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薄れゆく意識の中で――…ルキアの小さく呟いた言葉と、織姫の悲しそうな声が聞こえた。
『(ルキア…織姫…――)』
あの虚が織姫の兄貴だと、織姫に伝わってしまった。心優しい彼女は悲しむだろう、耐えられるのだろうか。
友達が、大切な存在になった織姫の身が危険なのに……虚にやられた傷が深すぎたのか、ルキアが治療してくれたのに、身体が鉛の様に重い。
肉体は手遅れだとしても、魂である状態の彼女はまだそこにいる。存在している。――二度も死なせたくない!
あたしの気持ちとは裏腹に、視界は白く霞み…身体が睡眠を欲するかのように、瞼が意思に反して閉じようとする。
『(ダメだ、しっかりしなよ、あたし)』
〈どうして…?どうして…黒崎くんやカンナちゃんやたつきちゃんに、酷いことするの…?どうして…!〉
“どうして…?決まっているだろう?俺とおまえの間を引き裂こうとしたからだよ!”〈―――――ぇ…?〉
“俺が死んでからというもの…おまえは毎日俺の為に祈ってくれていたね…俺はずっと見ていたんだよ。嬉しかった…とても…”遠くで織姫の震える声が届く。
『(織姫…)』
――…一護のヤツは何をやっているのさ。
《――、――か》
『……ぁ?』
虚となった織姫の兄貴の、地を這う声と織姫とは別に、頭に響く様な――男性の声が聴こえた。
然し…何を言っているのか、判らない。何処か懐かしい…男性の声。
《…――か?――!》
『…誰だ…』
《――》
“俺は死んでしまったけれど…おまえのその祈りだけで全てが救われる気がしていた…だけど、それから一年ほどして、おまえはあの女と友達になった。その頃からおまえが…俺のために祈る回数は目に見えて減っていったんだ…!”〈――っ…!〉
“そしておまえは高校に入り…黒崎一護と越前カンナがあらわれた。おまえはついに―――俺の為に祈ることをしなくなった!!”『……』
何処からか響く声に耳を澄ましている場合じゃなかった。
次第に興奮から声が大きくなっていく虚の声に――…重い瞼を必死に開けようとする。織姫が危ない。
なんで、なんで――…あたしには力がないんだろう。友達に危険が迫ってるのに。
“出かける前も、帰ってきた後も、俺の前で話すことはクロサキのことばかりだ…!つらかった…おまえの心から…日毎に俺の姿が消えていくのを見るのは…!”〈ち……ちがうよ、お兄ちゃん!それは…〉
それは、織姫が兄を心配させないように、生きて前を見ているからだ。兄を想っての織姫の行動を――勘違いしないで!
虚の悲痛な叫びに、カンナも織姫も違うと、反応した。
《…いか。――、――…、……が……欲しいのか》
“俺は淋しかった…!淋しくて淋しくて、何度もおまえを…殺……”〈黒崎くん!!〉
大きな破壊音と共に、途切れた虚の声。
一護が復活したのか…遅ぇよ。カンナは口角を上げた。
《…が……欲しいのかい》
『だ、から…君は、誰だっ、て……』
織姫は大丈夫だろう――……、一護がいるから。 あたしが自分の力で護ってやれねぇのは…自分が情けねーが…非力だから。非力なのは自分が一番知ってんだ。
耳朶に届く破壊音と虚の声と、一護の感じる温かい霊力とやらから――…意識をさっきから五月蠅い謎の声に移す。
《――、―――!?》
良く見る夢のように、放たれている声の言葉が何を言っているのか判らない。朦朧とする意識を、眉に皺を寄せながら、何を言っているのか、懸命に訊く。
何故か――この謎の声を訊いてあげて、理解してあげないといけない気がした。
《…――力が――…》
『なに…』
《力が欲しいか》
『――!!』
靄がかかった声が、突然――意思を持って力強く脳裏に響いた。
はっきりと聴こえた声に、言われた内容に、カンナは息を呑んだ。――試されているような…そんな声。だけど――どこか懐かしい。
《力が欲しいか》
『…ん、――欲しい!』
迷いなく答えたあたしに、脳裏でふっと笑われた音がした。
『あたしが――…あたしが大切だと思った人達を護れるだけの力が欲しい』
――それ以上の力などいらない。
織姫や、たつき。知り合ったばかりのルキアだって。それからリョーマに――…不本意ながら父さんも、護りたい。
あたしがこんな視える生活を送っていたら――いつか家族や友達を危険に巻き込んでしまうような気がするのだ。それが怖い。失うのは怖い。
《ならば思いだせ》
『……な、にを』
《思い出せ。思い出せ!!――オレの名を――…》
『…名前?』
《――、ぁ――…、――!!》
『あ、おいッ!』
ここで名前を言えよって思ったのに、重要なこの場面で、またも靄がかかって声が訊こえなくなった。
『――チッ』
《――、――!》
『何言ってっか、判んねぇっつーの!』
「兄貴が妹に向かって殺してやる≠ネんて…死んでも言うんじゃねェよ!!」あたしの懇親のツッコミは、一護のカッコいい台詞にかき消された。悲しくも、肌寒い風が頬を撫でる。意識が現実に戻って来て、男性の声も、薄れていく。
“う…おおおオオオオオオ…!!”虚の怒りの声が辺りに響き渡る。
“なぜだ!!なぜ邪魔をする黒崎一護ォ!!”『…チッ。兄貴が妹を――…殺そうとすンなよ……』
自身の弟――リョーマを脳裏に浮かべて舌打ちした。兄や姉が…妹や弟を手にかけていいはずがねェ。兄なら…兄らしく織姫を護ってやれよ――…。
ここからでは聞こえないだろうが――…あたしは自嘲気味にポツリと呟いた。家族を悲しませるのは、好きじゃねぇ。
《早く――思い出せ。じゃないと…手遅れになるぞ》
重い瞼にしたがって…意識が沈む瞬間―――さっきまで訊こえていた男性の、意味深な言葉が脳裏に届いた。
(兄と妹。姉と弟)
(護るべきものはいつだって決まっている)
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