』
「なんだそりゃ」
「……」
呆れた顔をした一護の隣で、ルキアだけが小難しい顔で、カンナを見つめていた。
(まさか姉様)
(本当に、死神の力が…)
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