3-6 [6/9]



薄れゆく意識の中で――…ルキアの小さく呟いた言葉と、織姫の悲しそうな声が聞こえた。


『(ルキア…織姫…――)』


あの虚が織姫の兄貴だと、織姫に伝わってしまった。心優しい彼女は悲しむだろう、耐えられるのだろうか。

友達が、大切な存在になった織姫の身が危険なのに……虚にやられた傷が深すぎたのか、ルキアが治療してくれたのに、身体が鉛の様に重い。

肉体は手遅れだとしても、魂である状態の彼女はまだそこにいる。存在している。――二度も死なせたくない!

あたしの気持ちとは裏腹に、視界は白く霞み…身体が睡眠を欲するかのように、瞼が意思に反して閉じようとする。



『(ダメだ、しっかりしなよ、あたし)』


〈どうして…?どうして…黒崎くんやカンナちゃんやたつきちゃんに、酷いことするの…?どうして…!〉

“どうして…?決まっているだろう?俺とおまえの間を引き裂こうとしたからだよ!”

〈―――――ぇ…?〉

“俺が死んでからというもの…おまえは毎日俺の為に祈ってくれていたね…俺はずっと見ていたんだよ。嬉しかった…とても…”

遠くで織姫の震える声が届く。


『(織姫…)』


――…一護のヤツは何をやっているのさ。



《――、――か》

『……ぁ?』


虚となった織姫の兄貴の、地を這う声と織姫とは別に、頭に響く様な――男性の声が聴こえた。

然し…何を言っているのか、判らない。何処か懐かしい…男性の声。


《…――か?――!》

『…誰だ…』

《――》


“俺は死んでしまったけれど…おまえのその祈りだけで全てが救われる気がしていた…だけど、それから一年ほどして、おまえはあの女と友達になった。その頃からおまえが…俺のために祈る回数は目に見えて減っていったんだ…!”

〈――っ…!〉

“そしておまえは高校に入り…黒崎一護と越前カンナがあらわれた。おまえはついに―――俺の為に祈ることをしなくなった!!”

『……』


何処からか響く声に耳を澄ましている場合じゃなかった。

次第に興奮から声が大きくなっていく虚の声に――…重い瞼を必死に開けようとする。織姫が危ない。

なんで、なんで――…あたしには力がないんだろう。友達に危険が迫ってるのに。


“出かける前も、帰ってきた後も、俺の前で話すことはクロサキのことばかりだ…!つらかった…おまえの心から…日毎に俺の姿が消えていくのを見るのは…!”

〈ち……ちがうよ、お兄ちゃん!それは…〉


それは、織姫が兄を心配させないように、生きて前を見ているからだ。兄を想っての織姫の行動を――勘違いしないで!

虚の悲痛な叫びに、カンナも織姫も違うと、反応した。


《…いか。――、――…、……が……欲しいのか》


“俺は淋しかった…!淋しくて淋しくて、何度もおまえを…殺……”

〈黒崎くん!!〉


大きな破壊音と共に、途切れた虚の声。

一護が復活したのか…遅ぇよ。カンナは口角を上げた。





《…が……欲しいのかい》

『だ、から…君は、誰だっ、て……』


織姫は大丈夫だろう――……、一護がいるから。 あたしが自分の力で護ってやれねぇのは…自分が情けねーが…非力だから。非力なのは自分が一番知ってんだ。

耳朶に届く破壊音と虚の声と、一護の感じる温かい霊力とやらから――…意識をさっきから五月蠅い謎の声に移す。


《――、―――!?》


良く見る夢のように、放たれている声の言葉が何を言っているのか判らない。朦朧とする意識を、眉に皺を寄せながら、何を言っているのか、懸命に訊く。

何故か――この謎の声を訊いてあげて、理解してあげないといけない気がした。


《…――力が――…》

『なに…』

《力が欲しいか》

『――!!』


靄がかかった声が、突然――意思を持って力強く脳裏に響いた。

はっきりと聴こえた声に、言われた内容に、カンナは息を呑んだ。――試されているような…そんな声。だけど――どこか懐かしい。


《力が欲しいか》

『…ん、――欲しい!』


迷いなく答えたあたしに、脳裏でふっと笑われた音がした。


『あたしが――…あたしが大切だと思った人達を護れるだけの力が欲しい』


――それ以上の力などいらない。

織姫や、たつき。知り合ったばかりのルキアだって。それからリョーマに――…不本意ながら父さんも、護りたい。

あたしがこんな視える生活を送っていたら――いつか家族や友達を危険に巻き込んでしまうような気がするのだ。それが怖い。失うのは怖い。


《ならば思いだせ》

『……な、にを』

《思い出せ。思い出せ!!――オレの名を――…》

『…名前?』

《――、ぁ――…、――!!》

『あ、おいッ!』


ここで名前を言えよって思ったのに、重要なこの場面で、またも靄がかかって声が訊こえなくなった。


『――チッ』

《――、――!》

『何言ってっか、判んねぇっつーの!』

「兄貴が妹に向かって殺してやる≠ネんて…死んでも言うんじゃねェよ!!」


あたしの懇親のツッコミは、一護のカッコいい台詞にかき消された。悲しくも、肌寒い風が頬を撫でる。意識が現実に戻って来て、男性の声も、薄れていく。


“う…おおおオオオオオオ…!!”


虚の怒りの声が辺りに響き渡る。


“なぜだ!!なぜ邪魔をする黒崎一護ォ!!”



『…チッ。兄貴が妹を――…殺そうとすンなよ……』


自身の弟――リョーマを脳裏に浮かべて舌打ちした。兄や姉が…妹や弟を手にかけていいはずがねェ。兄なら…兄らしく織姫を護ってやれよ――…。

ここからでは聞こえないだろうが――…あたしは自嘲気味にポツリと呟いた。家族を悲しませるのは、好きじゃねぇ。





《早く――思い出せ。じゃないと…手遅れになるぞ》


重い瞼にしたがって…意識が沈む瞬間―――さっきまで訊こえていた男性の、意味深な言葉が脳裏に届いた。





(兄と妹。姉と弟)
(護るべきものはいつだって決まっている)


- 22 -
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -