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――判らない。


――判らない……なんで自分が、こんな恰好をしているのか。なんで自分が、一護と同じ黒い死覇装を身に着けているのか。

気が付いたら、あたしの目の前にあたしの体が転がっていて。そしてあたしは一護と同じ着物を着ていて、右手には身に覚えのない刀を握っていた。



――なんで、どうして。

あたしは死神になったの…?だけど、死神について話をルキアに聞いた時――…人間が死神の力を得る為には、死神からの力の譲渡が必要だって言っていた。

それならあたしが、死神とやらになれるはずがない。

けれど…あたしは一護と同じ格好で、刀まで傍らにあるじゃないか…。いや、それよりも、あたしは死んだのか…?次々に疑問が押し寄せる。



“……。…俺の声も忘れたのか……”

『――!』


自分の状況に困惑していたカンナの耳に聞こえたのは、こうなる原因であろう不穏な虚の声。

はっ!と顔をそちらに向けたら…織姫に向かって虚が、攻撃を繰り出そうとしている所だった。考えるよりも早く、身体が動いた。

刀なんて生まれてこの方使ったことなんてないのに、流れるように鞘から刀身を抜き出して―――…虚の大きな爪をその刀で受け止める。背後に織姫、目の前には白い仮面をつけた虚が。



一瞬の静寂のち…、


“………邪魔する気か…!”


言葉を発したのは目の前の虚だった。


『……織姫はあたしの大事な友達なんでね』

〈……カンナちゃん…?〉


カンナは背後から織姫の声が聞こえたけど、目の前の虚から目を逸らさなかった。

刀で攻撃を受け止めたままの姿勢で、ヒヤリと汗が流れる。虚も動かない。

普段だったら、一護が虚を退治しているのを見守るだけだったけど、今のあたしはアイツと同じ格好をしている。もしかしたら…一護のように、この虚を斬れるかもしれない。

お互い目を逸らさない。逸らしたら…どちらかが殺られる緊迫した空気が張りつめていたから。


『――っ!?』


嫌な空気が室内に充満し…虚の白い仮面にかかっていた前髪が、ふわりと風で靡いた――その時、チラリと一瞬だけ見えた仮面の下。


――あの顔は――…。

カンナは、衝撃で固まった。


『(そ、んな…)』


あの顔は…。見た事がある、だって……。


『(…織姫の兄貴っ!?)』


いつも織姫の家に訪れた際に、よく仏壇に飾ってある写真を見るから、見間違える筈がない。

写真に写っている織姫の兄貴と同じ顔が、仮面の下から覗いていた。


――そんなっ!どうしてっ!こいつは織姫の兄貴なのッ!?

固まったままのあたしに、虚は目を細めてニタリと気味の悪い笑みを浮かべた。

同時に、虚の長い尻尾があたし目がけて来ているのが、視界の端に移ったけど……あたしは虚の爪を刀で防いだままだし、それに以前にこの虚がホントに織姫の兄貴だったのなら……あたしには斬れないと思った。


――どうして…こいつが織姫の兄貴なら……どうして織姫を狙おうとするわけ!?


『ぐはッ』


腹を一突きされて壁際へと飛ばされる。

アイツは織姫の兄貴――…その事実がカンナの心を浸食する。どうしたらいい?斬れない。織姫の兄貴は斬れない。


――嗚呼…。

前もこうやって腹の付近を一突きされた事があったような……霞む視界で虚を見ながらそんな事を思った。


〈カンナちゃんっ!〉

『お、りひめ…』


――チッ、あたしがしっかりしなくて…どうする。

たつきも気絶してるし、織姫にも虚の魔の手が迫っている。戦えるのはあたしだけ。迷ってる暇なんてねーじゃねぇかッ!

悲鳴を上げる体を無理やり起こし……不思議だ…肉体はあそこに転がっているのに、魂魄のこの状態でも痛みは感じるのか。痛みに悶えながらも、冷静にそんな事を考えた。





ガシュッ



またも織姫の前に踊り出て――…彼女に迫っていた尻尾を斬り落とした。


“あああああああああ”


虚の悲鳴が木霊する。尻尾は斬ったが、虚というのは仮面を一突きしないと死なないと訊いた。

一旦退くのか――…突如現れた暗い、暗い穴の中に…あああああと悲鳴を上げながら虚は消えて行った。姿が消えた事により、辺りを支配していた重みもフッと消え、そっと安堵の息を漏らす。


――助かった、のか…。


〈……カンナちゃん…〉

『!織姫っ、大丈夫!?』

〈う、うん〉

『よかった〜』


振り向いて織姫を視界に入れて息を深く吐き出す。


――ん…?


〈カンナちゃん、その格好…〉

『織姫、その鎖…』


織姫の胸辺りから鎖が垂れていた。その鎖は嫌と言う程見た事がある。街中で目撃する霊達の胸にあった鎖と同じ。

なんで…と思うもその鎖を辿れば――…たつきから少し倒れているあたしの肉体の側に、織姫の体が…あった。


『……』


ここにいる織姫は魂魄…?織姫は…死、んだ……?

織姫の体を見て目を見開いた。信じたくない…そんな事信じたくない。 だけど、同時に納得する。霊感が無い織姫が魂魄の姿のあたしが視えてる訳が判った。…彼女事態も魂魄だからだ。認めたくはなかったが。

あたしは下唇を噛み締めた。

何で、あの時、異変に気付いたあの時――…虚の手が彼女を襲う前に、あたしは動けなかったんだろう。


――もう目の前で誰かが死ぬなんて見たくはないのにッ!





「っ、カンナ……」

「いいか、カンナ…お前は逃げろ!逃げて生きて、生きて、俺の分まで生き延びろッ!」

『……父上ッ…』




目の前の織姫に。頭に浮かんだ映像に。涙が零れた。

“父上”なんて…自分の父親は健在なのに…頭に流れた映像に胸が震える。――“あたし”は、また目の前で誰かを失ったのか――…。


〈カンナちゃんッ!!〉


床に視線を落とし流れる涙を堪えていたら、織姫が不意にカンナの後ろを見遣って、顔を恐怖に染めながら叫んだ。


『――ぇ』


カンナの後ろに現れた薄暗い穴から――またもさっきの虚が現れて、その巨大な右手の爪を――…きらりと鋭くカンナを狙って振り落とされる。

カンナは、のっそり織姫の視線に促されて、自分の背後を振り返って――…自身に訪れる危機を知る。



――嗚呼…間に合わねぇー。

避けようと思えば避けれたかもしれないけど、鈍った頭では体を動かす事は出来なかった。

スローモーションで振り上げられた腕を、ただただ見つめる。――また、死ぬのか――…。

織姫の悲痛な叫びと、振り落とされる牙を――……他人事の様に感じた。




俺の分まで生き延びろッ


そう言ってくれたのは、誰だったのか…。





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